第30話 覚醒と決着

意識を取り戻したら、なぜかアカシアに馬乗りにされていた。そして頭上には巨大な氷の槍が今にも落ちようとしている。


「死んでたまるかぁぁぁ!」


 無我夢中にアカシアを押しのけて、氷の槍を拳で砕く。


「しっかりしろ、アカシア! 何ボケっと突っ立てるんだ! ホオズキはまだ五体満足だぞ!」


 まだ戦闘中だというのに、アカシアは呆けた顔でハームレスを見つめる。


「ハームレス様、なのですか?」

「はぁ? 寝ぼけてんのか? 当たり前だろ! 俺意外のどこにハームレス・ラフィングががいるっていうんだよ!」

「ですが、そのお姿は一体……?」

「は?」


そして気づく。自分が人間の形をしていなかったことに。

全身が燃えている。なのに一切熱くない。それ以前に、人の体ではない。巨木のように逞しい両腕と両足。人を簡単に斬り割いてしまう獰猛な爪。

人でない何よりの証明が頭の上についている獣耳に尻尾。確かに動かせるし、体の一部という感触もある。

ハームレスの体は完全にワーウルフと一体と化していた。


「なんじゃこりゃあ!」


目が覚めたら魔物になっていた。さすがにシャレにならない。


「俺、ワーウルフに喰われたよな? その後、妙な夢見た気がするけど……だめだ、思い出せねぇ」


なぜか知らないが、滅茶苦茶むかついたことだけは覚えてる。


「いや、そんなことよりホオズキだ!」


状況はわからない。

今重要なのは、ハームレスがワーウルフの力を扱えること。そして敵がまだ五体満足で目の前にいることだ。

そのホオズキはというと、ぽかんと口を開いて茫然としていた。


「まさか。まさかまさかまさか! 本当にシナリオを変えたというのですか」

「何の話ですか?」

「意識もしっかり保っている。そんなの……あってはならない!」


 突然、鬼のような形相に豹変してホオズキが襲い掛かってくる。

氷と化した地面の上を滑ってくる。だが、さっきのような優雅さはない。余裕もない。ただ感情任せにがむしゃらに真っすぐ突っ込んでくるだけ。



「ちくしょう! 何がどうなってるってんだ?」


今のワーウルフの肉体の使い方はよくわからない。無我夢中で手の炎爪を振るう。

炎爪は地面の氷ごと、考えなしに近づいてきたホオズキを捉えた。

 氷剣と炎爪が激しく競り合う。

 

「どうしてお前ごときがその力を扱える! お前が扱えるのなら私でいいはずだ! いや私こそが相応しい!」


全く何のことかわからない。わかることはホオズキがワーウルフの力に対して並々ならぬ執着心があるということだ。

そして、性格の悪いハームレスはいやらしいことを思いついた。


「あれ? あれあれ? よくわからないけど、俺なにかやっちゃいましたか?」

「ただのモブごときが扱っていい代物ではない!」

「すいませんねぇ。ただのモブが扱っちゃいました!」


あのホオズキが嫉妬丸出しで襲い掛かってきているのだ。それはもう煽るしかない。目の前で見せびらかしてやるのだ。

常に余裕ですと言わんばかりの顔が嫉妬に歪んでいるのだ。これ以上愉快なことはない。

予想通りホオズキが力任せに押してきた。それに抗わずあえて引いて、一度間合いを取った。


「ふざけているのかっ」

「いえいえ至極真面目ですよ」


ぎりぎりだった。一瞬の油断が命取りとなる戦いだ。煽って冷静さを欠かせなければ、こちらが氷漬けにされていたところである。

燃え盛っていたはずの炎爪が氷漬けになり、その氷は二の腕まで到達していた。あの状態のまま競り合っていたらやられていたのはハームレスだ。

だからこそ、一切ふざけていられる余裕などない。

そんな風に冷や汗を垂らしていたら、凍っていた腕が再び炎が噴き出す。英雄もそうだが、この肉体も常識から外れている。


「すげぇな」

「ハームレス様! 本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫どころか、絶好調だ。なにせ力が溢れてくるからな! お前は休んでろ。この力さえあれば、英雄を喰い殺せる」

「何を言ってるんですか? 殺す? 魔王を倒す力があると認めてもらうのではないのですか? 言っていることが滅茶苦茶ですよ」

「え?」


気付いた時にはもう遅い。


「あぁ、よかった。その力まだ完全に扱えていないようですね。君の心の中が読めないと思っていましたが。なるほど。正気を失っているのなら、納得です」


ハームレスの心が浸食されていく。


『喰い殺せ。世界を神を。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』


ハームレスの心の内側で何かが叫んでいる。抗えない。そう思った。どうせ自分は打算塗れなクズ人間だ。そんな人間に突然覚醒して強大な敵を倒すというご都合展開があるはずはない。


