第22話 すべてを受け入れた聖女

ホオズキに恐怖を植え付けられた後。ハームレスは心身ともに衰弱していた。ホオズキはそんなハームレスを満足げに眺めた後、なぜかアカシアとの面会許可を出した。

どういうつもりかわからない。

ホオズキの狙いはハームレスにどうしようもない現実を突きつけて、第二の英雄に仕立て上げることだ。同時に勇者の魔王討伐を盤石にすること。

なら、ハームレスにアカシアと接触させる必要などないはずだ。

理由はわからないが、すでに心が折れてしまっていたハームレスに断るほどの余力はなかった。

そして今、ハームレスは無機質な灰色の壁に覆われた囚人面談室でアカシアと向き合っていた。

アカシアとは透明な板で仕切られていて、会話以外は一切接触できない状態だ。碌に見張りもいないのは、すでにハームレスの心身を掌握したとホオズキが判断したからだろうか。


「最初から全部承知の上だったんだな」

「貧民街が襲われた時点で、この流れは想像できましたから。私には貧民街の皆様を止めることはできませんでした。だから、仕方がないですよ。ハームレス様は悪くありません。気にしないでください」


 仕方ないことではない。ハームレスがホオズキに心を読まれたせいだ。ハームレスが英雄と会わなければ、アカシアと会わなければ。こんなことは起こらなかった。


「は? 何言ってんの? 気になんかしてねぇよ……」

「そうですか。ならいいんですけど」


そんなことは言われるまでもなくハームレス自身わかっていた。気にしてないと言ったのはただ見栄を張っただけ。

自分がこれから処刑されるというのに人の心配をする。相変わらずの善人ぶりに普段なら虫唾が走るところだ。


「逃げないのか? お前なら簡単に逃げられだろう?」

「そうしたら、貧民街の皆が困ってしまいます。英雄様は貧民街をこれ以上巻き込むことはしないと約束してくれましたから」

「そんな口約束信じていいのかよ?」

「ハームレス様が次の英雄となるんですよね? なら安心です。英雄は信じられなくてもハームレス様なら信じられます」


ハームレスには力がない。戦闘ではただその場しのぎをするだけ。冒険者としての自信など完膚なきまでに叩き壊された。そんな自分に期待を寄せるアカシアの信頼が重かった。

ただ、それ以上に苛ついていた。自分でもどうしてこんなに感情がざわついているのかがわからない。気づいたら口に出していた。


「どうして、笑ってられるんだよ? 満足そうなんだよ? 死ぬんだぞ、お前。わかってんのか?」

「はい。私は処刑されます。でもそれで貧民街の皆様は救われます。それにハームレス様が英雄になれば、きっとこの歪な社会も正せます。無理なことを押し付けてしまい申し訳ありませんが、今私にできることは身を捧げることだけですから」

「そのあとのことなんてどうでもいいんだよ! 自分の命が大切じゃないのか? 死ぬのが怖くないのかよ? 普通自分の命が一番大切だろ? それを見ず知らずの他人のために捨てるなんて気が狂ってる! お前、おかしいぞ!」


 もはやハームレスは何も考えていない。乱暴に自分の抑えられない感情を荒い口調で吐き捨てる。


「かもしれませんね。でも私は見ず知らずの他人に命を救われました。貧民街の皆様に」

「お前、憎くないのか? あいつらがお前のこと勝手に聖女なんて呼ぶからこんなことになったんだぞ!」

「私は記憶喪失で右も左もわからりませんでした。それをその日暮らしで精一杯の彼らは助けてくれたんです。優しくしてくれたんです。その恩を返したいんです。今がその時です」


アカシアがどうしても気に喰わなかった。憎しみすら抱いていた。それがなぜなのかずっとわからなかった。

だけどそれが今、わかった。

ハームレスはどうしようもなく嫉妬していたのだ。

自分には命を賭して見ず知らずの他人のためにやさしい行いなどできない。ハームレスは決して英雄にはなれない、そう思っている。

どうしても自分を優先してしまう。この都市にはそんな人間ばかりだった。だから今まで気にしなかった。

しかし、アカシアに出会ってしまった。

他人のためにどこまでもやさしくなれる真の英雄。

そんな英雄などいないとずっと否定しようとしていたから、ハームレスはアカシアのことが気に喰わなかった。否定したかったのだ。

我ながら、凄まじいほどのクズだ。醜くすらある。そうハームレスは自嘲の笑みをこぼした。


「そうか。お前は自分の命を貧民街の皆のために捧げると決めてしまったんだな」

「こんなに心配してくれているのにすいません」


 アカシアは申し訳なさそうに表情を沈めた。

 

「心配なんかしてねぇよ。ならせいぜいお前を利用して英雄に成り上がってやる! じゃあな。今度会うときは処刑台の上だ」


心無いことを言ってしまう。心が張り裂けてしまいそうだ。だが、強がっていないと今にも泣き崩れてしまいそうだった。

アカシアの前でそんな格好悪いことはできない。

ハームレスは最後に残ったくだらない意地で、精一杯の悪態をついて囚人面談室から出て行った。


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