第24話 聖女救出計画

「はぁ? 何言ってんだ、お前」


ハームレスは貧民街でシドと話していた。

デモ参加者はワーウルフ襲撃時、アカシアに守られて無事だった。そこは心底安心したのだが、ハームレスが貧民街にやってきたのは別の目的である。


「頭のおかしいことを言ってるのはわかってる。魔王を倒すなんて、現実離れし過ぎてるってのもわかる。けどアカシアと貧民街、両方を救うにはこの方法しかないんだ。頼む。俺だけじゃ、無理だ。協力してくれ」


いきなりやってきて、魔王を倒すなんて言われても意味不明だろう。しかも、貧民街の住民にとって今は大変な時期だ。A級暗部に壊された自分たちの暮らしを立て直すので精いっぱいのはずだ。

やはり、協力をしてもらうなど虫が良すぎたのだ。


「お前、馬鹿?」


シドは心底呆れたようにため息をつく。


「そう、だよな。都合よすぎた。悪かったな、大変な時に。他の方法を考える」


 立ち去ろうとすると頭をはたかれた。


「ちげーよ、本当に馬鹿だな」

「一体何なんだ? さっきから馬鹿馬鹿言いやがって!」

「あのお人好しを助けに行くんだったら、協力するに決まってんだろ! 当たり前のことを深刻そうな顔で聞くな! 黙って従えくらいにドーンと構えてろ」


 まさか自分の年の半分も行ってなさそうな女の子に説教されるとは思ってもみなかった。 


「お前……いい奴だな」


シドの頭を優しく撫でる。


「にゃ、にゃにするんだよ! 女の髪を無神経に触る奴があるかっ」


 シドは猫のごとく素早い動きで、ハームレスから距離を取った。

 ふーふーと威嚇している。


「いや、いい子だなって思って。悪い。配慮が足りなかった」

「もういい。話は分かった。難しいから魔王を倒すなんて話は分からないけど、あのお人好しを助けるためには必要なことなんだよな?」

「アカシアを助ける手段が魔王を倒すことだ。今すぐ倒す必要はないし、現実的でもないしな。今必要なのは処刑の場からアカシアを助け出すこと。そして、俺が英雄と一対一で戦える環境を作り出すことだ」

「まだよくわからないけど、とりあえずあのお人好しを助けるためにみんなの助けがいるってことでいいよな?」

「そうだな。人手は多ければ多いほどいい。けど、お前みたいに協力してくれる奴は少ないだろうな……」

「お前、あのお人好しのことなめてるだろ?」

「舐めてなんかねぇよ」

「あいつがどれだけこの貧民街でお人好し活動してきたかを知らないだろ? 聖女って呼ばれてる程なんだぜ。正直やべぇよ」

「どういう意味だ?」


何を言っているのか容量を得ない。

アカシアが聖女と呼ばれていることや度を越したお人好しであることなど今更だ。


「周り見てみろよ」


いつのまにか多くの貧民街の人間に囲まれていた。

建物の窓一つ一つや屋上、それに物陰に至るまであらゆる場所から視線を感じる。さらには正面から集団が近づいてくる。


「は、ははは話は聞きましたよ」


その集団の先頭には見知った顔がいた。

 ヤクとミシリだ。

相変わらず、ヤクは手も言葉も震えている。やはりどこからどう見ても危ない薬物中毒者である。

そしてミシリはすごい形相でハームレスを睨んでくる。完全に殺気を放って威嚇しているようにしか見えない。その割にヤクの後ろに隠れている。これがただの人見知りとは初見だったら絶対にわからないだろう。


「無事だったんだな」

「す、すすすいません。少し補給しないといけないのでままま待っててください」

「お、おう」


懐から透明の袋に入った粉を取り出す。袋の中に頭を思いっきり突っ込んで豪快に臭いをかぐ。恍惚な表情を浮かべ、天にも昇るように浸っている。これが薬ではなく、火薬の臭いを嗅いでいるというのだから紛らわしいにもほどがある。