だから仕方がない。


「今のうちに死になさい。そしてその力を私に寄越せっ!」

「させません!」


ホオズキの刃が迫ってくる。その刃をアカシアが素手で殴りつけた。もちろんただで済むはずがない。拳は血まみれになり、見るも無残な姿となる。


「事象掌握・レベル五消費・右拳修復」


ハームレスの目の前で繰り広げられたのは、凄惨の一言に尽きた。攻撃のたびにアカシアは血まみれになり、異能力で回復をする。その繰り返し。

ハームレスには異能力のことはわからない。だが、自分の犠牲を前提にした戦い方だということはわかる。

もどかしかった。

自分の内側の声に抗うので精いっぱいで何もできない。だから仕方がない。

いや、ちがう。

仕方ない、という言葉で済ましていいはずなどない。自分がクズだからという言い訳はやめたはずだ。


「ふざけんじゃねぇぇぇぇ! 仕方ないなんて知るか! クズなんて知るか! 俺はもう何も諦めねぇって決めたんだよ!」


体は痙攣し、全身の炎が荒れ狂う。

もう言い訳はしない。

足掻くと決めた。どんなクズでも英雄になれると。アカシアのようにやさしく誰にでも手を差し伸べられるような。そしてホオズキのように市民から頼りにされて、憧れられる存在。

心の中では真面目に思っていても口は正直だった。


「俺は英雄になって承認欲求満たして! 酒池肉林して! 快適な老後生活をおくるんだよぉぉぉぉお! そのついでに神も魔王も世界も全部ぶっ潰してやらぁ!」


そんな汚い叫びが痙攣を抑え、炎さえも抑え込む。

紅蓮の炎が圧縮し、肉体すらも圧縮する。

まるで悲鳴のような音がハームレスの内側から発せられる。

 その光景にホオズキとアカシアは圧倒されていた。


「適合、しただと?」


ホオズキが唖然として見つめる。その目線の先には騎士がいた。

炎が凝固し、深紅の輝きを放つ。その全身が刺々しくも洗練した深紅の鎧と化す。体だけなら、まだ人間味があった。だが、その頭だけは違った。

貪欲な黄金の瞳に、飢えた獣のようなすべてをかみ砕き飲み込んでしまうような口を持つ狼の形をしていた。


「やった! 手に入れた! 俺だけの力!」


見た目は狼の騎士といった感じで格好いいのに、発言は煩悩塗れで格好悪いことこの上ない。だが、それがハームレスが正気を失っていないという証拠ともなる。


「ハームレス、様?」

「安心しろ。もう大丈夫だ。もうお前ひとりが犠牲になるようなことにはさせない。この力で英雄になって、全員救ってやる。もう自分を犠牲にするようなやり方なんてするな。もっと自分を大切にしろ。自分の好きなことをやっていいんだ。だから俺の手を取れ。俺に協力しろ」


ここまで命がけでやってきたのはなんのためか。英雄になるためもある。しかし、大前提にアカシアを助けるために命を懸けたのだ。

見知らぬ他人のためにやさしくなれる。打算目的じゃない。純粋に、だ。そんなアカシアを助けたかった。力になりたかった。

けど、他人を救うために自分を犠牲にするのはちがう。間違っている。そんなことはさせちゃいけない。他人も自分も纏めて幸せにする。

今のハームレスならそれができる。根拠なんてない。確信もない。だけどできると決めた。やると決心したのだ。

だから、ハームレスはアカシアに手を差し伸べた。



※※※※


アカシアには何もなかった。

だから、自分を犠牲にするやり方しか知らなかった。

自分を犠牲にした結果、みんなを救えるならいい。笑顔を向けて、なにもない自分を受け入れてくれる。それだけで幸せだと思っていた。

けどハームレスは違うという。

自分を大切にしろ、犠牲にするなという。

それはたまらなく魅力的で、馬鹿馬鹿しいくらいに現実味はなくて。

だけど、ハームレスと一緒にそんな馬鹿馬鹿しい夢を見てみたい。ついていきたいと思ってしまった。


「わかりました。あなたの御傍で、あなたと共に歩みたいです」


 アカシアはハームレスの手を握った。


※※※※



「わかりました。あなたの御傍で、あなたと共に歩みたいです」


アカシアはハームレスの手を握った。


「だめなんですよ。現実はそんなに甘くないんです。うまくいかないんです。何かを犠牲にしなければ目的の物は得られない。誰も救えないんですよ!」


それはホオズキの魂からの叫びだった。

偽りではあるが完全平和と呼ばれるほどの都市を維持してきた者の言葉は重い。


「誰が決めたんです? そんなこと知らない。俺はアカシアを救い、貧民街の皆を救います」

「その女一人救ったところでなんになるんです? 混乱が起こってより多くの人々が犠牲になる。それを許すというのですか?」

「だから俺が魔王を倒して全部救ってやるってい言ってんですよ! いい加減認めてください!」


ハームレスの手から炎が噴き出し、小太刀へと形成される。


「認めません! たしかにその力は強大だ。それに処刑台での策略は見事でした。ですが! それだけでは救えません。魔王を倒すことなどこの世の誰にもできない。不可能なのですから!」

