第29話 喰らい尽くす

真っ白で何もない空間。

明らかにおかしい場所にハームレスは立っていた。

さっきまでのことは覚えている。

アカシアがワーウルフにやられそうになったところを庇って代わりに食い漁られたのだ。


「ああああああ! なんであんなことしたんだ? 最悪!」


アカシアの前では格好をつけたが、あとになって激しく後悔していた。

 たまにあるのだ。一時の感情で良い人面をして後になって激しく後悔するパターン。

今まではなんとかなってきたが、今回は取り返しがつかない。なにせ喰われたのだから。


「そりゃあ、助けようとは思ってたけど、肝心の俺が死んだら意味ないじゃん! 何満足そうに『俺はやさしい英雄になれたかな?』だ! 痛すぎる!」


良い人ぶっている奴の内心などこんなものである。


「せっかくあそこで踏ん張って認められたらハッピーエンドだったなのに! 酒池肉林だったのに!」


別にホオズキとの戦闘を切り抜けても、後には魔王を倒すという大仕事が残っている。酒池肉林への道ははるか先である。


「ざまぁぁぁ! 酒池肉林とかお前みたいな三下クソ似非ショタに実現できるわけねぇから。ていうか女に相手されねぇよ」

「は? 俺が本気出したらモテモテよ! 幼い見た目の俺が、媚びへつらって弱者のふりして近づけば女なんて簡単だぜ! なにせ、俺は行きつけのバーの女の子全員と連絡先交換した伝説の男だからな!」


 突然謎の声に貶されて、咄嗟に言い返してしまった。


「商売女の言うことを真面目に信じるの痛すぎワロタ。その連絡先、本垢じゃなくて営業用だ。気づけあほ」

「はぁ? この間の新人の子なんてむこうから連絡してくれたんだからな。次はいつ会えますか? ってな! 俺からじゃない。相手からだ! これは完全に俺にほの字だぜ!」

「ほの字とか未だに使うやつがいるとか。いつの時代の人間だよ。ていうかそれ惚れてるんじゃねぇよ。次店でいつ会えるかを聞いてんだ。営業だよ。プライベートで会うわけねぇだろ。自惚れんな」

「え? マジで?」


驚愕の真実にハームレスは固まる。


「お前、実年齢はともかくガキのふりしてんだろ? そりゃあ、見て話す分には重宝されるだろうけど、付き合ったり男として見られるわけねぇだろ」

「でも友達の話とかしてくれてるし、恋愛相談とか乗ってあげてるし!」

「そりゃあ、プライベートを出すことで特別感を出してる演出だろ。それに恋愛相談ってお前自身相手にされてねぇじゃん」

「あ」


今更ハームレスは厳しい現実と向かい合い、膝を地についてうなだれてしまった。

あの店の女は全員自分に惚れている。オトギリは例外だが。そんな頭お花畑なハームレスには厳しすぎる現実であった。


「ということで、お前のポジションはかわいい弟や近所の子供だ。モテてるんじゃない。勘違いすんな。三下クソ似非ショタ」

「ちくしょうぅぅ!」


さっきアカシアを庇って死んでしまったことより、よほどダメージが大きい。

気付いてはいけない世界の真実を知ってしまった代償は大きかった。


「あと、いい加減俺のことツッコんでくれない?」

「うっせぇ! ここがどことか。目の前で俺と同じ顔してる奴が誰とかどうでもいい! 女の子たちが俺を恋愛対象として見てなかった方が一大事なんだよ!」


気付いていないわけではなかった。

真っ白な謎空間。ワーウルフに喰われたはずの体がきれいに治っていること。目の前に自分と全く同じ見た目の生意気なクソガキがいること。

全部が異常事態だ。

だが、どうでもいい。商売女の非常な現実を目の当たりにしたことも大きいが、どうせ死んだのだ。死後くらい自由にさせてほしいものである。


「お前、まだ死んでないから。いや正確に言えば、まだ生き返れると言った方が正しい」

「……マジ? リアリー? パードゥン?」

「意味がわからないままノリで言葉を使うなよ。そもそもがここはお前の心の内。そして俺はお前の言語知識を使ってでしか話せないんだから、横文字使って賢そうなフリしても無駄だぞ」


俺と同じ顔の奴が何か言っている。


「いや、そんな馬鹿な。俺はあのワーウルフに喰われたんだぞ。そりゃあもうガブリと。あれで死んでないとかありえないだろ。」

「お前を喰ったワーウルフ自身が言ってるんだ。それにお前が死んだのなら、今ここで話しているお前は何なんだ?」


ここはあの世的な何かだと思っていたが、違うのか。いや、こんな無茶苦茶な現象のことを考えても答えは出ない。今はこいつの言葉を飲み込むしかないのだと結論付けた。


「何? じゃあ、ここは俺の精神世界とかそういうやつ?」

「そんな風に考えてくれていいよ。つまりここが真っ白なのはお前自身中身がない空っぽな奴という意味でもある」

「うっせぇ! いちいち人を貶してくるんじゃねぇよ」

「仕方ないじゃん。俺の性格はお前の精神性を参考にしてるんだ。つまり自業自得だ」

「俺ってやつは……」


 いちいちハームレスに精神的ダメージを与えてくる。

不思議と目の前のもう一人の自分が嘘を言っている風には感じない。

第一、こんな異常事態で何もわからない状態だ。嘘をつかれていたとしても確かめる術をハームレスは持たない。


「お前、魔王を倒して英雄になるんだろ? だったら気になることとかないの? これから起きるのは予定調和を無視した覚醒シーンだよ。奇跡のモブキャラ復活イベントだよ?」

