第19話 この都市はやさしさに支配されている
抗議デモ当日。
場所は人が多く集まる商店街。抗議はより多くの人々の目に留まらなければ意味がない。
先頭に立つのはアカシア。その後ろには多くの貧民街の人々が後についてくる形で行進している。
昨日、最初に扇動していた男は、その後ろにいた。アカシアは貧民街で聖女と呼ばれており象徴的な存在だ。だからといって矢面に立たせるのはちがう。明らかに厄除けのための壁として使われている。
そうはわかっていてもハームレスは白いテントの上から見守ることしかできなかった。
「同じ人間に対して家畜以下の扱いをする協会を許すな!」
「貧民街を訳もなく襲い、多くの人々に危害を加えた協会は釈明をしろ!」
「私たちの生活の場を壊した償いを!」
「英雄を出せ!」
板に大きく抗議のメッセージが書かれており、商店街にいる多くの人々にアピールしている。
だが、抗議のデモに対する視線は冷ややかだ。
ここは商店街で生活をする上で必要なものを買いに来るために多くの人々が訪れる場所だ。生活の邪魔をされて、快く思う人間はいない。
「なぁ、あいつらの格好……」
「ええ。ポイント低所得者よ。怖いわね」
「絶対関わらない方がいい奴らじゃん」
「誰か冒険者協会に通報しろよ」
デモを邪魔してくる人間はいない。だが、歓迎する人間もいなかった。
このデモが成功しないような気はしていたが、改めてやさしさによりポイントを得られるという世界の仕組みが人々の意識下にどれだけ根強く刷り込まれているか。
今、改めて思い知らされた。
他人にやさしい行為をするとポイントが得られる。ポイントが多い人間はやさしいという理屈だ。逆にポイントが少ない人間は、やさしくないとも言える。信用が得られないのだ。ハームレスも同じ考え方だった。いや、今だってそうだろう。
デモ参加者は貧民街の住民だ。全員、やせ細り、服はボロボロだ。明らかにポイント低所得者ということがわかる。
そんな人々の集団の言うことを信用するほど、世間はやさしくなかった。
「だから、どれだけ不遇な扱いを受けても誰も抗議活動をしてこなかったのか。いや、してたんだろうけど、記録ごと消されてたんだろうな」
最初はデモ参加者の異様な雰囲気に気圧されていた人々もだんだんとストレスが溜まっていく。空気が悪くなってきた。非難の視線が強くなる。
危ない雰囲気がする。
一人が暴力に訴えれば、堰を切ったように大きな暴動へと発展するだろう。それは互いのためにならない。
冒険者としてどう動くべきか。今介入すべきなのか?
迷っていると商店街に騒ぎを聞きつけた冒険者たちがやってきた。
異様な数だった。二、三十程だろうか。しかも地上だけではない。商店街のテントの上にまでいる。ただの一般人の抗議デモを取り締まるだけなら、その半分もいらないだろう。あまりの人数に囲まれてデモ参加者たちは怯えていた。
冒険者側は明らかに威圧をしている。
「待て! 誰の許可を得てこんなことをしている!」
冒険者の一人が先頭に立っているアカシアに呼びかけた。
「私たちは訳も分からず、あなた方冒険者の一人に襲われました。しかし、冒険者協会からは何の説明もありませんでした。だから私たちは立ち上がったのです。私たち貧民街に住む者たちは、ただ静かに暮らしていただけなのです。納得のいく説明と補償を要求します!」
「貧民街?」「なにそれ?」「もしかして例の犯罪者たちの……」
商店街の人間の声を聞いている限り、貧民街について知っている人間は数少ない。冒険者たちも突然の要求に戸惑っており、商店街の人間と同様の反応だった。ハームレスもアカシアと知り合うまでは、何も知らなかった。貧民街はこの完全平和都市の恥部だ。知られないように意図的な工作がなされているのだろう。
そうするとこの状況は冒険者協会にとってまずい状況である。
ますますA級暗部が貧民街を襲った理由がわからない。貧民街の住民から何らかの反発があって目立つことは想像に難くなかったはずだ。
「証拠はあるのか?」
「私たち全員が証人です。それに貧民街の惨状を見ていただければ納得していただけると思います」
