第14話 ショーの始まり

煤塗れで、ボロを纏った少女とプレートアーマーを纏った少年冒険者。不釣り合いな二人が並んで歩いている。本来なら目立ち人の注目を集めているはずだが、ここは貧民街へと続く道である。人通り自体が皆無だった。


「いやぁ、我ながら英断だった。あそこで断らなかったら、きっとストレスで死ぬ! 間違いない。ちょっと惜しかったのが、英雄になって酒池肉林できなかったことかな」

「またそんなことを言って……はぁ」


金髪碧眼の美少女、しかも仇に恩を返すようなお人好しのアカシアがゴミムシでも見るかのような絶対零度の視線を向けている。ハームレスはそんな視線も気持ちいいとばかりに平然と受け止めている。


「いやぁ、そんな目で見つめるなよ。照れるじゃないか」

「褒めてません。それにしても、よく断れましたね? 私なら怖くてつい頷いちゃうかもしれません」


 裏で犯罪者とつながっているこの都市の一番偉い英雄様の誘いを最低な返事で断ったのだ。腕の一本取られても不思議ではない。


「うん。実はあの面倒くさいから嫌って言葉も反射的に出ちゃったんだよね。だから後からやばいと思って焦ってたわ」

「大丈夫だったんですか、それ……?」

「我ながらそう思うよ。けどなんか『今日は君と話すことで十分成果は得られたから。それ以上は望まないよ』なんて意味深なこと言ってたな」


ただハームレスの質問に答えていたホオズキに何の成果があったのかはわからないが、無事あの場面を切り抜けられただけで良しとしよう。


「まったくもう……。本性がバレた相手に対して、そうオープンになるのはハームレス様の悪い癖ですよ。気を付けてください」

「それを言われると言い返せないな」


アカシアにバレたのも調子に乗って本性を晒していたからだし。

今だって人目がないとはいえ、どこに耳があるかなんてわかったもんじゃない。


「そうですね。気を付けることにします」

「あ、口調戻しちゃったんですね……」


気をつけろと言われたから、直したのになぜか残念そうにしている。

やはり女の感情はよくわからない。


「気を付けるのはいいんですが、私の前では素でいてもらいたいな、なんて……」

「なんで?」

「いえっ! 理由は特にありません! それより、今日は来てくださりありがとうございます! シドちゃんもきっと喜んでくれます!」


 強引に話題を変えられた気がする。何に慌てているか知らないが、ややこしそうだから話題を流すことにした。

 

「暇だからついてきただけです。だいたいあの子は僕にさんざん悪態をついていましたから。喜ぶとは思えませんね」


生意気なガキどもの相手をしないといけないと思うとげんなりする。だが、あれから盗みをせずにどうしているのか。少し気になるところでもあった。


「そんなことないですよ。シドちゃん、ハームレス様が来るのすっごく楽しみにしていたんですから。鼻歌まで歌っていましたし」


あのクソ生意気なガキが鼻歌とか想像もつかない。

そんな他愛のない話をしていると、貧民街の方から煙が見えた。

いつもは静かな貧民街がざわついている。


「何か様子が変じゃありませんか? また花火でもあげてるんですか?」

「いえ、私にもわかりません。少し急ぎましょう」


アカシアも不穏な気配を感じたようだ。

二人は貧民街へ向けて走り出した。先日、跡をつけられた時から思っていたが、アカシアの動きが速すぎる。

アカシアが蹴った地面はえぐれ、その振動で建物自体が揺れる。しかも走っているのは道ではない。建物の屋根を伝って最短距離で煙が上がっているところまで駆け抜けていく。

その速さはハームレスさえ置き去りにしていくほどだ。

記憶喪失前は一体何をしていたのか。いずれははっきりさせないと致命的なことになりそうだ。

そんなことを考えていると、ハームレスも貧民街へとたどり着く。

そして地獄は始まった。


※※※※


 

あちこちの建物が崩壊し、そこら中に血の跡がある。

何人もの貧民街の住民が血まみれで倒れていた。

まさしく地獄と言って差し支えない様相だ。

すでにたどり着いていたアカシアは、倒れている人たちの治療をしていた。

アカシアの手は光っており、通常の応急手当とはちがう。


「治癒のスキルまで持ってるのか」


 人間のやさしさはスキルという形となって具現化する。医療従事者ならば持っていてもおかしくないスキルである。だが、アカシアは明らかに医療関係の人間ではない。謎が深まるばかりである。


「ハームレス様! どうかお気を付けを。戦闘音がこちらに向かってきます」


激しくぶつかり合う金属音。どうやら誰かが戦っているようだ。

現れたのは二つの影。

先日、ハームレスを勧誘してきた二人だった。


「協会と抗争してる組織の変な女とA級暗部……」


組織の女は相変わらず、全身黒ずくめのひったくり犯セットを身に纏っている。今日はくまさんパジャマではないようだ。対してA級暗部は前回の普通の格好とはちがい、全身鎧で戦闘準備万端の装備だ。

