第27話 決戦
「さぁ始めようか」
左腕を剣に変えた英雄がゆっくりとした足取りで歩み寄る。氷のように冷たい瞳がハームレスのすべてを見透かす。
共感の英雄。そう呼ばれているが、本質は土足で他人の心を盗み見る外法。戦闘においては敵の思惑をすべて見破る最強の力となる。
ならば勝機は一つしかない。
考える暇を与えないことだ。
「アカシア! 俺の両足と視覚にポイントを極振りだ!」
「はい!」
アカシアの力はポイント操作である。しかも本人の許可さえとれば他人のポイントさえ好き勝手に数値調整できる。
普通、一度ポイントをステータスに割り振ったら教会で手続きをしない限り再割り振りはできない。だが、アカシアの特殊能力は戦闘中にステータスを変更できるのだ。
「くっ」
突然の身体能力の変化に体が悲鳴を上げる。だがおかげで最強とも渡り合える素早さと眼を手に入れられた。
一気に距離を縮めて近接戦闘を挑む。
「速い」
英雄でさえ、ハームレスの速さには目を見開いて驚いていた。
ハームレスのレベルは百二十。対して英雄のレベルは二百を超えていると言われている。割り振れるポイントにもそれだけ差があるということだ。そんな相手を上回るには極振りしかない。
「だがそれだけ。それに極振りは悪手ですよ」
左腕の氷の剣が振るわれる度に極寒の冷気がハームレスを襲う。それを紙一重で避ける。ハームレスは考えていない。ほとんど反射の動きだ。だからこそ、心を読まれてもかろうじてなんとかなっている。
「そんなことわかってますよ」
極振りとはポイントをごく限られた部位に集中することだ。今ハームレスは視覚と脚部に他の部位に振り分けていたポイントさえもつぎ込んでいる。
つまり今脚部以外の体の耐久力は零である。一撃でも攻撃に当たれば致命傷となる。
「いいえ。わかっていません。だってそれは君の攻撃が一般人以下となっているも同義ですから」
ハームレスが武器としているのは小太刀。小太刀を振るうには腕部の強化が必然だ。当然、避けるのに精いっぱいのハームレスは強化できていない。
それでも斬ろうとするが、避けられている。
「そんなこと百も承知!」
「なら、思い知らせてあげましょう」
今まで避けていたホオズキが小太刀の一撃をあえて受ける。
だが、その慢心が仇となる。ハームレスの小太刀が左腕の氷剣と接触した。
その瞬間、脚部の金色の光が右腕部に集中する。
ホオズキの腕と一体となった剣は砕け散り、続けざまのもう一太刀で左腕を切り落とした。
「馬鹿な!」
ありえない連携を成功させたことににホオズキは驚愕の表情を浮かべ、間合いを取った。ここで追い詰めるべきだが、今の連続攻撃で体力が限界だ。
無理に攻めようとはせず回復に努める。
「まさか本当にそんなバカげた作戦を実行に移して成功させるとは。どうせ失敗して自爆するとばかり思っていましたが」
ホオズキは斬られた左腕を庇いながら、苦痛に顔を歪ませる。
「やったな」
「一応成功はしましたが、失敗していたらどうするんですか? 即席にもほどがあります!」
「ぐちゃぐちゃ、うっせーな。けど、できただろう?」
「それはそうですけど……」
処刑台から逃げている時にハームレスが伝えた作戦だ。
敵と接近戦をしている最中にポイント振り分けを行うのだ。一瞬のうちに足に極振りしていたポイント分を腕に極振りしなおす。
だが、心を読む英雄には強化のタイミングがわかってしまう。
そこでアカシアは英雄に思考が読まれないようにポイント阻害の手錠をしてもらう。能力を使う時だけ手錠を外すのだ。
しかもハームレスが攻撃する一瞬にタイミングを合わせる必要がある。
凄まじい難易度の能力操作。ハームレスもその急激な肉体改造に合わせて戦う必要がある。この作戦を即席でやってしまう二人は明らかに異常であった。
「休憩は終わりだ!」
「自象掌握・四十パーセント解放・右腕氷剣化」
またアカシアのポイント操作により、脚部を強化。接近戦に持ち込む。ホオズキは、出血で顔を歪ませながらハームレスの小太刀での攻撃を右腕の氷剣でさばく。もはやハームレスの攻撃は英雄に届くことが証明された。
ホオズキは大したことがない攻撃と断じて、軽視することはできない。
「これで決める!」
一方、ハームレスも余裕があるわけではない。
ここで一方的に勝負を決めなければいけない。
英雄ホオズキがすべてのスペックを発揮して、ハームレスと対峙すれば敗れるのは必至。英雄が真価を発揮する前に倒しきらなければならない。
だからこそ、休む間もなく攻撃を叩きこむ。
「さすがは偽りの聖女。能力の制度が段違い。さすがは歴戦といったところですね」
冷静な言葉とは裏腹に、乱暴に何度も剣を振るう。
無駄な動きは、すなわち隙となる。
「そこ!」
小太刀がホオズキの右腕を捉えた。その瞬間、聖なる光が足から小太刀を持つ右腕へと移動する。
