第16話 聖女のキセキ

「あれ……ここは?」


シドが目を覚ましたのは、廃墟の一室だった。いつも寝床にしている場所ではない。そう分かった瞬間、体が勝手に跳ね起きる。壁に背をつけて警戒態勢に入る。

貧民街では互いに助け合うのが常識だ。その一方どうしようもない奴らもいる。かつてのシド達のように。そんな街で生きてきたシドの体が見知らぬ場所とわかった途端、勝手に反応してしまったのだ。


「元気そうでよかったです」


シドが寝ていたベッドの傍でハームレスは椅子に座っていた。

眠そうに欠伸をしている。


「なんでお前がいるんだよ?」

「ひどい怪我してたから運んであげたんですよ。感謝してくださいね」


 忘れていたが、すでに今回の騒動で相当数のポイントが稼げた。金と経験値、その両方だ。ポイントは感謝の表れだ。そこに人の貴賤はない。貧民街だろうが、都市の市民だろうが関係ない。普段なら小躍りして喜んでいたが、今のハームレスは憂鬱そうな表情をしていた。


「そのしゃべり方、きもっ」

「そういえば、あなたには初めて見せましたね。けど、元気そうでよかったです」

「なんか、お前は元気なさそうだな」

「全身包帯のあなたに言われたくはないですね。寒くないんですか?」


シドは自分の体を確認した。

その全身が包帯で巻かれているだけで、下着すらつけていない状態だった。


「なっ」


 シドの顔が見る見るうちに赤くなっていく。


「その分だと全身の火傷も治ってそうだな」


 呑気に話しているハームレスの顔面にシドのきれいな蹴りがクリーンヒットした。


「見るな! 馬鹿」


 顔面を蹴られたハームレスは平然としているが、蹴ったシドが「いってぇぇぇ」と痛がっていた。


「冒険者を蹴るからですよ」


 シドは再び布団に包まる。そして、真っ赤な顔をしてハームレスを睨みつけた。


「出てけ……」

「はい?」

「出てけって言ってんだろ! この変態!」


ハームレスはそこでやっと事態を把握した。

外に出たくはなかったが、とりあえず扉の外で待つことにする。


「減るもんじゃあるまいし……」


 背にしていた扉にドン! と衝撃が走る。


「聞こえてるぞ!」


 室内からの生意気な声と外で行われている「今こそ、行動すべきだ!」という演説にうんざりしながらため息をつく。


「入っていいぞ」


 とりあえずは助かった。他の住民に見られたら、厄介なところだった。

 部屋に入るとかわいらしいピンクのパジャマを着ていた。そして、そのくまさんの模様はどこか見覚えがある。組織の女が着ていたものだ。


「随分かわいいの着てるな」

「これしかなかったんだよ! そんなことはどうでもいい!」


 シドの表情が緊張で強張る。ゆっくりと深呼吸をして、意を決したように尋ねる。


「あのやばい冒険者はお前が倒したんだよな?」

「僕が倒したかは怪しいところですが、一応」


 あの時、アカシアのサポートスキルがなかったら、間違いなく死んでいたのはハームレスたちだ。


「仲間たちはどうなった?」


なるほど、あの大けがだ。生きている方がおかしいほどだった。

こんなに泣きそうで不安そうなシドは初めてだった。


「大丈夫ですよ。全員アカシアが治しました。むしろ君が仲間を庇ったのか知りませんが重症でしたよ」


 大きな安堵のため息をする。心底安心したようだ。


「一体、何があったんだ? 俺が覚えてるのはあの冒険者が襲ってきてやられたのと、お前に仲間のことを助けて欲しいって頼んでいたことだけなんだが」


あの時はA級暗部に操られていたから記憶が曖昧なのだろう。

いい機会だ。

ハームレス自身、混乱していたから状況を整理するためにもシドに今までの出来事を話しておこう。

 

「なるほどな。あのいけ好かない冒険者のスキルで操られていたわけだ……」

「アカシアって何者なんだ?」


本人は記憶喪失だと言っている。

だが、それで流していい問題ではなくなった。

あれは常軌を逸していた。今回のA級暗部の襲撃で重傷を負っていた人たちの傷をほとんど一人で治してしまったのだ。

それにA級暗部は偽りの聖女とも呼んでいた。

まだ出てこないはずだ、とも。アカシアは今回の貧民街襲撃に関わっている。


「わからない。いつのまにかこの貧民街にいて、みんなのことを治療してたみたいだ。俺は嫌がってたんだけど、無理矢理治療されたな。他にも組織からの配給を配る手伝いもしてたみたいだ。そんなことを繰り返していたら、いつのまにかあいつはここの住民から聖女様って呼ばれるようになってたんだ。なんか、変な信者っぽい奴らもいるし」

「信者?」

「お前も話しただろ? ミシリとヤクの二人もその信者の一人だぜ」


なるほど。普通なら盗みを働いた子供の誕生日を祝うなんて誰も協力しない。ハームレスは脅されていたと勘違いしていたから協力したが。

よほどアカシアに信頼や恩がなければ、そんなことはしない。


「調べないと、取り返しのつかないことになりますね」

「あのさ、気になってたんだけど。外、騒がしくないか?」

「ああ。今外で決起集会? みたいなことをしてるみたいですよ。僕は部外者だからこうして席を外しているわけですが」

「決起集会? なにそれ?」

「冒険者が貧民街をわけもなく襲ったわけですからね。そのまま黙ってなんかいられないでしょう。だから、貧民街の住民が集まって抗議のデモでもするんじゃないですかね?」


 その話を聞いた瞬間、シドは目を輝かせて立ち上がった。

 

「なんだよ、それ! 俺もやってやるぜ!」

「え? ちょっと君けが人……」


ハームレスの話も聞かずに出て行ってしまった。


「無駄に元気だな。ていうか、あのかわいいくまさんパジャマをお披露目しに行って大丈夫だったのか?」


一応アカシアにはシドの様子を見ていてもらうよう頼まれたのだ。常軌を逸した異常なスキルとはいえ、命は救われたのだ。その借りは返さないといけない。

気は進まないが、立ち上がる。

そして、ハームレスはシドの後を追って決起集会の場へと向かっていったのだった。 


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