あの重い鎧を着て、組織の女と変わらない身のこなし。さすがはA級といったところか。


「ハームレス、私に協力しなさい。この男が貧民街をこんな有様にした張本人よ」

「本当、なんですか?」


A級暗部に尋ねる。

もし本当なら厄介だ。それにここはこの都市が完全平和を演出するための重要な場所だ。襲う理由がわからない。


「本当なんだな、これが。あ、英雄様直々の依頼だから。冒険者なら、当然俺につくよな」


難しい判断だった。

気持ちとしては組織の女につきたい。今回、非があるのは確実にA級暗部の方だ。だが、それが英雄の依頼となれば話は別だ。

協会に所属している以上、英雄を裏切ることはできない。裏切ったと知られれば、もう協会で働くことはできないだろう。それどころか家族もろとも捕まるだろう。そうすれば晴れてこの貧民街のメンバーの仲間入りとなる。最悪殺されるかもしれない。


「どうして英雄様がこの場所を襲うよう指示されたんですか? ここはこの都市にとって重要な場所です!」

「知るかよ。一介の駒に過ぎない俺にそんな話は降りてこねぇよ。冒険者として依頼された仕事をただこなすだけだ」


迷う必要はない。

なのにどうしてハームレスは動けないでいるのだろうか。

自分の利益のためなら、A級暗部につけばいい。


「俺はどうすればいい……」


ハームレスの性質として、誰にでもいい人面をしたいという八方美人属性がある。

自分の本性を隠していい人面をしているのだ。今更確認するまでもない事項である。

冒険者にもアカシアやシドなど貧民街の人間にも嫌われたくないという欲望。だから今、迷っている。

こうしている間にも、二人は激しい戦闘を繰り広げる。

組織の女がA級暗部の放つ銃弾をある程度、ナイフで斬って防いでいる。だがすべては無理だ。

貧民街の被害は拡大し、取り返しのつかないことになっていく。


「あの、冒険者側から応援はいないんですか? この惨状はあなた一人のものですか?」

「そうだ。俺だけだよ。いつでも人手不足は深刻なんだ! おおっと、あぶね」


 飛んできたナイフをA級暗部は危なげなく躱した。

 一人で一つの街を崩壊させる。A級の戦力は末恐ろしいものだ。

そして、その答えを聞いて、ハームレスの行動は決まった。

戦闘中の二人の間に入っていく。その無謀な行為に二人は一度戦闘を中断し、距離を開けた。今二人とも迂闊にハームレスには手を出せない。ハームレスの判断次第で敵にも味方にもなりえるからだ。


「ハム、危ないわ。何をしているの?」

「決めました。どちらにつくか」


 ハームレスは組織の女を背にして、ゆっくりとA級暗部へと歩いていく。


「当然の結果だ。冒険者ならどっちにつけばいいかなんて考えるまでもねぇよな。歓迎するぜ。ハームレス」


A級暗部は暗い笑みを浮かべる。

 

「その選択は間違ってる。あなたには似合わない! 絶対に後悔するわ!」


必死にハームレスの背中に呼びかけるが、その声はハームレスに響かない。

迷いなく、ハームレスは小太刀を抜き放ち、まるで声をかけるかのごとく自然な動作でA級暗部に斬りかかった。A級暗部は二丁のハンドガンでなんとか受け止める。奇襲したにもかかわらず、さすがの反応だ。


「おい! どういうつもりだ? 頭にウジでも沸いてんのか?」

「いいえ、合理的な判断の結果ですよ」


この場の戦力差を考えれば当たり前のことだ。冒険者協会側は一人だけ。だが貧民街側は組織の女とアカシアがいる。

アカシアの戦闘能力は未知数だが、以前ハームレスを追跡していたことから身体能力は冒険者並みといっていいだろう。


「ちっ、離れろよ!」

「その嫌そうな顔、最高です」


 戦いの基本は相手の嫌がることをすることである。なら、相手の嫌なことをどうやって見極めるか。それは相手の見た目で判断することである。

経験値を得て、レベルが上がると各種ステータスを強化できるポイントが得られる。そのポイントで強化できる基本的な項目は四つ。持久力・筋力・耐久力・俊敏だ。その項目は体の各部位に振り分けられる。大雑把に言えば、腕や足などである。


どこを強化しているかはある程度見た目と戦闘スタイルでわかる。


全身鎧に高火力を有する二丁のハンドガン。ハンドガンはかなりの反動があり、鎧は重い。よって腕や足の筋力にポイントを振っている可能性が高い。そしてハンドガンを継続して放つには持久力も必要だ。

