第21話 英雄の正体
「納得がいってない顔ですね」
「どうしてアカシアが捕まらないといけないんですか?」
冒険者協会の英雄に与えられた特別なプライベート空間。様々な種類の植物が溢れかえっている温室。普通ならむせかえるような暑さだが、不思議と涼しい。普段なら英雄が多くの市民相手に相談を受けている場所だ。
そんな憩いの空間で重苦しい空気でハームレスと英雄ホオズキは向かい合って座っていた。
「簡単なことですよ」
アカシアは何の抵抗もなく捕まり、今は冒険者協会の地下に幽閉されている。その直後ハームレスは納得がいかず、ホオズキに直談判した。その結果温室に通されて今に至る。
「私たちはずっとあの偽りの聖女を追っていました。勝手に魔物を倒される上に聖女を名乗るなど、協会と教会両方のメンツ丸潰れですからね」
「アカシアが魔物を討伐していたなんて。でもそれは悪いことなんですか? 人の命を助けるためなら仕方なくないですか?」
あのアカシアならありえなくない話だ。アカシアは優しすぎる。目の前で魔物に襲われる人々を見たら放っておけないだろう。
「おや知らなかったんですか? まぁ、それは正直どうでもいいのです。問題は後者です。聖女を名乗るのだけは許されない」
「アカシアは貧民街でそう呼ばれていただけです。彼女が自称したわけではありません!」
「そういう問題ではないんですよ。呼ばれた時点でいけない。特に今の時期はいけません」
「時期?」
「勇者が聖女を連れて第一階層を出発しました。目的は魔王討伐です」
忘れがちだが、ここは第五層完全平和都市。勇者が魔王に負けて地下に追いやられた人類が持つ領土の最上層である。すぐ上には魔王が支配する地上が広がっているのだ。
「新たな勇者が出現したっていうんですか?」
「ええ。勇者は人類の希望。言わずもがな聖女は勇者を支える重要な役割を果たします。魔王討伐に失敗は許されません。当然、偽りの聖女だなどという魔王討伐に邪魔でしかない不確定要素が見逃されるはずはありません」
むしろアカシアが魔王の手先と疑われてもおかしくない状況だ。
「それにですね。君は勘違いをしています。この状況は偽りの聖女にとっても予定通りのはずですよ」
「どういうことですか?」
「抗議デモに参加した時点でおかしいとは思いませんか? あんなデモ成功するはずがない。むしろなんの拍子に暴動が起こるかもわからない。なぜ彼女は積極的にデモへと参加したのでしょうね?」
それは違和感があった。
盗みを働いていたシドに対して誕生日を祝うなんて方法で解決しようとした頭お花畑女が、今にも暴動が起きそうなデモに賛成すること自体がおかしい。
「答えは簡単です。私と取引するためですよ。自分の命と引き換えに貧民街の住民を見逃してほしい。後で偽りの聖女はそう取引を持ち掛けてくるでしょう」
「嘘だ。ありえない。そんなのおかしい。だって、自分の命を他人のために捨てる? しかも誰とも知らない他人のために? 意味が分からない」
どれだけ否定しようとも、否定できない。アカシアの言動を思い返してみれば、納得のいくことばかりだった。抗議デモの前夜のあの不安そうな様子。未来を知っているかのような達観した言動。
どの場面を思い返してもホオズキの言葉が正しいと証明されてしまう。
「この状況を作れたのもすべて君のおかげです。本当に感謝しています」
「え?」
意味が分からなかった。アカシアが命を捨ててしまうような、この悲惨な状況を作った?
