はじめての村に到着(2)

「フィセラ様。我々と共に盗賊と戦ってくれませんか?」


 フィセラは翌朝、奥さんにパンとミルクだけの朝食をもらった。

 彼女が硬いパンに苦戦しているところへ、村長が頭を下げながら頼んできたのだ。

「え?昨日は」

 パンを含んだままの口で返事をしようとするが、村長にさえぎられる。

「もう村は限界です。明日を生きる糧すらありません。そのパンが我が家の最後のパンです」

 突然の告白により、パンを流し込もうとして飲んでいたミルクを吹き出しそうになる。

「村に関係のないあなたを巻き込みたくなかったが、あなたはすでにここにいる。奴らが村の者でないあなたを見つければ生かしてはおきません。逃げることも困難だ。ここは協力するべきです。あなたのためにも!」


 フィセラは口元のミルクを拭いながら静かに話を聞いていた。

 脅しのようにも聞こえる提案にフィセラは意外にも落ち着いている。


 村長がなおも話を続けた。

 引き下がる気はないのだろう。

「戦わずとも、いつか彼らはここを去っていきます。その時までただ耐えるのみ。それが何の力も持たない小さな村の運命です。ですが!……悔しいのです。奮起した大人は殺され、男たちに……乱暴を受けるものもおります。どうかお力添えを!」

 村長は床にひざまずき土下座をした。


「強いの?盗賊は」

「え?」

「村長さんが頑張れば何人倒せる?」

 床に膝をつく村長を椅子に促しながらフィセラは質問を続ける。

 村長は突然の問いに困惑していたようだが、納得したように小さくうなずく。

「我が家で武器と言えるのは農具ぐらいしかありませんので、私のことは盾にでもなんでもお使いください。命など惜しくありません」

 フィセラは決め顔をする村長を黙って見つめる。


 ――敵のレベルを知りたいんだけど。あなたはどうでもいいのよ。しょうがないなぁ。

 聞きたいことを聞けなかったので、仕方なく自力で答えを探る。


 アンフルでは使い慣れた魔法をイメージし、周りには聞こえないように小さく唱える。

 <最上級鑑定>。


 フィセラの目にのみ、村長のレベル、体力、魔力が映し出された。

 鑑定能力の中でも上位であり、相手が低レベルであればあるほど詳細を知ることが出来る。

 高レベルだと体力と魔力から推察したおおよそのレベルが鑑定される仕組みだ。

 お世辞にも強いと言えないフィセラが相手との力量差を図るために、転職をせず使えるように無理矢理自身に組み込んだ鑑定スキルである。


 村長の体の横には「12」という数字が浮かんでいる。

 ――低!この世界のレベルの基準は分からないけど、この魔法がしっかり発動するならアンフル基準だろうから……超弱いな、村長。盗賊はこれの2,3倍だとしても余裕だね。もしかして、私この世界で最強?

 ヒヒッとにやけ顔になってしまう。


 フィセラのレベルは120レベル。アンフルでの最高レベルだ。

 ちなみに、エルドラドのギルドメンバー23名も全員120レベルだ。


 アンフルでは通常、プレイヤー同士の戦いで10レベルもの差があれば勝敗が揺らぐことはない。

 村長の話から推測すると、盗賊と村人にそれほど差はないだろう。

 フィセラにしたら、危険の無い頼みだ。

「まあ、いいよ」


 いつの間にか敬語を使っていない。

 レベルを見て自分より格下と判断したのか、クエストを与えるNPCとでも思っているのか。


 村長は全く気にせず、フィセラが承諾したことで昨日は見られなかった明るい顔を見せる。

 おそらく、村長に言われて違う部屋にいた奥さんも明るい顔を見せながら二人の前に出てきた。

 そんな村人二人を見ながらフィセラは続ける。

「でも、条件がある」

 村長はハッとしたように姿勢を正した。

「どうぞ、何でもおっしゃってください」

 村長が唾を飲み込む音が聞こえる。

「少しの間この村に滞在したいから、それができる家と必要なものが欲しいの。それと、この世界……このあたりの事や、街や国についても知りたい。遠くから来てあんまりこの辺りのこと知らないからさ」