「信用できない。それに、だからといってこの場の市民へ迷惑をかけていいと理由にはならない。今すぐ解散しろ!」
貧民街側の事情など全く考慮していない高圧的な物言い。
傲慢な冒険者は少なくない。魔物から都市を守っている自負ゆえである。これが冒険者協会の現実だ。
そんな言葉に貧民街側が反発しないわけがない。罵倒が飛び交う。
「お前たちのせいでどれだけ苦しめられたと思う!」「ふざけるな!」
ただその罵倒は貧民街側を貶めるだけだ。普段から貧民街以外の市民から冒険者への信頼は厚い。普段から依頼を受けたり、魔物から人々を救っているからだ。
そんな冒険者に罵倒を繰り返したら、結果は見えている。
貧民街側が完全な悪役になる。
「待ってください!」
アカシアと冒険者たちはハームレスの登場に驚いていた。
自分でも驚いていた。
こんなことをしても何の得にもならない。
まずハームレスの協会での立場は悪くなるだろう。
だが少しの良心くらいはハームレスにもある。このまま何もせずに指を咥えてみていたら、暴動に発展するのは目に見えていた。
だったらできることはするべきだ。
それでだめだったら仕方がない。
「あなたは次期英雄の?」
「次期英雄かはわかりません。僕には分不相応な評価ですから。ですが英雄様からは期待のお言葉はいただいてます」
どよめきが起こる。
それだけこの都市で英雄の名は大きい。
「ハームレス様……」
アカシアだけが申し訳なさそうな顔をする。
「この者たちは市民とこの商店街の経営に多大な被害を与えています。しかし次期英雄様のお手を煩わせるほどの事態ではございません」
「たしかに迷惑はかけていますね。ですが、この方たちの主張を信用できないの一言で片づけていいものでしょうか? この人数が集まって訴えを起こすなどそれ相応のことがなければ起こりません。最低限、調べるくらいはしてもいいんじゃないでしょうか?」
これは応急処置だ。この場の暴動を抑えられるだけ。次期英雄の名を持ちだしても、できるのはこんなことだけ。
自分の偽善者ぶりに嫌気がさす。
「わかり、ました」
渋々ではあるが、従わせた。
これでハームレスの協会内の評判は悪くなったが、仕方がない。これくらいの被害は目を瞑ろう。
「貧民街の皆様もよろしいですか? 私も皆様と同じように被害に遭った身です。必ず、この件は真実を明らかにすることをお約束します」
昨日の戦いでハームレスのことを目撃した住民も少なくない。
貧民街の住民のために戦っていたハームレスのことをある程度は信用してくれている。
暴動に発展しようとしていた空気は収まりつつあった。
だが、アカシアの表情は変わらない。ずっと暗いままだ。
「ありがとうございます。ハームレス様」
「礼を言われるほどのことはしていませんよ」
「ですが、もう手遅れなのです。事態は動き出しました。すでに結末は決定されているのです」
アカシアの表情は暗い。
まるで絶望の未来が変えられないといった謎の諦観。
まだ何かがある。
「どういうことですか?」
突然、アカシアが空を見上げて焦り始めた。
「まさかあれが英雄の狙い? 市民や冒険者の方々まで巻き込むなんて……! 私の考えが甘かった。まだ私にはためらいがあったのですね」
空にはいつも通り神が作りし、疑似太陽が人々を照らしている。
そして、唐突に疑似太陽がぶれた。いや、最初から二つあったのが重なって一つだと勘違いしていただけだ。
あれはハームレスも見たことがある。
商店街であの規格外の化け物がエンカウントした時と同じだ。
「やばい! 来る!」
「皆さま、逃げてください! エンカウントです!」
疑似太陽だと思われていた赤い球体が急降下し、頭上まで来る。
マグマのような灼熱の球体は脈動し、その周りに肉体を形成した。
獰猛な牙と爪を備え、筋骨隆々の巨漢を丸のみにできるような大きな口を持った狼タイプの魔物、ワーウルフ。
普通の個体より二回りほどの巨体が生成された。
まだ避難すらしていない。多くの人々がいる中で、全く予兆のないエンカウント現象。しかもEX級。
破滅の予兆が、動き出した。
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