「この状況の発端は僕の部下である暗部が貧民街を襲ったことです。暗部を送った目的はただ一つ。貧民街の住民を焚きつけて何らかの反抗的な行動を大々的に起こさせることだったんですよ。そうすれば、偽りの聖女は住民たちを守るために否が応でも出てこなくてはいけなくなる」
A級暗部を打倒するに至ったスキルを使った時、アカシアは覚悟したような表情を浮かべていた。あれは、英雄の罠を受け入れたからこその覚悟だったのだ。
だが、どこでハームレスが関わってくるのかがわからない。
「ずっと偽りの聖女の居場所がわからなかった。わからない以上、今回のような派手行動を何度も起こすような余裕はさすがにありませんでしたから」
ハームレスはアカシアの居場所を英雄に告げ口した記憶はない。
なのにどうしてバレたのか。つけられて見られた? それなら、ハームレスのおかげなどというだろうか?
あるとしたら、あのタイミングだ。
「まさか、共感の英雄って……!」
「その通り、僕は人の心を読めるスキルを持っています」
あの時だ。初めてこの温室でホオズキと一対一で話した。最終的に次代の英雄になることを面倒くさいからという最低な理由で断った。
たしかに、あの時ハームレスはアカシアのことを思い出していた。聖女と呼ばれていたことも。そして貧民街にいるということも。
妙に心を読んでいるような感覚がした。あの時は市民の相談を受けていたからだとホオズキは言っていたがそうではなかった。実際に心を読んでいたのだ。
「そうか、全部俺のせいか」
だからホオズキと話した次の日にA級暗部は貧民街を襲ってきたのだ。すべてつながった。アカシアを追い込み、多くの人々が犠牲となったこの状況の原因はハームレスだったのだ。
絶望がハームレスを浸蝕していく。
「そうです! いいことを考えました」
「いいこと?」
「処刑のことですよ」
「処刑? 何をいってるんですか?」
「察しが悪いですね。人類の結束を固めるためのイベントとして盛大に公開処刑を行う予定なんです」
「はぁ……? どうして?」
「世間にとって偽りの聖女は魔王の放ったスパイも同然です。処刑は必ず必要なことですよ。我々人類にとって、ね。まさか反対だなんて言わないですよね?」
青く冷たい眼がハームレスを射抜く。
ここで反対しようものなら問答無用で人類の敵、魔王の配下としてハームレスも捕まって処刑されることは想像に難くなかった。
「いい、え」
ホオズキはハームレスが偽りの聖女を庇おうとしていることを知っている。なにせ心を読まれているのだ。なら、なぜこの場ですぐに断罪しないのか。ハームレスの心を徹底的に折ろうとしているのだ。
「安心しました。君がそう言ってくれるならいいことを思いつきました」
「いいこと……?」
「偽りの聖女の処刑を君の手でやってもらいたいんです」
いいことと言い出したホオズキの子供のような笑顔がとても恐ろしかった。
そのことが逆にハームレスの頭を冷やす。
「どうして僕なんですか?」
「君には一度断られていますがね。やっぱり君には英雄になってほしいんです。だから今回のイベントはちょうどいいんですよ。人類の敵を次代の英雄が打ち倒す。その時に勇者が第一層を旅立ったことも発表しましょう。まさしく神と世界と人類の夜明けにふさわしい盛大なイベントです!」
これが英雄ホオズキ・アルメリアのやり方。
小さな犠牲を意図的に引き起こし、この都市を守る。貧民街が犠牲となるように、わざと襲うような汚い真似も厭わない。偽りの聖女を犠牲にすることにより、魔王討伐の糧とする。
「そうです。それが私のやり方です。どうですか? 君にならできると思うのですが。まぁ、断ってもいいですよ? それならそれでやりようはありますから」
ただただ、恐ろしかった。
英雄の残酷無比な手段。自分の手を汚さずに人を操る手腕と他人の心を覗く力。
それにここで断ったらハームレスは今度こそすべてを失う。今まで積み上げてきた冒険者としての信用。穏やかな日常。そして自分の命すらも。
心の中で何かが砕け散る音がした。
「わかりました」
そう言うほか、ハームレスには生き残る手段がない。
ハームレスの心はホオズキにより完全に折られてしまった。
「よかったです。これで君はこの第五層の新たな英雄となれます。勇者と新たな英雄の誕生。まさしく新時代の幕開けです」
英雄は無邪気に笑った。
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