すべてのポイントが右腕に極振りされ、レベル二百越えの英雄の耐久力を上回る圧倒的な光の一太刀となる。
光が天井を貫き、同時にホオズキの右腕が斬り落とされた。
これで両腕がなくなり、もはや戦える状態ではない。
「くっ」
斬られた衝撃でホオズキは尻餅をつく。ハームレスはその首に小太刀を突きつけた。
「はぁはぁはぁ……。どうだ? ざまぁみろ。俺を舐めてるからこんなことになるんですよ。さぁ、認めてください。俺が魔王を倒せる英雄足り得ると!」
息が荒れる。腕が震える。
これでおしまいだ。英雄は倒れ、その首元に刃を突きつけている。ハームレスの勝ちだ。
だがあまりにもうまく行き過ぎていた。本当に英雄とはこんなものなのか。いくらアカシアの規格外の異能力があったとはいえ、都合よく行き過ぎではないか。
「氷獄乙女(アイスメイデン)」
氷の乙女がハームレスの背後に顕現する。氷の乙女の中から数十もの氷の鎖が伸びて、ハームレスを捕まえようと追った。
「アカシア!」
「はい!」
脚部へと光が集中し、かろうじて氷鎖を避けることはできた。
再度、ホオズキへと接近しようとするが目の前でとんでもないことが起きる。
「自象掌握・六十パーセント解放・右腕左腕復元」
斬り落とされたはずの腕から氷が生える。砕けた氷の中には無傷の腕があった。
「そんな……!」
うまく行き過ぎた。そうは思っていたが、これはあまりにも無茶苦茶すぎる。
「うまく騙されてくれてよかったです。君には処刑場で一杯食わされましたからね。いやぁ、なかなかいいリアクションをしてくれますね。満足です」
ホオズキは満面の笑みを浮かべていた。今まで追い詰めていたのはすべて演技で嘘だったのだ。
「いえ、追い詰められたのは本当です。正直舐めてましたから。けど、その程度では魔王を倒せるなんてとてもじゃないですが認められません。まぁ、認める気もないんですけど」
「アカシア、まだいけるな?」
「はい!」
強がって見せたはいいものの、状況は最悪だ。
ハームレスは強引なステータス変更のおかげで体にかなり負荷がかかっている。アカシアも捕まっていた時の消耗で異能力を使うのがせいぜいだ。
「ああ、まだそんな幻想に囚われているんですか。ならその幻想、壊して差し上げましょう。さぁ、階層ボスの第二形態ですよ。コンティニューもリトライもありませんが、頑張ってくださいね」
※※※※
「ああ、まだそんな幻想に囚われているんですか。ならその幻想、壊して差し上げましょう。さぁ、階層ボスの第二形態ですよ。コンティニューもリトライもありませんが、頑張ってくださいね」
「舐めるなっ!」
「自象掌握・八十パーセント解放・氷獄神装」
氷獄乙女がホオズキを飲み込む。
敵を飲み込み、中に閉じ込めて痛めつけるのが目的の拷問器具のはずだ。困惑するハームレス。
「けど今なら接近戦に持ち込める」
ホオズキが見せた能力は三つ。氷を操る力、心を読む力、そして治癒能力。一体いくつ能力を持っているのかがわからない。普通、持っていても一つの異能力を三つも持っている。一つもないハームレスに分けてほしいくらいだ。
そして最悪なのが、まだ力を隠し持っている可能性すらある。いやきっとそうなのだろう。
そんな英雄に接近戦を持ちかける。
もうそれしかハームレスに勝機はないからだ。
「慌てないでくださいよ。今、あなたに正しいドレスコードというものをお見せするのですから」
票獄乙女が砕け散り、中からホオズキが出てくる。その姿はこれまでとは異なる姿だった。全身の肌がまるで死人のように青白い。一房だけ赤かった髪は完全に青と化す。
まるで妖精のようで人間味がない。
腕と足に羽のような衣が付いた青いドレスを着こんでいた。特徴的なのが、両足の裏についた刃だ。一見バランスが悪そうだが、問題なく立っている。
不気味さと優雅さ、そして美しさが同居する佇まい。
そんな未知の敵にハームレスは斬りこんだ。
「え?」
ホオズキは舞い踊るように躱し、氷結した地面を滑りながら動く。足についていた刃を利用したが移動方法。
「これはまずい……!」
なによりハームレスを窮地に立たせているのが、周囲の地面のほとんどが凍結しているのだ。
さっき氷剣を振っていたのは、ただの考えなしではなく、自分のテリトリーを広げるためだった。
氷結した地面では、ハームレスが唯一アドバンテージを得ている速さも制限される。
「まだ諦めないのですか? 往生際が悪いですね」
ハームレスの周囲を縦横無尽に舞い踊る。これでは近づこうにも近づけない。
今度はハームレスが責められる番となる。
かろうじて、速さだけは拮抗している状態。だが、床が凍っているとうまく移動することすらままならない。しかも強引に引き延ばした身体能力だ。
当然のごとく、限界は訪れる。
ハームレスは氷で足を滑らせて体勢が崩れた。
「あ」
そんな隙を見逃すほど敵はお人好しではない。
