第17話 不穏な決起集会
「卑劣な協会の所業を許してはいけない!」
瓦礫を舞台にして一人の男が声高々に叫んでいる。
瓦礫の舞台の下にはたくさんの人だかりができていた。老若男女に関わらず、だれもが真剣な顔で男の話を頷きながら聞いている。
「この貧民街には様々な事情の者がいる。もと犯罪者に、ただ巻き込まれた者たち。わだかまりはあるだろう。互いに相容れないのもわかる。だが、今はそんなことを言っている場合ではなくなった! 我々は一致団結して協会の脅威から身を守られねばならない!」
永遠とありがたいご高説が続く。さっきと言っていることが変わらない。シドを見つけたら、さっさと戻ろう。
ピンクのくまさんパジャマだからすぐ見つかった。
「シド!」
「あ、ハームレス! よかった。あのおっちゃんの言ってること難しくてよくわからねんだ。教えてくれないか?」
まだ十歳にも満たないシドには難しい内容だったらしい。
この馬鹿げた話の内容を聞けば、シドも大人しく戻ってくれるだろう。
「要は抗議デモしようってことだろう」
「デモ?」
自分たちの要求を世間に知ってもらおうということだ。
公の場で協会に襲われたことを喧伝し、自分たちの境遇を改善しようということだ。
「我々に力はない。だから、多くの人々にこの真実を知ってもらう! 我々以外からも多くの声が上がれば、協会は無視できないはずだ! このまま黙ってわけもわからず、殺されるのを待つのか? 否! 我々が声を上げることで協会を変えられるはずだ! 我々の境遇が変わるきっかけにもなりうる!」
観衆がどよめく。
まだ戸惑っている声も聞こえてくる。
「おお! すげぇじゃん! けどハームレスはなんでそんな微妙な顔してんの?」
「たしかに、自分たちの境遇を変えるために動くことはいいことです。普通の人は声をあげようとしても実際に行動はできませんから。でも果たしてそれがうまくいくでしょうか?」
声を上げるだけで、変わるような簡単な問題なのだろうか?
抗議デモなんて考えたら、すぐ思いつく最初の行動だ。だが、今までそんなデモがあったことをハームレスは一度も知らない。協会の記録でもなかったはずだ。
嫌な予感がする。そんな予感を持つのはハームレスだけではないだろう。どよめく観衆の中には不安そうにしている者も少なくなかった。
「もしかしてビビッてんのか?」
「別に僕には関係ありませんから」
「え? ハームレスは一緒に来てくれないのか?」
「遠くで見守るくらいならします。僕は冒険者です。君たちの味方をするわけにはいきません」
「そういって、なんだかんだで協力してくれるんだよな?」
謎の信頼を寄せる笑顔をハームレスに向けてくる。
本当にやめてほしい。
その笑顔には抗いがたい魔力のようなものがあった。
だが、公の場で抗議をするのだろう。もし冒険者であるハームレスが協力していることがバレたら、まずいどころの話ではない。仮にも次期英雄候補筆頭で、最近は目立ち始めている。
「我らには聖女様もついている! この抗議は必ずや聞き入れられることだろう!」
瓦礫の舞台の上にアカシアが登場する。
デモは暴力は振るわないにしても決して穏やかな方法ではない。平和主義で、異常なお人好しのアカシアが賛成するわけがない。
アカシアは言っていた。自分は負の行動に対しては正の力で対処すると。
盗みをしていたシド達を逆に歓迎するために誕生日を祝うなんて発想をする異次元のお人好しだ。馬鹿といってもいい。
だからアカシアは反対する。そう思っていた。
「私はここで救われました。右も左もわからない私に親切にしてくださった方たちがいたからです」
さっきの男の時とは打って変わって静寂が場を支配する。
皆、A級暗部の一件でアカシアに救われている。現に傷だらけの体を一瞬のうちに治してしまったのだから。感謝どころか神聖視する人だっていた。
「だから恩返しをしたいとずっと思っていました」
アカシアが俯く。
苦しそうに胸へと手を当てた後、何かを決意したような硬い表情だ。少なくともサプライズパーティの準備をしたり、ハームレスの前で向けていた笑顔の面影が微塵もない。
あの常軌を逸したスキルを発動した時の顔とよく似ていた。
「私もこの活動に参加して、皆さまの力となりたいです! ですから、どうか皆様のお力も私にお貸しください。一緒にこの歪んだ現実を変えていきましょう!」
今度こそ、貧民街中の人々が歓声を上げた。
貧民街の人々にとってアカシアは奇跡を成し遂げた聖女だ。その聖女が言うのだ。皆、この抗議の成功を確信したに違いない。
「すげぇ、すげぇよ!」
シドもくまさんパジャマを着ながら小躍りして喜んでいる。
一方で、ハームレスはこの光景にうすら寒い何かを感じていた。
そして何より信じられなかった。
あのアカシアが人々を扇動するようなことを言ったことが、だ。
抗議をする以上傷つく人は少なからず出てくるだろう。アカシアはそれを良しとするような人間ではないはずだ。
何かを見落としている。そんな焦燥にも似た何かを感じていた。
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