はじめての村に到着

 フィセラは人の足であれば二日の距離(この森の中でなら、100メートル進むだけでも必死の距離となるが)を4時間もかからず踏破した。

 アンフル内でも彼女は特殊な職業ビルドを行っており、複数の職業を使い分けることができる。

 現在は、無意識にレンジャーへと<転職>を行うことで、森の中での高速移動を可能としていた。


 フィセラは目的の集落の目の前にまで来た。

 森との境界を作るようにして柵が設置されており、ぐるっと村を取り囲んでいる。

 フィセラはその中には入らないように外から観察することにした。

 家はまばらに立っており、それぞれが畑や倉庫としての小屋を近くに持っている。

 もう少し中心にいけば、家同士の間隔も狭くなっていそうだ。


 もはや現代日本では村のほとんどが廃墟と化しており、フィセラが実際の村を知らない。だが、アンフルに村はあった。

 中世ファンタジーの時代の村なのだが、目の前の村はそれとよく似ていた。


 道を歩く者はおらず、明かりが点いている家もほとんどない。

 フィセラが森を走っている間に、村は眠りについてしまったようだ。

 ――完全に村だね。一応、人間サイズ。まあ、普通に人間の村だと思うけど。

 ここは未知の世界。どんな生き物が生息しているか分からない。

 村に住んでいるのも人の形をしていると限らない。

 なんて、悪い想像をしていたがそんなことはなさそうだ。

 村を見て回っていた時間を含めるとフィセラが夜に活動した時間はかなりだ。いつ陽が上ってしまうか分からない。


 明るい中に人を確認したいが、朝になって住人に見つかって目立つことは避けたかった。

「今のうちにどっかの家にお邪魔したいな~」

 フィセラが目星をつけたのは2軒。

 村の中心にある大きな家とそこから少し離れた家。

 ――あっちの大きいのが村長の家でこっちの小さい方が普通の村人かな。

 大は小を兼ねるはずだ。

 村長宅に歩いていくフィセラ。

 隠れる気はほとんどなく堂々と道を歩いていくが、見つけられるものはいないだろう。

 2軒以外には明かりが点いていないし、空の天気も良くない。

 黒い服を着ているフィセラは完全に闇に溶け込んでいる。


 近づいてから分かったのだが、大きい家では宴会でも開かれているのかもしれない。

 あたりが静かだからか家の中からは男の笑い声や怒鳴り声がここまで聞こえる。

 これでは彼女も入りづらい雰囲気だ。


「向こう行こ!」

 方向転換したが内心は、人の気配を感じたことで、かなり落ち着くことが出来た。

「とにかく人に会う、それでこの世界のことを聞く。……ついでに泊まらせてもらおう。野宿なんて無理!」

 森を走りながら人に会ったら何をするのか考えていたことを口に出す。


 小さい家(豪邸と比べて小さいだけで、近くまで来ると周りの家より造りが良いように見える)の前まで来て、フィセラは少し緊張してきた。

 玄関ドアの横に小窓がある。先に中を確認できればうれしい。そっと覗こうと壁に張り付いたところで、すぐにやめた。

 ――待てよ、人間じゃなくてもエルフとかドワーフの可能性もある。……ドワーフのサイズじゃないか。昔の本だと転生した先がエルフの集落だったとか言う本が良くあったって聞いたことがある。そうすると。

 フィセラは自分の姿を観察する。黒髪に赤目、来ている服も黒づくめだ。気に入って着ているのだが、冷静に評価すると。

 ――目立つな。

 フィセラはさっそくアイテムポーチを開き、装備を探す。


 

 ポーチとはゲーム内でアイテムを持ち歩ける鞄だ。実物の鞄ではない、別空間と繋がっている。

 その容量はレベルが上がるごとに広くなるため、現在最高レベルの彼女なら大型トラック2台分ほどは持ち歩ける。

 森での移動中、転移直後にアイテムボックスが開いたことを思い出した時、実験をしようと思った瞬間、勝手にポーチが開いたことは確認している。

 その時に驚きのあまり、目の前で離れないポーチから逃げまわったことは心にしまっておく。


 フィセラはポーチから目当ての装備を見つけてそれに着替える。

 <換装>。

 漆黒の服が瞬時に違う装備へと変わった。


 換装。

 フィセラが使える基本魔法の1つだ。魔法には8つのランクがあるのだが、それとは別の魔法だ。

 簡単に言えばプレイヤー全員が使える基本のアクションだ。

 アイテムポーチや拠点内での転移(外では別の転移魔法を持っていないと転移できない)もこれに該当する。


 換装によってつけた装備は緑を基調とした服に動物の皮で出来たベストや手袋、ブーツだ。

 ――着替える必要がないのはうれしいけど、ゲームのルールがどこまで残ってるか不安だな。あとでしっかり確認しなくちゃ。

「とにかく、これでいいかな。どこからどう見てもエルフの狩人だね。そうだ!髪と目も変えておこう」

 そういうと長い黒髪は金色に、赤く光る眼は青く変わる。耳も少し長くしておく。


 フィセラの種族は「シェイプシフター」なのだ。

 それは「姿を変えるもの」である。

 これに似た能力を持つ種族にドッペルゲンガーというのがいるが、あれは模倣であり、イメージ通りの姿に変身することができない。変化後の能力値は、ドッペルゲンガーの方が上だが、その制約を嫌ったためにシェイプシフターを選んでいる。