「はぁ、何言ってんのかわからん。しかしそんなに聞いてほしいのか。しょうがないなぁ。なら聞いてやる。お前は一体ナニモノなんだぁ? 何がモクテキなんだぁ? ほら聞いてやったぞ。しゃきしゃき答えろ」


全く聞く気のない露骨なまでの棒読み。

もちろん挑発しているのだ。


「答えたくないと思うほどにはくっそムカつくんだが」

「やったぜ」

「嘘だろ、おい。普通、俺みたいな謎の存在にそんな口たたくか? どうなってんの、お前の思考?」

「お前ほどムカつく奴は初めてだ。それに俺の夢を壊したお前を絶対許さない。だからそんな怪しいイベントより、お前の悔しがる姿を見ることとマウントを取る方が優先だ」

「マジかよ」


もう一人の自分にすら心底呆れられる性格の悪さ。


「よし。なんか全部知ってる風なむかつく面を崩せたからもういいや。はよ現実に戻して」

「こいつ……!」

「だって主導権はお前にあるんだろ? だったらこんな面倒くさいことせずにさっさとやりたいことやれよ。聞かせたいことがあるなら話したらいい。どうせ俺はなにもできない。英雄になるって大口叩いてこのざまなんだからな」


ここまで謎の存在に対して挑発しまくっていたが、それは空元気であった。

ハームレス一人がどれだけの一大決心をしようが、少女一人救えない。世界は変えられない。


「そうだな。確かにお前の言う通り、真実はまだ教えない。その方が面白いからな。だけど、力はやれる」

「力?」

「力を使えば、英雄を倒せる。お前が救いたかったものも救えるだろう」


なんとも胡散臭い話だ。

たしかにこの状況は普通じゃない。だからと言って信じる要素にはならない。それにお手軽にもらえる力なんて碌な物じゃないと相場は決まっている。

 

「わぁ、これで俺つええができるぞ。やったね」

「まぁ、見てろって」


ハームレスと全く同じ格好をした謎の存在が上に手をかざす。するとそこに巨大な赤熱の珠が現れた。疑似太陽にも似た力の塊。近くにいるだけで溶けてなくなってしまいそうな錯覚に陥る。


「なんだ、この力の塊は?」


ハームレスは思わず、ごくりと唾を飲み込む。

普段からポイントを身に宿していたからこそわかる。可視化される程の濃密なポイントの塊。


「お前が感じている通り。ポイントの塊だ。世界の理といってもいい。これを今からお前にやるよ」

「で? 俺はなにをすればいい? 条件は?」


 ただで力がもらえると思える程、脳内お花畑ではない。うまい話には必ず裏がある。


「世界を壊せ。神を殺せ。俺を楽しませろ。それがこの力をやる条件だ」

「意味が分からん。けど、今はそれしか道がないんだろ? だったらやってやるよ」


どうせ一度は死んだ身だ。世界や神が何を指しているのかわからない。単純に考えれば教会が信仰している神のことだろう。だけど、それだけとは思えない。かんがえてもわからないのだ。なら足踏みせずに進む。失敗を恐れて予防線を張ったり、立ち止まるのはもうやめたのだ。  


「やはり面白いな。どこでバグったのかは知らないが、お前がどこまで行けるのか楽しみにしているよ。まぁ、器が小さすぎてパンクしなければ、の話だがな」


どういうことだ、と聞く間もなく力の塊がハームレスにぶつけられた。


「あああああああああああああああああああ」


力の奔流。体、というよりは魂の中身からすべてが浸食され溢れ出す。

まるで生身の体に太陽でも受けているかの如く。

ハームレスの体は風船のように膨らみ、亀裂が走る。


「やはり存在強度が弱い。耐えられないか」


今にも体の外にすべてが飛び出してしまう。そんな感覚の中、ハームレスは笑って一歩踏み出す


「足りねぇな。こんなんじゃあ、全然足りないね」

「強がるだけの正気は残っている、と。次への参考にはなりそうだ」


自分は絶対。高みの見物。そんな存在が許せなかった。こんな土壇場でも性格の悪さは変わらない。意地が悪いハームレスは意地でもこの高位存在に一泡吹かせたくてたまらないのだ。

 

「強がり? 違うね。俺は欲深いんだ。地位も名声も女もポイントも! 全部手に入れる! だからもっと寄越せ!」


ハームレスはもはや人の形を保っていなかった。全身が炎に包まれ、体の形すら人間のそれではなかった。

まるで二足歩行の狼のような風貌。

それはまさしく、ハームレスを喰らったワーウルフそのものであった。


「それ以上の力を喰らったところで破裂するだけだ。それに渡せるものはもう何もない」

「いいや、あるじゃないか。まだ目の前に!」


ハームレスは無我夢中で目の前にいる謎の存在に噛り付いた。本能が叫んでいた。まだ足りない。喰わせろ、と。だから目の前にいる力の塊を、獲物を見逃せるほど今のハームレスに理性は備わっていなかった。


「俺を喰らうか……! それもいい!」

「お前の言う条件なんて知ったことか! 俺は捨てない! 全部全部喰らい尽くしてやる!」


理性というタガが外れたまま、本能の赴くままに食らい尽くす。

それが世界を喰らうことと同義であることを知らないままに。

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