第15話 偽善者ごっこ
「これからがショーの始まりだ」
一体何の能力か見当もつかなかった。黒い光に取りつかれたように怪我をして倒れていた貧民街の住民たちがA級暗部に集まっているのだ。
「あれは人を操る力。意識のない人や弱ってる人を操って盾にする。あの外道にお似合いの卑劣な力よ」
「え? そ、そうだな」
他人を自由に操れるなんて少しうらやましいと思ったのは内緒にしよう。だって仕事とかでそんな力あったら、すごい効率的だろうし。
「弱者を盾にして、自分は後ろからハンドガンで弱者もろとも攻撃する。卑劣な戦法よ! しかもあの黒い光はまだまだ周囲に広がってる。早く止めないとまだまだ犠牲者は増えるわ」
厄介な力だ。
それにスキルとはやさしさから生まれるものだ。どうやったら人を操るなんて力がやさしさから生まれるのか。見当もつかない。
「さぁ、お前ら。突撃だ!」
怪我で満身創痍の住民たちが、向かってくる。倒すこと自体は簡単だ。だが、手を出せない。歩くことさえ、A級暗部のスキルで無理矢理させられている。そこに手を出してしまったら倒すどころか殺してしまう。
ハームレスが並みの冒険者なら、立ち止まっていただろう。
「そんなのろまじゃ、俺は捕まえられねぇよ!」
魔物の動きを避け続けて敵を釘付けにする。それが回避型タンクの仕事だ。いつも相手にしている魔物に比べれば、死にかけの一般人を避けてA級暗部のもとへたどり着くなど簡単だ。
迷わず正面突破。最短距離で突っ込む。相手もまた満身創痍だ。あと一撃さえ入れることができれば勝てる。
だが、そう現実は甘くなかった。
A級暗部は操っている住民ごと、ハームレスを撃った。
「くっ」
住民たちは悲鳴を上げて、倒れていく。また乱射された銃弾を受けざるを得なかった。ハームレスは住民たちを守るためにA級暗部に近づけない。
「卑怯です!」
「ありがとう!」
「褒めてねぇ!」
思わず素が出る。
ハームレスと奇襲のために機を伺っていた組織の女は住民を凶弾から守るので精いっぱいだった。
「おい、その鎖で操られてる奴らの動きを止められねぇのかよ?」
「無理。鎖はそんなにたくさんない。それに状況はもっとまずくなるみたい」
手錠も二つで品切れだ。それに全員重症者だ。乱暴に動きを止めたら、それだけで衰弱死しかねない。
「まだまだいるぞ! そぉれ、追加だ!」
黒い光は貧民街全体に広がっていた。
他の場所からも操られた住民たちがやってくる。これ以上は守れない。それに、見知った顔まで来てしまった。
「シド!」
シドとその仲間たちだ。
この間、やっとこの貧民街に受け入れてもらえると知った少女。頑張ってやっているとアカシアは言っていた。今日もハームレスに遭うのを楽しみにしていたとも。
「おや? おやおやおや。知り合いだったりするの、この子?」
面白いおもちゃを見つけたかのような。吐き気を催す邪悪な笑み。
「……そんなガキ、知らねぇ」
「なら聞いてみよう。なぁ嬢ちゃん」
A級暗部がシドの肩を揺する。
焦点の合ってなかった目に少し正気が戻る。
「お前、来たのか……」
「ガキが。さっさと逃げねぇからだ。馬鹿野郎」
「俺のことはいい! 盾にでも何でもしてくれ。今まで盗みなんかやって貧民街の皆を陥れてきた罰だ。だけど仲間たちは違うっ。俺の指示でやってただけなんだ。だから、俺の命を使って仲間たちを助けてくれ!」
シドも他の貧民街の住民たち同様ボロボロだった。
全身いたるところに火傷をし、手と足は傷だらけだ。その手には木の棒が握られていた。
「泣けるぜ。不良の嬢ちゃんが仲間のために命を懸ける。感動的だ!」
「黙れっ」
シドが木の棒をよろよろとした動きで振るう。避けるのは容易い。だが、その間にもA級暗部はハンドガンで狙いを定めてくる。
組織の女もアカシアを守りつつ、住民を殺さずに立ち回るので精いっぱいだった。