 ゲーム・アンフルでは毎度キャラメイクをしていたが、イメージだけで姿が変わったことに少しテンションが上がる。

 色が変わった髪色を確認しようとクルクル回っていると。

「イタッ!」

 ドアの横に立てかけてあった農具に指をぶつけた。

 ――あれ?痛くない。反射で口に出しちゃった。


「誰かそこにいるのですか?」

 農具が倒れた音とフィセラの声に、家の住人が気づいたようだ。

 男の声だ。

 順番は逆だが、フィセラはあわててノックをしようと左手を上げる。

 扉をたたく前にドアが開かれた。その中には初老の男が一人。

 ――全然エルフじゃない!普通のおっさんだ。

「こっこんにちは。……あ!こんばんわ!え~と、私は……旅をしていて、ここには」

「早く中に!」

 男は、しどろもどろにありきたりなセリフを言うフィセラの腕をつかんで、家の中に招き入れる。


 そのまま腕をつかみながら、険しい顔で質問してくる。

「どうやってここまで!?」

「え?ここまでは~普通に歩きですけど」

 ――本当は森を全力ダッシュだけど。

 男は眉をひそめて、いぶかしげな顔をする。

 どうやら、聞きたい答えとは違ったらしい。


 老人というにはまだ精力のありそうな男が、フィセラを奥にやりドアの隙間から外を確認する。

 背中を見せる男の後ろで、家の中を見渡すと、奥の廊下から女が出てくる。こちらは老婆という雰囲気だ。奥で隠れていたのだろう。


 男が大丈夫だという風に片手をあげて老婆を止め、もう一度フィセラに質問する。

「ここにくるまでに奴ら……男たちを見ませんでしたか?」

「誰も見てませんけど。門番とかいたんですか?」

 村にこっそり入ったのがまずかったかと思う前に、男が答える。

「いえ、盗賊です」

 ――盗賊?う~ん、案外危ない村だな~。

 緊張感を持たないフィセラに気づかず、彼は続ける。

「旅のお方でしたね。私はここの村長のダイクです。こちらはわたしの妻のアテレ。こちらへはなぜ?」

 ――こっちが村長なんだ!?じゃ向こうは、金持ちの家かな?

「私はフィセラです。ここには旅の途中で立ち寄ったんですが、どこも明かりは消えていて。宿でもないかと、明かりが点いていたここに」

 フィセラは特別な設定など考えず、適当に話していた。

「フィセラ様ですね?遠くから来られたようですね。エルフの方がこの村に来たのは初めてです。それより、奴らに出くわさなかったのは幸運でしたね」


 フィセラは住人がエルフじゃなかったように耳はあまりとがらせていなかったのだが、やはり無理があったようだ。

 だが、すんなり受け入れられていると考えれば変装は成功している。


 それよりも、さっきから村長は別のことを気にしているみたいだ。

「奴らって盗賊のこと……ですか?」

「そうです。無事に人が村へ来られたのは1か月ぶりですよ。」

 そう言いながら、村長の方から、村に起こったことをいろいろと教えてくれた。


 少し前に街で問題を起こした盗賊団が村に逃げ込んだらしい。

 あの大きな家といったのは村の集会所で、今は盗賊が使っているようだ。

 街と村をつなぐ街道にもキャンプを張り、情報が漏れないように人の行き来を監視(誰もこの村に来ていないなら監視だけではないかも)している。

 そのため、いきなり家の前に立っていたフィセラにかなり驚いたようだ。

 どうやってここまで来ることが出来たのか、と。


 フィセラの方からは、ほとんど話はしなかった。

 詳細を聞かれたら間違いなくボロが出るからだ。


 フィセラが村の現状を理解したところで、今まで一言も発さなかった村長の奥さんが話に入ってきた。

「フィセラ様はもしや冒険者の方ですか?身に着けている装備は立派に見えますし、旅の荷物も見当たりません。マジックアイテムというもので収納しているのでしょう?」

 そういえば手ぶらだ。鞄さえ持っていない。

 ――さすがにおかしいよな~。ていうか……冒険者?マジックアイテム?


 エルフや盗賊がいるなら、それらがこの世界にあることも当然だろう。

 その職業やアイテム等が存在するならば、ここはファンタジー世界ということで間違いないのだろうか。

 ――冒険者か。モンスターや魔法がなければ、どう生きればいいか迷うところだったけど、アンフルの世界と同じようなところならどうにかなるかも。


 フィセラが考え事のせいで黙っていると。

「やはりそうなのですね!」

 奥さんが異様に目を輝かしている。

「でしたら、盗賊たちを」

「やめなさい!」

 村長の一喝に奥さんとフィセラはそろって肩をビクッと振わせた。

 彼はゆっくり妻の肩に手を置き、彼女を落ち着かせる。

「明日の朝にしよう。フィセラ様も、今日はこちらでお休みください。客間などございませんが、冷えぬように毛布を持ってきましょう」

「は、はい。ありがとう……ございます」

 二人とも奥にある寝室へ入っていき。村長がすぐに毛布を持ってきてくれた。

 毛布程度ならアイテムポーチにいくらでもあるのだが、好意は受け取っておくべきだろう。


 フィセラは居間に開けてもらったスペースで横になる。

 毛布がすこし臭う気がする。

 気にせず目をつぶるが、眠れそうにはない。

 匂いが原因ではなく、疲労がないからだろう。

 彼女の肉体スペックは人のそれとは比べ物にならない。

 森を数時間走る程度では疲れを感じないのだ。

 色々と考えていれば眠れるだろうか。

 ――冒険者ってことは、どこかの探索とかモンスターの盗伐だよね。悪人を倒すとかも冒険者の仕事なの?さっきの話からすると、盗賊と戦ってくれって頼まれそうの勢いだったなぁ。村長が止めてくれたから大丈夫かな。……やっぱりこの毛布カビの臭いする。というかなんで居間なの?客室とかないの?


 フィセラは少しわがままだった。

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