第25話 処刑
処刑当日。
英雄が盛大に公開処刑をすると語っていた通り、実施される広場は派手な飾り付けがされていた。広場は処刑台を中心にお祭り騒ぎだった。
処刑台の周囲は誰でも見れるように席が設けられている。人が集まる場所に商機ありと言わんばかりに商人たちはいくつもの屋台を並べている。その屋台に人がたかっていた。
悪趣味極まりない。
「ここにいるのは、神聖教会の聖女を騙りし、邪悪の化身。魔王が送り込む凶悪な魔物よりも質が悪い。その実力はS級の魔物にも匹敵する強大で危険な存在です」
ここは都市中央にある広大な広場だ。大きなイベントは大抵ここで開催される。今は偽りの聖女の処刑という形で使用されていた。
広場の周りは木々に囲まれ都市の中で自然を楽しめるスポットとなっている。そして広場の中央には木で作られた舞台がある。その舞台の中央にはやせ細り、罪人が着る白のローブを身に纏った偽りの聖女アカシアがいた。
その周囲四方向にはA級が配置されている。万が一にも逃げられないように。
アカシアは両手足を錠で縛られていた。この錠はポイントで強化した性能を一切発揮できず、抵抗が封じられる。当然あらゆるスキルも発動できない。
さらに口はロープをかまされており、しゃべることさえできない。
その瘦せこけた見た目から、処刑までの数日ろくな食事も与えられていないことがわかる。つらいはずだ。それでも目を瞑り、手を合わせて祈りを捧げていた。
その後ろにハームレスがいた。
後ろから首をはねる処刑役として。
「そんな邪悪な存在を今討たんとする冒険者が一人。紹介しましょう。今日この日をもって異例の二段階昇進を果たしS級となる新たな英雄、ハームレス・ラフィングです。彼はこの偽りの聖女の討伐の功績をもって私と同じ英雄の仲間入りとなります!」
舞台の四方八方から大きな歓声がハームレスに浴びせられた。
この完全平和都市は娯楽に乏しい。英雄が守護している性質上、犯罪が行えず、あったとしても犯人は表向きには必ず捕まえられる。この都市はそんな犯罪が行えない環境にある。そのせいか市民は刺激を求める。刺激を求め、さらに新たな英雄の誕生で市民たちのボルテージは最高潮に達していた。
「今、ご紹介にあずかりました。ハームレス・ラフィングです。真の英雄にふさわしい人間はこの都市いや地下世界の中でも俺くらいしかいない。俺を褒めたたえ俺の承認欲求を満してください。そうすることで世界は救わます。どうぞよろしく」
市民たちは戸惑った。自分たちが思う英雄像と違ったからだ。英雄とは謙虚で自分の力をひけらかさない人物とでも思っているのだろう。
だがハームレスは違う。
もう開き直っている。なにせ、ここで世紀の脱出ショーをしようというのだ。しかも今まで積み上げてきた信頼や暮らし、冒険者仲間との関係。そのすべてを代償にする。覚悟はすでに決まっていた。
「ところで、英雄である俺から皆に質問があります。この処刑って本当に正しいと思いますか? 罪状は勝手に魔物を倒したことと聖女の名を騙ったことですか。これなら処刑とかやめません?」
英雄も普段とはちがうハームレスの様子に戸惑う。ここで気付いただろう。心が読めないことに。今のハームレスはアカシアと同じ手錠をしている。片腕のみだが。手錠にはポイントの効力を遮断する力がある。それは自分の身だけではなく、外部からの干渉も断っている。
オトギリの所属する組織から受け取ったものだ。
ホオズキが気づいたところで問題はない。もうハームレスは壇上に上がっている。他の冒険者たちが止めようとしたところで、止まらない。止められない。止める正当な理由がないから。
アカシアが驚愕していた。
眼で訴えかけてくる。やめてほしい。自分が命を賭して皆を救おうとしているのだから、このまま処刑してほしい。
そんな自己犠牲女を鼻で笑って、無視した。そんな願い聞いてやるものか。
ハームレスは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「皆さん、本当にこの処刑が正しいと思ってます? 思ってるなら、やります。けど、責任はあなた方一人一人にあります。だって人殺しの汚名を俺一人で被るの嫌ですし。それでもいいならやりますけど、本当にいいんですか? 今日からあなた方も人殺しですよ?」
お祭り騒ぎにかこつけて集まった市民たちがほとんどだろう。そんな人たちが、突然人殺しの責任を負わされる。人殺しという重罪が他人事ではなくなった。
自分の判断で人が死ぬという重責に市民たちは言葉をなくしてしまう。
「ふざけるな!」「無責任なことを言うな!」「世界と教会を害するものは、人ではない! 魔物だ!」
当然、反発の声は来る。
ハームレス自身、無茶苦茶なことを言っている自覚はある。だが、これは作戦のうちだ。この処刑は他人事ではない。自分たちも関わっているのだということを知らしめる。
そして、今が好機だった。
「俺はこの間、その嬢ちゃんに助けられたぞ!」
一人の男が叫んだ。
男は貧民街の人間だ。予定通り、観客席に紛れ込むことに成功したのだ。