「ふぅ、すっきりした。お待たせしました」

「なぁ、その粉本当にただの火薬だよな? 何か別の怪しい粉とかじゃないよな?」

「当たり前じゃないですか! 私の特性ブレンドですよ。それに別の粉ってなんです? 粉なんて吸っても意味ないじゃないですか」

「いや、それならいいんだ」


普通、火薬を吸うこと自体が意味不明なのだが、そこはツッコまないでおこう。


「さて、補給も済んだところですし、本題に戻りましょう。我らが聖女様を助けに行くんですよね? なら喜んで協力します!」

「いいのか? この都市で反乱を起こすようなものなんだぞ? これから先まともに生きていけないかもしれない」


偽りの聖女アカシアを助け出すということはこの完全平和都市と敵対することも同義だ。それに敵は英雄と冒険者たち。

うまくいったとしても、その後また同じ生活を送れる保証など一切ない。

というか間違いなく貧民街は潰されるだろう。


「その心配はないわ。彼らの安全は組織が保証するから」


建物の屋上からオトギリが舞い降りた。さすがは暗殺者。音もなく着地をする。相変わらず黒のコートで全身を覆っている。だが、その隙間からちらりとピンクのくまさんパジャマが見えるのはご愛敬だ。


「どうしてここにいるんだ? 仕事終わりで寝てただろうに」


ガールズバーの仕事は夜だ。今は真昼間。普段なら寝ている時間だろう。


「むしろ置いていくなんてひどいわ。協力するって言ったじゃない」

「それは……」

「傍に居る。助けるって、言ったじゃない」


顔を仮面で隠しているのに妙な迫力だ。

オトギリがどんどんと距離を詰めてきて、遂には仮面とハームレスの顔が当たるか当たらないかくらいの至近距離となった。


「おい、イチャイチャすんなら他所でやれよ!」


シドが脛を思いっきり蹴ってくる。一般人レベルの蹴りではダメージがないが、妙にご立腹のようだ。最初、馬鹿と連呼されていた時よりよっぽど怒っていた。


「してねぇよ! けど、本題から逸れたな。組織がお前らの生活を保障してくれるとはいえ、いいのか? 敵は英雄ホオズキ・アルメリア。処刑を止める最大のチャンスは俺が処刑を実行する寸前だ。俺がアカシアに一番近寄れるからな。もちろんその場所には高レベル冒険者たちが警備を担当する。命の保証はない。この話を断るなら今だぞ」


これでだいぶ人数が減るだろう。下手をすれば誰も協力してくれない。ハームレスの考える作戦は人が多ければ多いほど良い。だが、無理に命を賭けさせることはできない。だからこの協力における危険性をこれだけしつこく説いているのだ。

だというのに、この場から誰も離れようとしない。

貧民街の住民たちは顔色一つ変えない。


「皆、同じ、気持ち。せせ聖女様助ける。私はあの人のためなら、頑張れ、る」


 ミシリは目線を外しながら、弱弱しく言う。だが、その言葉に込められた熱量は決して弱くなかった。

まるで狂信者だ。ハームレスはそう思った。

こんな形での協力はアカシアも望まないだろう。

だから理由を聞く必要があった。


「お前らはどうしてアカシアを聖女って呼ぶんだ? そのせいで、あいつは捕まった。処刑されそうになってるんだ。かと思えば、あいつを助けるためには自分の命も辞さない。お前らにとってあいつはなんなんだ?」


ずっと疑問だった。

たしかにアカシアはやさしい。話を聞くところによれば、貧民街の炊き出しやボランティアなど様々なことをしているらしい。

お人好しだ。善人だ。だが聖女と呼ばれるにはいささか理由が弱い。


「私たちは全員彼女に救われたんですよ。救われた形は様々です。魔物に襲われたところを助けられたものや、犯罪に巻き込まれた者をここに連れてきたり。自分の身を顧みずに人助けをするからまるで聖女のようだと誰かが噂しだしました。それが彼女が聖女と呼ばれるようになった発端です」