「なぁ、その偽善者ごっこいつまで続けるつもりなんだ?」
「偽善者ごっこだと?」
「お前は自分さえよければいい。俺のような外道と同じタイプの人間だ。ただ外面のためにお人好しを演じている。それがごっこ遊びじゃなくてなんなんだよ? なぁ、もういいだろ? 形成は逆転した。今からでもいいんだ。俺たちにつけ。協会側についたほうがいいなんて馬鹿でもわかるだろ? 今なら、敵対したことはチャラにしてやるからよ、どうだ?」
そうだ。もともと、A級暗部が一人だけという状況で、倒しきれると判断したから口封じをしようと考えた。
だが今ではどうだ。
A級暗部が圧倒的な力を見せている。しかもここの住民全員が人質みたいなものだ。
だったらA級暗部の言う通り、協会側につくほうが正しい選択だ。
「ああ、そうだな」
「ハームレス様?」
「ハム?」
アカシアと組織の女が、ハームレスの言葉に驚いていた。
何を驚く必要があるのだろうか。もとからハームレスはクズである。
ちょっと交流して、情が湧いただけだ。
だから、シドとアカシアのことなど見捨ててしまえばいい。
「なのに。どうして、俺はこんなに必死になって守ってんだよ! くそ、クソ糞糞糞!」
A級暗部の銃弾を小太刀で弾く。住民たちを、シドと子供たちをひたすらにかばい続けた。自分でもなぜそんなことをするかがわからない。
「おいおいおい! 何してんだ? お前は俺と同じだ。人を欺いて、操って。裏で利益を貪るこの都市の寄生虫だろ? なんで英雄ごっこしてんの? ふざけんなよ、俺が見たいのはそんな偽善者ぶった行動じゃねぇんだよ!」
全くもってその通りだ。
すでに貧民街の相当数が銃弾やもともとの怪我で倒れていく。おそらく、もう息はないだろう。
真の英雄だったら、全員守りきる。敵は虫の息だ。銃弾を恐れず、自分の身を呈して突っ込めば、この場を切り抜けるだろう。だが、ハームレスには何もない。力もなく、自分の身を捨ててまで守ろうという覚悟もない。
「わかってるさ。所詮ごっこ遊び。俺は英雄になんかなれない」
ただのクズだ。いやクズにさえなり切れない半端者だ。
自分が、どうしようもなく嫌いだった。
そんなハームレスの傍に暖かな光が寄り添う。
「大丈夫です。あなたは悪くありません。それに偽善者なんかじゃない」
いつのまにかアカシアがハームレスの傍まで来ていた。
「なんでここにいるんだよ! さっさと隅っこにでも蹲ってろ! 邪魔だ!」
もはや、言葉を取り繕う余裕などなかった。威圧する。しかし、アカシアは聖母のような穏やかな笑みを絶やさなかった。
「この場の人々にとって間違いなくあなたは英雄です。それに一人で無理なら、私があなたを英雄にします。私も覚悟を決めました」
わけがわからない。頭が狂ってるとしか思えない。
この状況で正気を失ってしまったのか。
だが、ちがうようだ。
アカシアの顔はどこか悲壮感が漂っている。まるで神にその身を捧げる聖女のような、覚悟を決めた表情だった。
「受け取ってください。あなたに神のご加護があらんことを」
アカシアを中心に神々しい光が周囲に満ちる。
さっきのA級暗部が放った邪悪な黒光とは対を成していた。
「まさか、お前が偽りの聖女!」
A級暗部が驚愕で顔を歪める。
「なんだ、この光は?」
「わかるはずです。今のあなたはこの世界の誰よりも速い。皆さんの治療は私がします。だから悪者をやっつけちゃってください」
わけがわからない。だが、力が沸き上がる。レベルアップじゃない。まるで進化だ。今なら光よりも早く動けそうだ。
そして光は拡散する。人々を覆ってた黒い光を聖なる光が浄化する。糸が切れた操り人形のようにその場で倒れていく。それだけではない。みるみると全身の傷が癒されていく。さっきまでのように、一人ずつではない。ハームレスや組織の女を含む全員の傷が、だ。
もはや普通のスキルの域を超えていた。
