第20話 大罪人 偽りの聖女
英雄によって一度は倒されたはずのワーウルフが商店街に再びエンカウントする。
ただの魔物ではない。全身が炎に包まれている。
まるで太陽が地上に落ちてきたかのようだ。
「総員、戦闘準備! 敵は英雄様ですら、倒しきれなかった突然変異種だ! 英雄様が来られるまでなんとしてでも持ちこたえるぞ! 市民を守れ!」
ここにはハームレスを含めて、二十人以上の冒険者がいる。
以前はハームレス一人でこの魔物の足止めをしたのだ。いくら英雄が逃した規格外とはいえ、これだけの戦力なら問題ないだろう。
持ち前のクズ的発想で、ハームレスは後退する。自分ではなく他の冒険者に押し付けようということだ。
だが、それが功を奏した。
ワーウルフが雄たけびを上げたのだ。
誰もが足を止めて耳に手を当てる。まだ近い距離にいる市民たちの中には気絶する者もいた。
冒険者たちは音に対しては平気だった。だが、雄たけびと共に放たれたあふれ出る炎は別だった。
「うああああああ!」
炎に触れてしまった冒険者は苦痛で悲鳴を上げる。少し触れただけで、炎は全身に回る。あの浸蝕速度は異常だ。だが、異常はそれだけではなかった。炎に全身を焼かれた冒険者は跡形もなく消えたのだ。普通なら死体くらいは残るはずだ。それがない。装備品から骨に至るまで、灰すら残らなかった。
そして放たれた炎はワーウルフへと再び還っていく。
「こいつ! ポイントを吸い上げてる!」
今の一瞬ですでに二十人以上いた冒険者は半数にも満たない数になっていた。
しかも、生き残った冒険者が言うにはあの化け物の炎はポイントを喰っているらしい。冒険者はスキルや身体能力の強化にポイントを振り分けて使用している。その強さの源が直接奪われていた。
そんな恐るべき存在は今まで誰も見たことがなかった。
「魔王だ! 魔王が本気で侵攻してきたんだ!」
恐怖で生き残った冒険者たちも逃げ出す。だが地面から噴き出した炎によって生き残った冒険者たちすらも焼き尽くされる。
今の冒険者たちは灰となり果ててしまった。
「なんだ、これ?」
ハームレスはただ茫然と見ているしかなかった。
ついにこの化け物と目が遭ってしまった。
以前とは比べ物にならない程の脅威。
「あ」
巨大な炎爪が迫りくる。今のハームレスは避けることすらできなかった。あまりの現実に頭が真っ白になり、思考が現実に追いついていなかった。
ただ確信があった。あの炎に包まれたら、自分は存在事消えてしまう。
「ハームレス様!」
光が炎爪を弾いた。
その勢いでワーウルフは数歩後退する。
その光には見覚えがあった。
「アカシア、なのか?」
ハームレスを様付けで呼ぶのはアカシアだけだ。だが、あまりにも変わり果てた格好に唖然としてしまう。
目立つのは表が黒で裏が赤のマント。どこかの国旗のような刺繍が施されていた。そして肩、上腕、胸、両脛に美しい白銀の鎧を纏っている。
振り返ったアカシアの顔には教会が崇拝する聖母の仮面がつけられていた。
仮面がなければどこかの王女様のような格好だ。
この窮地に、呑気にもそんな感想が頭によぎった。
「逃げてください。奴の狙いは私です」
ワーウルフはアカシアを警戒するようにこちらを伺っていた。
明らかにアカシアを意識している。
「なんなんだよ、これ!」
「すいません。まさかこんな回りくどいことをしてくるとは思いませんでした」
「なんのことだよ!」
「今は説明している暇がありません。とにかく逃げてください!」
光と炎が交錯する。
もうすでに生き残った冒険者や市民は逃げ出して、その場にはいなかった。あの行進の中に紛れていたシドが生きているのかもわからない。
いるのはアカシアとハームレスとワーウルフだけ。
本来なら逃げるべきだ。だが、ハームレスはこの戦いから眼を離せずにいた。その眼はまるで英雄に憧れる少年のようだった。
常人では決してたどり着けない域の戦い。ただ息を飲んで見守ることしかできなかった。
「すごい……」
ワーウルフはただ単純に炎を放つだけではなかった。全身の炎を拡張して戦っている。爪の拡張は言うまでもなく、腕や足も自在に伸ばす。もはや間合いなど関係ない。四方八方からいつ攻撃されるか分かったものではない。
さらに足の炎を爆発させた勢いによる高速移動は、正直眼で追うのがやっとの速さだ。
ワーウルフは空中戦すら自在にこなしている。
とても自我と理性のない魔物の戦い方には見えなかった。
寸分たがわず、すべての攻撃をアカシアに向けている。
「強い……! でも死ぬわけにはいきませんっ。私の命の使いどころはすでに決まっているんです! 申し訳ありませんが、あなたの思惑通りには動けません!」
炎嵐のような激しい攻撃にアカシアは一歩も引かない。
むしろ押している。
あの恐るべき速度に食らいつき、炎を拳圧で薙ぎ払う。
傷を負ったところから自然に治癒していく。スキルを使用するにもポイントが必要だ。昨日も負傷者を治療するのに使っていたはず。一体これだけ莫大なポイントをどのようにして貯めたのか。どんな聖母のような行為をしたら稼げるのか。想像もつかなかった。
「これで終わりです」
ついにアカシアがワーウルフを追い詰めた。
ワーウルフに止めを刺そうとアカシアが白金の拳を天高く掲げる。
その時だった。
「氷獄乙女(アイスメイデン)」
氷の乙女が突如出現する。
氷の乙女から生えた氷の腕がワーウルフを拘束し、その体内へと収納してしまった。
どん! と氷の乙女の内部から外まで衝撃が発せられる。
「さすがに残りカスとはいえ、凄まじい力だ。ですが抑えきりましたよ」
声の方を見ると、そこには英雄ホオズキ・アルメリアいた。
今のでかなり消耗しているのか、口から血が垂れている。Sランク、最高位の魔物でさえ、傷一つつかずに倒してしまう英雄が傷を負っている。そのことがハームレスには衝撃的だった。
「やっと来たんですね」
まるで英雄を待ち望んでいたかのような発言。抗議デモを仕切っていたアカシア的には来てほしくない存在なのに、だ。
「ハームレス君、あなたのおかげで目的を達することができました。礼を言います」
「え?」
意味がわからなかった。
ハームレスは何もしていない、いやできなかった。この魔物を抑え込んだのはアカシアだ。
「アカシア・カクタスさん、で間違いありませんね?」
「はい」
アカシアは静かに答える。
よくわらかない。けど嫌な予感がする。間違いなく今ここでハームレスの知らない、だが間違いなく悪い出来事が進行している。
「冒険者以外で魔物を討伐するのは重罪です。あなたは何度も繰り返してきた。間違いありませんか?」
「はい」
「ちょっと待ってください! 魔物を討伐したのは仕方なくで! それに繰り返してたってどういうことですか?」
「ハームレス様! 黙っていてください」
初めてアカシアに敵意の視線を向けられて息を飲む。
「そして、あなたは貧民街の住民から聖女と呼ばれている存在。聖女は教会で認められた唯一無二の称号です。勝手に名乗るのは大罪にあたります」
たしかに貧民街の住民からは呼ばれていた。
だがアカシアは聖女と呼ばれるのは嫌っていたし、間違っても自称はしていない。
「偽りの聖女アカシア・カクタス。以上の罪を持ってあなたを拘束します」
アカシアはわかっていたかのように、何の抵抗もなく拘束を受け入れた。
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