「ヤクも助けられたのか?」

「ええ。私も趣味で火薬を作っていたところ、違法薬物を作っていると誤解されまして。謂れのない罪で捕まっていたところを助けてもらいました。聖女様には感謝してもしきれません」


それは誤解をしてしまうような行動をしたヤクも悪い気がするが。いい話をしている風なので、水を差すのはやめておくことにした。

それはともかくとして。

大体アカシアが聖女と呼ばれている理由が分かった。

勝手にここの住民が聖女扱いしていたのかと思ったが違った。アカシアが後先考えず、人助けをしてきた結果、助けられた人々の間でコミュニティーができて宗教染みた集団ができあがったのだ。

どうせあのお人好しのことだから、人からの好意を無碍にはできないと放置していたのだろう。


「聖女なんて呼ばれて処刑されそうになってんのは、全部あいつの自業自得ってことじゃねぇか」


 そして、アカシアを助けようという人がこれだけ集まるのも自業自得である。

アカシアを責めるような口調。そんな言葉とは裏腹にハームレスは笑っていた。


「で、どうするの? あの娘を助けるのはわかったけど、まだ具体的なことは何も聞いてないわ。まさか何にも考えてない、なんて言わないわよね?」


もちろんオトギリの言う通り、考えていないわけがない。

貧民街の住民が協力してもらえることにより、難題の一つが解決する。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってる? これから聖女を救って魔王を倒す未来の英雄様だぞ。考えてあるに決まってる」


そんな言葉とは裏腹に心の中では怖い、逃げたいと叫んでいた。だが、オトギリが傍に居てくれるからそんな気持ちを外に出さずに済んだ。

 シド、ヤク、ミシリ。ここにいる貧民街の住民。全員が協力してくれれば、状況は整う。後はハームレス次第だ。

 ここにいる全員にやってもらいたいことを話す。


「そんなことでいいのかよ? たしかに大事なことだけどさ。俺たちもっと命がけのことやらせるのかと思ってたぜ。冒険者の足止めとかよ」

「そんなことできないだろ。レベルが違い過ぎる。一般人は年齢とレベルが大体同じだ。それに対して冒険者は見習いのE級は別としてD級でさえその倍のレベルだぞ。もし危なそうだと思ったら逃げろ。隠れろ。できないなら降参しろ。間違っても戦おうだなんて思うな」


それだけの差が冒険者と一般市民の間にはある。


「わかりました。でもいいんですか? 私の火薬は特別性です。武器に使ったら冒険者もどうなるかわかりませんよ? それにきっと爆発させたらいい香りがするでしょうし」

「やめろよ! 絶対に武器なんか作るな! フリじゃねぇぞ!」


アカシアがヤクを助け出したことだけは、間違っていたのではないかと思わされてしまう。それに絶対武器として使うことよりもいい香りを嗅ぐことが目的だろう。


「作戦はわかったわ。けど、本当に大丈夫なの? アカシアを助け出せたとして、そのあとはあなた次第。いくらなんでも英雄と一対一で戦うなんて無謀すぎじゃない?」

「そうだな。俺もそう思う。でももう逃げられない。俺は絶対に英雄を倒す。倒すだけじゃない。認めさせてやるんだ。大体むかつくんだよ。勝手に君は英雄の素質があるだなんて言っといて都合よく利用する気満々なんだからよ。だから認めさせるんだ。俺がお前の考える英雄なんて小さい枠になんて収まらない存在だってことをよ!」


こうして計画は整った。

あとは処刑の日を待つだけ。

だが、この時のハームレスは予想すらしていなかった。

この行動すら英雄の掌の上で踊らされているに過ぎないことを。

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