第28話 爆誕
ハームレスはアカシアの目の前でワーウルフにより食い漁られていた。
「ハームレス、様?」
ホオズキの能力、狂感によりアカシアは感情がぐちゃぐちゃになっていた。しかし、幸か不幸か、目の前で知った人物が食い殺されるという衝撃的な出来事で上書きされることにより、正気を取り戻した。
ハームレスの最初の印象は最悪だった。
打算塗れで欲汚い。その上性格を偽り、年齢を隠し、本性すら欺いていた。自己保身に必死で、しつこく付きまとってきた。けど、最後の土壇場ではいつも人を助けようと動いていた。シドの時、そして貧民街を襲った同じ冒険者とすら命を懸けて戦ってくれた。
本人は打算ありきと言っているが、隠しきれない優しさが垣間見える。
そんなハームレスが、今度はアカシアのために命を懸けてくれた。
そして、教えてくれた。自分が皆に必要とされていることを。他人のやさしさに気づけるすごい人なんだと思った。
うれしかった。
初めて、この人と一緒にこの先の未来を見てみたいと思えた。ハームレスが描く未来の手助けをしたい。人助け以外でやりたいと思ったことなんて初めてだった。
だが、ハームレスは死んでしまった。喰われてしまった。
初めて持った生きる目的と希望を失った。
「許せない」
正気を取り戻したアカシアに残った感情は怒りだった。
ハームレスを追い詰めた英雄にではない。食い殺したワーウルフに対してでもない。ただただ無力な自分が許せなかった。また何もできずに大切な人を失ってしまった。
だから、このままなにもせずに終わらせるわけにはいかなかった。
「事象掌握・腕部筋力に極振り」
持久力や耐久力などに振りはしない。全ポイントを攻撃のためだけにつぎ込む。
アカシアのレベルは百。決して低くはない。だが冒険者としてはD級の最底辺で弱い部類だ。だが、それでもすべてのポイントを攻撃につぎ込めば、それは英雄の一撃すらも超える。
ハームレスを味わうように咀嚼するワーウルフの横顔を拳が捉えた。
ワーウルフの巨体がまるで虫のように跳ね飛ばされる。
同時にアカシアの体がその一撃の反動で吹き飛び、血塗れとなる。表面だけではなく内臓も滅茶苦茶だ。
「事象掌握・レベル十消費・戦闘継続のため必要最低限の箇所だけ修復」
黄金の輝きがアカシアの体を包み込み、見る見るうちに体を直していく。
「凄まじいな。さすがは神の加護持ち」
アカシアは英雄の言葉にも一切反応しない。
自分の無力が悔しかった。できたはずなのに、何もしなかった。助かりたいと思った瞬間、自分を壊すことが途端に怖くなった。だから、ハームレスに頼ってしまった。そのせいでハームレスは死んでしまった。
ハームレスはアカシアを助けるときにこの都市での生活を諦めてはずだ。なのに、自分は自己保身に走ってしまった。だから自分の体がどうなろうともはやどうでもよかった。
「返して! ハームレス様を! 私の英雄を返して!」
ただ子供のように、駄々をこねるようにひたすらワーウルフを殴っては体の修復を繰り返していた。
自分の無力さをワーウルフにぶつける。もはや先のことなど考えない。自分の身を削っての猛攻。
英雄クラスの討伐が想定されている突然変異種が一方的にやられていた。
アカシアは倒れたワーウルフの上に載ってその顔をひたすら殴る。
体が壊れるたびに修復を繰り返す。
だが、レベル消費なんて無茶な戦い方には限りがある。
終わりは近い。
アカシア自身、こんなことをしても何にもならないとわかっていた。たとえ、ワーウルフを倒したところで何にもならない。
でも初めて抱くこの激情を止めることができなかった。
「なるほど。これが世界を終わらせるために用意された終末兵器。勇者の敵として選ばれた存在。神のシナリオ通りか。どうせシナリオは壊せない。だが、少し足掻くくらいなら許されるだろう」
この展開はホオズキにとってはいいはずだ。
ハームレスは喰われ、アカシアとワーウルフは互いに潰しあっている。あとは漁夫の利を狙えばいい。にもかかわらず、戦いに介入しようとしていた。
「さすがに勇者の敵でも一撃必殺なら修復はできないはず。さぁ、どう出ますか?」
その声にアカシアはやっと現状を確認する。頭上に巨大な氷槍がアカシアを貫かんと落下する。今更気づいても遅い。もはや避けることはできない。
「あ」
昔からそうだ。周りが見えていない。自分が正しいと思ったら突き進んでしまう。人助けの影響で自分が偽りの聖女と呼ばれて、世界に多大な影響を及ぼす。そんなことすら気付かずに前に進み続けた。正しいと思い救い続けた。
その結果がこれだ。
怒りは収まらない。でもこんな自分がここで終わってしまうのは当然だ。そう納得してしまった。
自分を必要としてくれている人たちを、貧民街の皆を助けられなかった。そして、何もできずに死んでしまったハームレスの敵討ちすらできなかった。
そのことが申し訳なくて。心残りで。
その想いがアカシアに一筋の涙を流させた。
「ごめんなさい」
その時。
「死んでたまるかぁぁぁ!」
ワーウルフは叫びながら、乗っていたアカシアを押しのける。そして飛び上がり、獄炎を纏った拳で氷槍を打ち砕いた。
「え?」
突然のことにアカシアとホオズキは驚愕の表情でワーウルフを見ていた。
砕かれた氷槍が、粉雪のようにきれいに舞い落ちる。
「しっかりしろ、アカシア! 何ボケっと突っ立てるんだ! ホオズキはまだ五体満足だぞ!」
わけがわからなかった。
なぜワーウルフがアカシアを助けたのか。
なぜ魔物が人の言葉を発しているのか。
なぜその声に聞き覚えがあるのか。
なぜ炎に身を包んでる魔物に対して、こんなにも暖かい気持ちが沸き上がるのか。
「ハームレス様、なのですか?」
「はぁ? 寝ぼけてんのか? 当たり前だろ! 俺意外のどこにハームレス・ラフィングががいるっていうんだよ!」
理屈も何も通っていない。
けど、不思議と納得してしまった。
目の前にいるワーウルフの姿かたちをしているのは、まちがいなくハームレス・ラフィングであると。
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