 拠点から離れる訳にもいかないので、とりあえずはここで情報収集をするための要求だ。

 盗賊との争いごとはすでにあったようだから、いくつか空き家があるだろう。

 少なくとも盗賊を追い出せばあの大きい家は空く。


 良心的な要求に村長を安堵の息を吐く。

「その程度でしたら、いくらでもご用意しましょう。ただ、食糧を奪われてしまったので、それらを取り返していただければそれをそのまま差し上げることになるですが」

 ――ちょっとやだな。

 フィセラは露骨に嫌な顔をする。

「街道にいる盗賊を倒せば街へ買いに行けるでしょ?」

「そのためのお金がほとんどありません。代わりに何かを売る必要がありますが、今の状況では村に価値のあるものは……」

「盗賊のアイテムとか売ればいいんじゃない?」


 ――戦利品は欲しいけど、あんまり良いの持ってなさそうだから今回はあげてもいいかな。その後で、この世界に出回ってるアイテムの確認だけさせてもらおう。


「アイテム?マジックアイテムは持っていないと思いますが、武器や装備なら10人分以上はあるでしょうな」


 ――ん?アイテムと武器とかは違う括りなの?魔力を持ってるとかで区別してるのかな。


 そのとき、フィセラのすぐれた聴覚がこの家に向かう1つの足音をとらえた。

 120レベルの基本身体能力は人間とはかけ離れている。加えて今は、職業をレンジャーにしたままだ。五感に補正がかかり、高いスペックを誇っている。

 家の外の人間だろうが、集中すればどのような動きをしているかも把握できる能力値だ。


 フィセラは盗賊たちからすれば侵入者。

 ここで姿を見られたら村長たちが危険である。

 フィセラは二人に人がこちらへ向かっていると伝えた。

 すると、村長と奥さんの二人が驚いて立ち上がり、奥さんは窓から外を見ようとし、村長は奥の部屋へと急かしてくる。

 先ほどまで行っていた秘密の話を考えれば、この慌てようも当然だろう。

「ソフィーだわ!」

 奥さんが外の人物を確認したようで、それを聞いた村長も安心してフィセラの前で立ち止まる。

 ――誰?盗賊じゃないんだよね?今は他人に知られることは避けた方がいいんじゃ。

 そう思い、改めて、奥にいると伝える前に奥さんがドアを開きソフィーという名の人物を呼び込んでしまう。


 奥さんが早くこちらにというジャスチャーをすると、少女が走って家の中に入って来た。

「おはようございます!アテレさん!いつもの薬をもらいに来ました」

「おはよう、ソフィー。準備してあるわ。ちょっと待っててね」


 元気いっぱいに挨拶をする姿は、田舎の元気娘といったところだ。

 歳は正確には分からないが、現実のフィセラ(現在の姿でも、年齢は現実の20歳と変わらないはずだ)よりは年下だろう。

 少女の見た目から推測すれば、現実なら中学生ほどだろうか。

 起きたばかりなのか、頭部には癖毛があり服もよれている。


「あ!村長もおはっ……」

 村長の隣に立つ見知らぬ人間をみて動きを止めてしまう。フィセラに気づいたようだ。

 ――この世界に来てから会う3人目の人間。笑顔、笑顔。

「こんにちは」

 フィセラの今の姿は、小麦色の長髪に澄んだ空色の目だ。

 彼女は女性でも惚れてしまいそうな笑顔で少女に挨拶する。

 ソフィーと呼ばれた少女はそんなフィセラに挨拶されて、顔を赤くしてうつむいてしまう。

 それから、はっとしたように髪を直し服を整え始める。

「こん……は」

 下を向いているため聞こえづらいが挨拶を返してくれたようだ。


 ――いいな~。かわいいな~。

 フィセラは小さくかわいいものが好きだった。


 フィセラがそんなことを思ってソフィーを眺めていると、村長が間に入ってくる。

「あ~、ソフィー。この人は私の知り合いでな。昨日村に来たばかりなんだ。……少しの間、皆には言わないように」

「え?う、うん。分かりました」

 先ほどまでの恥じらいの顔とは違う顔でフィセラの顔を確認する。

「もしかして、あの人たちをやっと……」

「ソフィー。今日はこれを持って、まっすぐ帰りなさい」

 奥さんが薬を用意し終えたようだ。

 それを渡すようにしてソフィーの言葉を遮った。

 ソフィーは村長の顔をみて何かを訴えるが、村長は黙っている。

 盗賊討伐の話を教えないようにしているようだ。

 代わりに奥さんが扉を開けて外へと促す。

「さぁ、薬を落とさないように気をつけて帰るんだよ。決して集会場には近づいてはいけないよ。この時間なら大丈夫かもしれないけど、家の裏を通って奴らに見つからないようにね」