気付けばハームレスは空に舞っていた。何の抵抗もできず、地面を転がり偶然にもアカシアの目の前で止まる。
「ハームレス様!」
アカシアが悲痛な声で呼びかけながら、駆け寄った。
「まだ大丈夫だ……!」
ハームレスはなんとか立ち上がる。
「けど、胸が……」
「え?」
胸を見ると、そこには深々と十字の傷が刻み込まれていた。もちろん血があふれ出ている。傷を自覚すると激痛が襲い掛かり、口からも血を噴き出した。
それでも倒れなかったのは、ただのハームレスの維持である。
「まだ、だ。まだ!」
どうしてこうなった。ただ見通しが甘かったから。自分が悪い。英雄なんて目指すべきではなかった。嫌だ、逃げたい。
様々な負の感情が押し寄せる。
でも逃げない。
立ち続ける。どれだけつらくても立ち止まることは許されない。どんなに惨め無様だろうとかまわない。
これは自分が始めたことなのだから。
「どうしてそこまで必死なのですか? 無駄に足掻けるんですか? もういっそ死んだ方が楽ですよ?」
「そうかもしれない。けど諦めない。進んでやる! 俺はあんたとはちがう! 自分がクズだからと諦めたりしない。それはもうやめたんだ。英雄になるって決めたんだよ! だからあんたを倒す!」
今までうすら寒い笑顔と敵意しか見せてなかったホオズキが、眉をひそめて深い層にした。
「自象掌握・百パーセント解放・異能力第二段階・狂感」
青い光がハームレスへと放たれる。
「危ない!」
今まで動くことすらままならなかったアカシアがハームレスを庇って青い光を受けた。
「あ、ああ、あああああああああああああ」
アカシアはまるで人が変わってしまったかのように大声を上げて、その場でのたうち回る。
「何を、した?」
「単に少し、感情を狂わせただけですよ。痛み、悲しみ、不安、妬み、失望。私はそれを少し強く感じさせてあげたまでのこと。ありとあらゆる負の感情を刺激する。それだけで人は簡単に壊れる」
ホオズキは楽しそうにアカシアの様子を観察する。
「ごめんなさいごめんなさい。許してください。壊しちゃった。全部全部! 好きでやったんじゃありません。神様! だから殺してください! 全部終わらせてください!」
あの自分の命すら投げ出そうと気丈に決意した時でさえ、涙の一つも流さなかったアカシアが壊されている。尊厳が奪われている。涙を流し、よだれをまき散らす。言っている内容はよくわからないが、アカシアの大事な何かを踏みにじっていることに間違いはない。
「今度こそ、この圧倒的な力の差に絶望しましたか?」
「ふざけるな!」
威勢のいい言葉を放っても、ハームレス自身もはや虫の息であった。
大量出血で立っていることすら危うい。
だが、この光景を見て動かずにはいられなかった。
たとえ無駄だとわかっていても抗う。今のハームレスにはそれしかできなかった。
「ああ。このお遊びも終わりです。これでここにいるすべての者を死ぬのですから。ほら来ましたよ。けれど残念ですね。これで茶番はおしまい。あなたたちの命くらい私の手で終わらせたかったのですが」
何を言っているのかわからない。
突然ポケットの情報端末からけたたましい警報音が鳴り響く。
エンカウント警報だ。
そして、天井から降りてきたのは炎を纏った最狂の魔物だった。
人間より二回りも大きい巨体。この世のあらゆるものを斬り割けるような爪。一本一本が鋼のような体毛。そのすべてが炎で燃え盛っている。
EX級。規格外。突然変異種。
英雄のみに相手が許された魔物を超えた魔物。
ワーウルフ。
「なんでこいつがここにいる?」
訳も分からない。だがワーウルフの狙いはアカシアのようだった。他は歯牙にもかけず、ワーウルフはアカシアに飛びつく。まるでごちそうに飛びつく卑しい野犬のごとく。
気が付いたらハームレスは発狂したアカシアを突き飛ばし、代わりにワーウルフの巨大な牙の餌食となってしまった。
「あれ? 何やってんだ俺?」
ハームレス自身、どうしてかばったのかわからなかった。なぜか体が勝手に動いていた。気が付いたら最も嫌っていたはずの自己犠牲をやっていたのである。
「ハームレス様、どうして……?」
アカシアの表情にはさっきまでの絶望や苦しみはなかった。目の前の出来事に感情が追いつかず、訳が分からないと言った顔だ。
なぜか無事なアカシアの姿を見て、安心した。自分の胴体に牙が食い込み、体の大半がワーウルフの顎の餌食となっている。だというのに、不思議と満足感すらある。
「俺はやさしい英雄になれーー」
最後まで言い切れなかった。
その前にハームレスはアカシアの目の前で嚙みちぎられる。体は四散し、残りの血肉さえ、残さないとばかりにワーウルフは食い漁る。
ハームレスの肉体は、一片の例外もなくワーウルフの胃袋の中に納まってしまった。
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