「これでもですか?」


腕が炎により拡張し、小太刀がホオズキに襲い掛かる。

一本だけではない。背中から炎の腕が追加で二本生えてホオズキの死角をつく。

正面、と背後からの挟み撃ち。ホオズキはその場でジャンプして高速回転することにより三本の腕を同時に迎撃した。


「まだまだぁ!」


今の攻撃くらいなら対処される。予想していたハームレスは炎の腕で襲い掛かると同時にホオズキに接近戦を仕掛けた。

着地の瞬間を狩りに行ったのだ。

だが、そんなことは想定済みといわんばかりにホオズキが身に纏っている青い衣により受け流された。

だが、浅いながらも傷はつけられた。


「なぜ諦めない? 真の英雄など目指すのですか? 英雄などろくなものではない。それにあなたは自分の欲望さえ満たせればいいんじゃないんですか?」

「足りないんですよ。自分の欲望を満たすのは当たり前です! けどそのために他人を蹴落としたら後味悪いじゃないですか。だから他人も自分も幸せにする! そのために俺は英雄になると決めたんです!」

「そんな理想論! 叶うわけがない! 実現するわけがない! どうせ途中で挫折するに決まってるんですよ!」

「だれがそんなことを決めたんです? 挑戦もしないで諦められません!」


赤と青の激しい攻防が繰り広げられる。

凍っては溶かしの繰り返しだ。


「その挑戦が周りを傷つける! 失敗したら取り返しがつかないんですよ!」

「失敗したら、助けてくれる仲間がいます!」


オトギリは言ってくれた。

一人じゃないと。だから前に進むことができた。

 

「そんなものでは現実は変えられません!」

「しまった」


氷獄乙女に背後を取られた。無数の腕がハームレスを捉え、雁字搦めにされてしまう。


「事象掌握・異能力炎狼騎士に極振り」


アカシアの宣言後、ハームレスが纏っていた炎の勢いが膨れ上がった。

雁字搦めにハームレスの体を拘束していた氷の腕がことごとく溶かされていく。


「私もハームレス様の仲間です! 私一人では現実は変えられない。けどハームレス様と一緒になら変えられます!」

「鬱陶しい! ハームレス君、君はクズなはずです! 私と同じ汚い人間です! そんな君が他人を救えるはずがないんですよ!」

「そうやってあなたも僕と同じく、自分に言い訳をしていたんですよね? 自分はクズだ。だから他人を犠牲にしても仕方がないと」

「なっ」


ホオズキが動きを止める。

見る見るうちに憤怒の形相へと変わる。


「ちがう! 私は!」

「他人にやさしくない人間がなれるほど、この都市の英雄は安くない! 僕は見てきました。あなたが市民を命がけで守る姿を。日々の生活に寄り添う姿を!」

「それは演技です! 偽りなんですよ!」

「たとえ嘘でも演技でもいい。優しい行為をしたという事実は変わりません! ですが、自分がクズだからと言って他人を切り捨てる理由にはならない! 少なくとも僕はそんな言い訳やめました!」


 自分の欲望は捨てられない。だから打算抜きで、純粋に他人へとやさしくするなどできない。そう思っていた。だがちがった。それはただ自分に言い訳をしていただけだったのだ。自分を納得させるための、できないことへの言い訳。


「うるさい、うるさいうるさいうるさい! もう黙りなさい!」


 ホオズキが直線的な動きで迫ってくる。ハームレス激突する寸前に体を捻り背後に回られる。


「しまった」

「狂感」


青い光がぶつかり、ハームレスの内側を荒らしまわる。

怒り、悲しみ、苦しみ、恨み、辛み、妬み。あらゆる黒い感情がハームレスの中で暴れまわっていた。


「ハームレス様!」


急いで駆け付けようとするが、アカシアがいる場所からでは間に合わない。ハームレスの背後でホオズキが氷剣をその首へと振り下ろす。


「死んでください」


ハームレスはどす黒い負の感情に押しつぶされそうになる。気が狂いそうになるほどの感情の奔流だ。だが、負けない。

ホオズキにアカシアを処刑しろと宣言された時の方がよっぽで苦しかった。

どうすればいいかと途方に暮れた。それもオトギリのおかげで乗り越えられた。魔王を倒す。真の英雄になると強い決意を得られた。

アカシアの無償のやさしさに打ちのめされた。どうしようもなく、嫉妬した。憧れた。その憧れの感情の方が、今のどす黒い感情よりよっぽど強い。

二つの感情を燃料にして燃え上がらせる。

こんな絶望よりもハームレスには叶えたいことがある。欲望がある。すべての欲望と感情を小太刀に籠める。

紅蓮の炎により染め上げられた小太刀が振り落とされるホオズキの氷剣を真っ二つに折った。


「馬鹿な!」

「俺の欲望は誰にも止められない! 諦めた奴がいつまでも俺の邪魔をするなぁぁぁ!」


灼熱の炎を宿した拳が、ホオズキの頬を捉えた。

突然の反撃に成すすべもなく、吹き飛ばされる。

そのままホオズキはぐったりとして動かなくなった。

偽りの完全平和を維持し続けた英雄ホオズキが、今ここに討たれたのだった。

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