もちろん仕込みだ。サクラ行為というやつだ。
この広場に集まった市民には主に二種類に分かれている。
教会に厚い信仰心を抱く信者。この信者が半分。そして残りの半分が信仰はしていないが、教会の恩恵を受けて生活をしている一般市民だ。
この一般市民が主にお祭り気分でここにやってきている。
教会が法を敷き、情報端末など生活に欠かせない役割を担っている。必然的に教会を支持するものは多い。だが信仰となるとまた別だ。教会は他の宗教の存在は認めていなくても、無信仰の弾圧までは行っていない。
だから、市民の中で教会の恩恵は受けていても信者にはなっていない者も多数いる。
そして、その中にはアカシアが助けた者も少なくない。
信者は無理でも、信者ではない半分を取り込む。
それがこのサクラ行為の目的だ。
サクラたちによる予定数のアカシアをかばう声が終わった。アカシアの信者もこの広場に紛れ込める人数は限られていたのだ。
だが、今の仕込みだけで十分だった。
「私も、この間商店街を襲った魔物から助けてもらいました。私は難しいことはわかりません。でも恩人が悪だと言い切ることもできません。だから処刑はやりすぎではないか、そう思いました」
控えめな声で女性の声が上がる。
これは仕込みではない。実際にアカシアが助けた人が挙げた純粋な言葉だった。その純粋な想いが伝播したのだろう。そこからはアカシアに助けられたと多くの声が聞こえてきた。
圧巻だった。人殺しの責任は負いたくない。そして、人々を助けてきたアカシアに処刑はやりすぎだと主張する勢力。そんな意見に罵声を浴びせる教会の信者たち。一触即発の暴動にもつながりかねない騒動。処刑台周辺で警備していた冒険者たちが慌てて止めに入る。英雄ホオズキはその様子を静観していた。
「アカシア、聞こえてるか。この声が、お前がやったことに対する結果だ」
冒険者たちや英雄の注意が外れことを確認して、ハームレスはアカシアに語り掛けた。
「……!」
口はロープで塞がれていてしゃべれない。だが目を見開き、揺れているのがわかる。
うれしいのだろう。この流れは、きっかけこそサクラが作り出したものだ。それも別に偽りというわけではなく本音だ。さらに続いたのは純粋な感謝の声。アカシアの救った人たちが自発的に声をあげてくれたのだ。
うれしくないはずがない。
「たしかにお前が死ねば貧民街は救われるかもしれない。勇者の魔王討伐の障害も少しはなくなるのかもしれない。それでもお前に救われた人たちはお前に生きてほしいと思ってる。お前はお前が救った人たちを捨てて、さっさと死んでしまうのか? それとも最後まで生きて責任を取るのか。 さぁ、これが最後だ。お前はどうしたい?」
アカシアの鼻息が荒くなる。ぽろぽろと涙が溢れ出す。口に当てられていたロープを切り割き、アカシアの答えを待った。
「許されるなら。私は生きたい、です」
やっとアカシアからこの言葉を引き出せた。アカシアを助けようにも自分から助かる意志がなければ助けようにも助けられない。
これで第一関門は突破した。
※※※※
「許されるなら。私は生きたい、です」
これで第一関門は突破した。
次は脱出だ。
だが、ことはそう簡単にはいかなかった。
今まで静観していた英雄が、大きな柏手を打つ。その衝撃は波となって、騒ぎを起こしていた市民たちにも伝播した。
そしてさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
「全員、落ち着いてください。このままでは死者まで出かねない。この場はこの都市の守護者である私の顔を立てて、どうか静かに私の言葉に耳を貸してくれませんか?」
この都市での英雄の影響力に息を飲んだ。
たった一回の柏手と少しの言葉で場の空気をかえてしまったのである。同時に嫌な予感がした。
「皆にはまだ伝えていないことが一つありました。それはここより四層下の第一層で新たな勇者が誕生したことです」
再び市民の間に動揺が走る。
それもそうだ。この完全平和都市は魔王に敗北したことによりできた地下都市。もうこれから先、ずっと地上は解放されない。そんな絶望感が市民たちの根底にはあった。
そこに突如として湧いてきた新たな勇者の出現。
教会の信者は沸き立ち、信者以外の人間にも希望の光となる。
「パーティメンバーも選出され、魔王討伐のために旅立っています。当然、その中には神に選ばれし真の聖女様もいらっしゃる。そしてここにはその聖女様を騙った偽物がいます。この新たな勇者が現れた都合のいいタイミングに、です。その意味は当然、わかりますよね?」
偽りの聖女が、アカシアがまるで魔王の放った刺客のような言い草。そこには何の根拠もない。だが英雄という立場はたとえ嘘でも真実味を持たせるくらいの信用があった。
たしかに、アカシアは多くの人々を救ってきた。
だが魔王の刺客となれば話は別だ。
さっきまでアカシアを擁護していた人々も、もう庇うことはできない。