「なんなんだ、その力は!」
二丁のハンドガンに指をかける。狙いはハームレスではなく、シド。庇わざるを得ないと高を括っての行動だ。
だが遅い。
「はぇ?」
引き金を引くより早く接近し、ハンドガンを小太刀で斬り割いた。
「終わりだ、同類の糞野郎」
尻餅をつき、恐怖で表情を歪ませている。その顔に小太刀を突きつけた。
「嫌だ。話が違う。好き勝手暴れるだけの簡単な仕事のはずなのに。なんでもう偽りの聖女が出てくるんだよ! 隠れてたんじゃなかったのかよ!」
「何の話だ? お前一体何が目的だ?」
「そんなの知らねぇ! なぁ、人殺しなんて英雄様には似合わねぇよ。だいたい人道に反することだ。やっちゃいけねぇよ。なぁ?」
今までの自分の行動を棚に上げて、人道を解く。
はらわたが煮えくり返りそうだ。
「そんなこと聞いてねぇよ」
「知らない、知らないんだ。俺は英雄様に指示されただけなんだ。殺しまくれって。それだけなんだよ! 知らない知らない知らない知らない。俺は悪くねぇ!」
「何が悪くねぇだ! ふざけんな! ここまでのことをして! 今からやり直そうって頑張ってたシドを操っておいて、何言ってんだ、お前!」
生かしておいてはいけない。
小太刀を握る手に力を入れた。
「ダメ。それは私の仕事」
「え?」
間抜けた声と共に、A級暗部の胸と頭にナイフが生えた。
きれいに心臓に刺さっており、絶命する。あっけない最後だった。
「お前!」
「なんてことを!」
組織の女の行動にアカシアとハームレスは非難の声を向けた。
「この男は殺さなければ、禍根となる。でもその禍根を断つのはハムの仕事じゃない。私のような汚れた人間がやる仕事。でもこれで禍根を立てたとは思えないけど……」
まるで横から獲物を搔っ攫われたようでつい怒ってしまった。だが、A級暗部の死に顔を見たら毒気が抜かれた。
顔は青白く、地獄の窯でゆでられているかのような苦しみの表情を浮かべている。
死体は見たことがある。魔物と戦って死ぬ仲間も珍しくはない。
だが人同士は初めてだ。しかもその戦いに自分が関わっていた。そう思うと恐ろしくなってくる。
ここは偽りとはいえ完全平和都市だ。
こんな人同士で殺しあうなど本来ならありえない。いかに自分がその偽りに守られていたのかがよくわかる。しかも考えようによっては、その偽りの平和を壊す手伝いをしてしまったのではないか。
自分はとんでもないことをしてしまったのではないか。
今更そんな恐怖がハームレスを襲う。
「俺はやってはいけないことをしてしまったのか?」
「大丈夫です。ハームレス様は間違っていません」
「アカシア……」
ハームレスの手を握ってくれるアカシアの手がとても暖かかった。
「いつも貧民街の支援をしてくれている組織の方には感謝しています。ですが人の命を奪うのは看過できません。人の命を奪うなどあってはならないことです!」
強い非難の目が組織の女に注がれる。
「否定はしない。だけど綺麗ごとだけじゃ、この間違った世界では生きられない。あなたたち貧民街を援助している組織は、こうやってあがいてきた。その恩恵でここのような貧民街は保たれている。それを忘れないで」
アカシアは何も言わない。言えない。どちらが正しいとかの話ではない。これはどうしようもない話だ。それはともかくとしてこの空気にハームレスは耐えきれなかった。
「今はそんなことを話してる場合じゃないだろ。まずは倒れている人たちをなんとかしよう」
ここで話していても今の話題に決着はつかない。
今は話すよりも手を動かす時だ。
「そうですね」
「ごめんなさい。私も手伝うわ」
三人はA級暗部によって傷つけられた人々を助けるべく動き出した。
三者三様の心の傷を秘めながら。
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