第31話 やさしい英雄
「諦めた奴が邪魔をするな、ですか」
倒れたままのホオズキが呟く。
「まだやるっていうんならやりますよ?」
さっきの心を燃やした一撃で力を使い切ってしまったのか。纏っていた紅の鎧はなくなり、見た目は普通の人間の体に戻っていた。
「いいえ。もういいです。君の力はよくわかりましたから。たしかに私のように諦めて屈した人間が君のような若者の邪魔をするわけにはいけませんね」
アカシアに支えられながら、ホオズキのもとに行くとそこには老人が横たわっていた。
「あなたは英雄ホオズキ、ですよね?」
「びっくりしましたか? いやぁ、最後に君の意表を突くことができてうれしいですね」
「自象掌握は自分の肉体を更生するポイントを自由にできる力。それで見た目を変えていたんですね」
アカシアが憐れむように呟く。
「え? ポイントって見た目も弄れるのか?」
「整形はご存じですか?」
「ああ。たしか、手術で顔や体を変えられるんだろ?」
「整形をする際もポイントは請求されますよね? そのポイントと専門の異能力を使用して医師は手術をしますから」
「自象掌握は神から与えられた力です。ですが、その力も君に負けたことにより剥奪されましたがね」
まだハームレスが知らないことを二人は知っているようだ。だが今はそれよりも重要なことがある。
「そんなことより、俺を認めてください。少なくとも、魔王を倒せる可能性はあるはずです。魔王を倒したら少数を犠牲にして多数を救うようなことはしなくてもよくなる。そうですよね?」
魔王によって人類は地下に追いやられた。そのせいでどうしても切り捨てなければいけなくなる人はいる。だが魔王を倒して地上を取り戻せたら、その心配はなくなる。
「たしかに地上を解放して人類がこの世界を取り戻せたら、少なくとも今よりもっと多くの人間が幸せに暮らせることでしょう」
「だったら……!」
「たとえ、そうなったとしても世界は変わりません。不幸な人間は出てくるでしょう。人はそういう生き物なのですから」
「だったら俺はそんな人たちに手を差し伸べられる。そんなやさしい英雄でありたいです」
正直、顔から火が出る程恥ずかしいセリフだ。しかしまぎれもなくハームレスの本心だった。良い人でありたいという欲求はだれもが持っている欲求なのだから。
アカシアはそんなハームレスを暖かい笑みで見守っていた。
「やさしい英雄、ですか」
「教えてください。あなたを絶望させているのは何ですか? 世界は変わらない。魔王は絶対に倒せない。誰があなたをそんなに追い詰めていたんですか? 俺がそいつをぶん殴ってきますから」
ハームレスはホオズキを英雄として尊敬していた。ホオズキは裏で許されないことをしていた。それは間違いなく、好きでやっていたことではない。
だから、ホオズキを追い詰めた存在が必ずいるはずだ。
「それは言えません」
「どうして!」
「だって私は屈してしまったのです。それにもう終わりですから」
ホオズキの体が青い炎で包まれる。熱くない。凍てつくような炎だった。
「なっ」
アカシアとハームレスが消そうとするが、「おやめなさい!」とホオズキが強く静止する。
「私を追い込んだ存在は地下深くで今なお眠っておられます。だから魔王を倒し、世界を解放したくば地下を目指しなさい。そして突き進みなさい。たとえどのような絶望が待っていたとしても。あなたは私が唯一認めた真の英雄なのですから」
そう言い残し、英雄は青い灰となってこの世から消え去った。
「なんだ、なんなんだよ、これは!」
英雄となると決めた、救うと決めたのに、目の前の人間を救えなかった。
ハームレスの慟哭が完全平和都市に響き渡る。
アカシアは救えた。だが、どうしようもない闇がこの都市、いや世界にはある。
ハームレスはまだその闇の一端を垣間見たに過ぎなかったのである。
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