「これから我々は魔王を倒すため、地上を取り返す大規模な戦いに身を賭していくこととなります。もちろん市民の皆様は直接戦う必要はない。もし魔王が反撃に転じるものなら、今まで通り僕たち冒険者協会が戦います。だが私たちだけでは勝てない。皆様の、いや人類全員が結束しなければならない。そう。私たちには強い結束が必要だ。そんな時にこの偽りの聖女は許していい存在なのでしょうか?」
ハームレスが何か言葉を発する暇など与えてはくれなかった。
「殺せ!」「魔王の手先!」「聖女様の皮を被った悪魔!」
もはやこの流れは止められない。市民は完全に処刑すべきだという意見に流された。さっきまでアカシアを助けるべきだと主張していた層も、英雄の言葉を否定することはできない。むしろ納得させられている。
絶え間ない罵倒が飛び交う中、ホオズキは微笑む。
「満足しましたか? ハームレス君。なかなか面白い見世物でしたが結末は変わらない。。すでに決まっているからです。これは神が敷いたレールの上なのです。それでも足掻くというのならば、それ相応の覚悟を決めなさい」
ホオズキから処刑用の剣を渡される。
いくらハームレスが言葉をつくそうとも人々の心は変わらない。どれだけ足掻こうが、世界は変わらない。
「それでも、俺は……」
「本当にいいんですか? あなたがしていることは、あなた自身が一番嫌いな自己犠牲です。ここで偽りの聖女を生かすということはあなたの人生を、今までを否定することにつながります。そんなことが本当にできるんですか?」
ハームレスは自己犠牲が嫌いだ。
真の意味で、他人のために自分を犠牲にできる人間なんていないから。いるはずがないからだ。
「できない。俺にはすべてを捨てるなんてできない。やりたいことがたくさんある。まだ飲みたい酒もある。年上の美人な女に甘やかされたいっ。それに老後は働かずに毎日遊んで暮らしたい! そのために危険な冒険者なんてやってるんだ。お利口な冒険者を演じてきた。今ままでポイントを貯めてきたんだ!」
「そうですよね。君はそういう欲深い人間だ。だいたい最初から変だったと思っていたんですよ。偽りの聖女を憎んでいる君が、助けようとするだなんて」
アカシアの目には、明らかに狼狽するハームレスの姿が見えた。
「それは……!」
「隠さなくてもいいです。君の心の内はこの間見せてもらいましたから。つらかったでしょうね。英雄を目指して冒険者になったのに現実は違った。優しさもポイント取得のための手段にすぎず、真にやさしい英雄などいない。だから君は英雄になることを諦めた」
「やめろ!」
むごかった。心の内を覗き見て、ハームレス自身でさえ自分の中で目を逸らしていた事実をホオズキは突き付けているのだ。これでは誰の公開処刑かわからなかった。
「君はそれで割り切った。悪辣な自分を認め、自分の利益のために周囲を利用した。それはとてもすばらしいことです。幸せになるために努力する。人間の美徳です。でも不幸なことに君は出会ってしまった。諦めたはずの真にやさしい英雄。君の理想像。誰にでも手を差し伸べて自分の身を犠牲にしてまで救うやさしい英雄。そうアカシア・カクタス。あなたです」
「黙れ、黙れ黙れ!」
狼狽するハームレスにアカシアはショックを受けていた。
「私があなたを苦しませていたのですか?」
ハームレスはまるで自分の身を抉るような、苦痛の表情を浮かべながら告白する。
「ああ。俺はお前がどうしようもなく憎かった。真に優しい英雄なんていない。だから、俺は今まで割り切ってどんな汚いことでもできたんだ。けど、アカシアを目の前にして愕然としたよ。こんな奴が本当にいるだなんて。わかってるさ。身勝手な嫉妬だってことは。それでも俺は、アカシアを見てるとどうしても惨めな気持ちなっちまう。今までの俺は間違っていたとどうしようもなく思い知らされる!」
自分がハームレスを傷つけていた事実にアカシアは泣きそうになる。どこまでもやさしい。それが逆にハームレスを追い詰める。
自分の失敗を認められない。みすぼらしい自分が浮かび上がる。
「大丈夫ですよ。私はあなたと同類です。あなたがそういう人間だからこそ、この都市の安寧を守るのにふさわしい人間だと確信したのですから。だからもう一度言います。あなたはこの都市の英雄になるべきです。その方が幸せになれます」
手渡された剣を見つめる。まだ遅くない。今からでもこの剣をアカシアに振り下ろせば、今までの生活、いやハームレスの欲望はほとんどすべて叶うだろう。
「そう、だな。アカシアを殺せば、俺は楽に幸せになれる」
ハームレスはアカシアの首に剣を当てる。
「ですがあなたに殺されるなら、いいですよ。あなたなら信じられます。貧民街の皆様をどうかよろしくお願いします」
そういうところだ。やさしい英雄が、どうしてクズなハームレスをそこまで認めるのか。信用するのか。そんなところが憎かった。悔しかった。
今までなら。
「ああ、もういいよ。死ね」
その言葉に、満足したように微笑んでアカシアは目を瞑る。ハームレスは処刑用の剣を振り上げた。今度こそ殺すために。
「新たな英雄の誕生です」
ホオズキはそう、ぽつりとつぶやいた。
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