つまり中距離戦を得意とした筋力・持久力に振った特化型。

なら接近戦で翻弄するのが一番このA級暗部には有効な戦い方となる。


「悪趣味だなっ! だけどちょっと気持ちわかるわ。相手の嫌がる顔ってそそるよな!」


 悪趣味な者同士、気が合うようだ。普通に敵対関係になければ、仲良くなりそうな雰囲気だ。A級暗部のそんな隙を組織の女は見逃さなかった。

鎖付きのナイフが背中を襲う。ピンポイントに鎧の隙間へと見事に刺さり、苦痛の声をもらす。

さすがはA級暗部。痛みに呻きながらも素早くナイフを引き抜いた。だが、それは致命的な隙だ。

一気に決められる。小太刀を叩きこもうと渾身の一撃を放とうとした。それがいけなかった。


「油断したなぁ、ハムちゃん!」


 痛みで動きを止めたのは演技だったようだ。

止めのつもりで大降りに振りかぶったせいで、逆にハームレスの腹部ががら空きとなる。その腹を思いっきり蹴られた。腹に鎧をつけているから衝撃波ある程度、ダメージは抑えられた。だが、距離が離れてしまった。この距離は敵の間合いだ。

有利な状況がひっくり返された。


「ハム! 大丈夫?」


 組織の女がハームレスに心配そうな声で寄り添ってきた。


「大丈夫ですよ、この程度」

「よかった……。でも、どうして私の味方をしてくれたの?」

「それは俺も聞きてぇなぁ。なぜだ? お前は自分の欲望を優先するタイプの人種だ。それがなぜ協会じゃなくて貧民街についた。それがわからねぇ」


 ナイフで刺されて、息が荒い。ダメージはかなり大きいようだ。


「簡単なことですよ」


ハームレスはゆっくりと立ち上がる。

通じるかわからないが、A級暗部には見えない位置でハンドサインをする。さっきは鎖付きでじゃらじゃら音がするようなナイフで見事に奇襲を成功させた。暗殺者らしく奇襲が得意なのだろう。

組織の女がうなずく。

今は会話で相手の意識を逸らさせて、組織の女には奇襲の準備をさせる。

唯一の勝機はそれしかないだろう。


「まずは単純に戦力差があること。そして二つ目に人目があなただけであるということです」

「戦力差はまだわからなくもねぇ。だが人目、だと?」

「僕はね、八方美人なんです。人に嫌われたくない。だから、あなたを殺すか口封じして僕が貧民街側についたことを隠蔽します」

「は?」

「だったら貧民街の皆さんに恩も売れますし、協会側に漏れることもありません。いやぁよかったです。他に冒険者がいたら厄介でしたよ。ね? 簡単なことでしょう?」


 ハームレスは言葉の内容とは裏腹に、さわやかな笑みを浮かべていた。

どこまでも自己都合の塊。他人のことなんて一切考えてはいない。A級暗部やけがを負っている貧民街の人々でさえ「うわぁ」と顔をしかめて引いていた。


「ハム……」

「ハームレス様……」


 アカシアと組織の女だけは、ハームレスのことを哀れみにも似た悲しそうな表情を向けていた。この二人の感情だけはハームレスにもよくわからない。


「なるほど、だがその狙いをペラペラ喋ったのは失敗だったな」

「すでに虫の息のあなたが何を言ってるんですか?」


 背中からは大量の出血。鎧の隙間からも血が漏れているほどだ。もうまともに動くことはできないだろう。

 

「俺が一人でこの街をここまで追い詰められた理由を教えてやるよ!」


A級暗部から黒い光が地面を伝って漏れ出してくる。

全方位に、イナゴの群れのごとき勢いで浸蝕していく。

                                                                 

「まさか連発できるなんて! みんな逃げて!」


組織の女がナイフを投擲するが、あっさりと弾かれる。

 

「なんだかわからないけど、まずい!」


 黒い光を斬るが、何も起こらない。ハームレスが触れても異常はない。

直接的な攻撃ではないようだ。

意味がわからない。


「きゃああああああ」


背後から悲鳴があがる。アカシアのものだ。


「アカシア!」


そこには信じられない光景が広がっていた。

治療していたはずの住民に噛み付かれていたのだ。

すぐに住民を引きはがす。


「乱暴に扱ったらだめです! 死んじゃいます!」


 仕方なく、手錠で両手両足を縛って拘束する。それでも「うーうー」うなって暴れている。どうやら正気なのは三人だけのようだ。

 ハームレスと組織の女がアカシアを守るように立ちはだかる。


「どうなっているんですか?」


アカシアは恐怖で顔を引きつらせている。

アカシアに噛み付いていた一人だけではない。血まみれで今にも虫の息だったはずの住民たちが黒い光に浸食されて立ち上がる。足取りはふらついている。だが、自分のけがなどお構いなしに歩いて、A級暗部の周りに集結した。


「これからがショーの始まりだ」


 重体の住民に囲まれながら、A級暗部は醜悪な笑みを浮かべていた。


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