 ソフィーがうなずき、小さく手を振りながら去っていく。


 フィセラは扉が閉まるまで見送り彼女の背中が見えなくなったところで、村長に向き直る。

「薬?病気には見えないけど?」

 薬をもらいに来たと、聞いてしまったら気になってしまう。

「あの子の父親の物です。村のハンターだからだと、盗賊たちから最初に暴行をうけてしまい、抵抗しなかったので殺されませんでしたが体を悪くしてしまったのです」

「けがの程度は?」

「命にかかわるほどではありませんが、村の薬草では……。街の薬でなければ完治は遠いでしょう」

 ――ポージョンぐらいは持っているけど、消耗品だしなぁ。

 ソフィー本人だったら使っていたのか、という話はしないでおこう。


「それよりも、どう戦うかを考えなくてはいけません」

 村長がまっすぐフィセラの目を見る。

 ――とにかく盗賊を倒せ、てことね。

「じゃ、案内して。そいつらのところまで」

 昨日の夜に村を1回りしたので盗賊のいる場所の予想はついているが、知らないふりをしておいた方が自然だろう。

 ――奥さん、今、集会場って言ってたよね。あの大きい家は家じゃないのか。


「そいつら?」

 村長がおかしなタイミングで聞き返してくる。

 この話の流れなら決まっているだろう。

「盗賊よ」

 笑顔で答える。

「今の時間ならまだ集会場にいるでしょうが、今から行こうということですか?」

 ――あんたが倒せって言ってるんでしょうが。

 少しイライラしてきたが、怒ることはない。

「そういうことね」

 フィセラの笑みに反比例するように、村長の顔はこわばっていく。

「人を集めようと思うのですが、もう少し時間を」

「あぁ、戦うのは私だけでいいから、それは大丈夫」

 盾にしてくれなどと言われたが、住む場所やら何やら頼んでいるのだから危ない目にあわすことはできない。

 というより、一人で済ましてしまった方が恩を売れるだろう。

 さらに言うと、そちらの方が気兼ねなく戦える。

「協力という話だったと思うのですが?」

 ――しつこいな~、12レベルの癖に。

「それが一番の協力よ」


 フィセラならば村人の複数人を守りながらの戦闘も可能ではあるが、そのためには状況に合わせたジョブに変えなくてはいけない。

 そのジョブでは今着ている装備が使えないので、換装の必要もある。

 それは面倒だ。

 村の長が12レベルなら、他の村人はそれ以下かもしれない。

 やはり戦闘に参加させることはできない。

 村の住人は老人ばかりと想像していたが、ソフィーのような子供がいるなら、計画を考えるなんて時間は無駄だ。

 すぐに、この状況を解決することが一番だろう。


「そう……ですか。じっ、邪魔になってしまうなら、フィセラ様にお任せしましょう!」

 一歩も引かないフィセラに、村長が負けた。

「それじゃ、出発しようか!」

 心配そうな顔をする奥さんに見送られながら、こちらも不安な顔をする村長を連れて村長宅を出ていく。

 反してフィセラは幸せそうだ。

 ――戦闘スキルとか魔法、早く使いたかったんだよね~。


 フィセラが転移してから、スキルや魔法はあまり使っていない。

 だが、数えるほどしか使っていない魔法で十分に感じることが出来た。

 この世界で魔法とは、ゲーム世界でプログロムされた動作などではなく、自分の意志で引き起こすことが出来る奇跡の現象だということを。


 もうすぐ始まる戦闘を予感して体がうずく。


 フィセラは笑みをこぼしながら、小さくつぶやいた。

「盗賊狩りだ」

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