第13話 面倒くさいから嫌です
アカシアが言っていた苦難。なんのことかわからなかったが、次の日にさっそく思い知らされた。考えてみれば、当たり前のことなのになぜそのことに気が行っていなかったのか。悔やまれるばかりだ。
今いるのは冒険者協会の一角。受付のある場所だ。
ハームレスは完全平和都市唯一のS級冒険者、英雄ホオズキ・アルメリアの後について歩いていた。
相変わらず、男なのに美人だ。流れる水のように美しく青い髪。横顔はどこかの絵画から飛び出してきたような美しさである。
「よかったですよ。君とは一度話しておきたかったんです」
アカシア関連がようやく落ち着いたかと思ったら、再び厄ネタが来てしまった。
次代の英雄になるだろう、なんて勝手に市民たちに紹介されたがハームレスにとっては寝耳に水である。「英雄? なにそれおいしいの?」くらい無関心であった。実際、個人的な繋がりはない。それなのに、なぜかこの間のEX級の魔物を足止めしただけで滅茶苦茶気に入られて後継者的な立ち位置に指名された。
本当に意味不明である。
さらにやばいことがある。ハームレスが暗部入りを断ったことである。
暗部は犯罪者と手を組んでいる。犯罪者を見逃すことによって、犯罪を市民が気づかないようにコントロールしているのだ。
暗部はホオズキの直属。
つまり、暗部入りの誘いを断ったハームレスは実質英雄ホオズキの誘いも断ったことも意味する。
「英雄様にそんなことを言われるなんて光栄です」
ハームレスは笑顔で言うが、背中は冷や汗でびっしょりだった。
ここをどう切り抜けるか。それによって、今後の人生が決まると言っても過言ではない。
「そんなに緊張しないで。ただお話しするだけですから」
「ははは」
無理な相談であった。
「英雄様!」
冒険者協会の受付は二種類存在する。一つは冒険者が依頼を受けるための受付。もう一つが一般人向けに開かれている受付である。
その一般向けの受付には多くの人々がいた。これは緊急ではなく、日常の風景である。
そして、今声をかけてきた人物も冒険者ではない。
その声で周りが騒めき立つ。
多くの人がホオズキの周りに押し寄せてきた。
「英雄様! 聞いてほしいことがあるんです!」「この子の名前を付けてほしいです!」「この間は助けてくれてありがとう!」
断片的には聞こえてきたものの、人が多すぎてやばい。もはや落ち着いて話をするレベルではない。
「しー」
人差し指を口元にあてて、沈黙を促す。すると、あれだけうるさかった声が一瞬で収まる。
「頼ってくれるのはうれしいのですが、先約があります。通していただけませんか?」
人の海が割れていく。「さぁ、行きましょう」と促されてその中心を歩く。すごく居心地が悪い。
「あれが噂の……」「後継者?」「あんなに若いとは」「うわっ、ちっさ。素で驚いたわ」
最後に背のことを言った奴は、この後血祭りにあげるとして。
予想外にハームレスが英雄の後継者扱いされていることが広まっていて、焦る。
ハームレスには全くその気がないのに、周りの空気で祭り上げられていく。
そんなことより、今日生き残れるかどうかも怪しいのだが。
協会の受付を抜けて地下へと進む。
そこは温室だった。
かつて地上に遭った植物やダンジョンで採取されたもの。貴重なものからありふれたものまで。ここはこの第五層の都市の中でも一番緑にあふれた場所だった。
「さっきはすいません。いつもならまだ皆様とこの温室で話している最中だったのですが、今日はハームレス君と話すから早めに切り上げてしまいまして」
「直接話を聞いてるんですか?」
「はい。一人ずつ話を聞いていたら身が持たないと他の皆には言われるんですが。どうしても実際の声を聴きたくて」
市民たちの声を聞いてくれる。身近な問題に親身になって関わってくれる。故に共感の英雄。絵にかいたような良い人だ。それが裏では犯罪者と手を組んでいる。ここの人たちにそんな真実を言っても、信じてくれないだろう。
「立派ですね」
「そんなことないですよ。ただ私ができることをやっているだけです」
たどり着いたのは温室の中心部。
植物が密集した独特の空気と熱感に囲まれている。そんな場所に円形の広場があり、その中心には小さなテーブル一つと椅子が二つあった。
座るように促される。
ここでお茶を飲んだらさぞかし贅沢で最高の時間となるだろう。
だがしかし、残念ながら今から行われるのは詰問だろう。
なぜ、暗部入りを断ったのか。
どうやって切り抜ければいいか。ハームレスの頭の中で様々なシミュレーションが高速で繰り返されていた。
「大丈夫ですよ。暗部に入らなかったことを責めるために呼んだわけではありませんから」
「そんなことないですよ」
いきなり心の中を見られたようで焦る。
「君の立場なら私もそう思いますから。それに私は毎日様々な悩みを持つ人々と接してきています。相手がどんなことを考えているのかくらい自然とわかってしまうんです」
「だったら一体何の御用でしょうか?」
ホオズキはほほ笑んだ。その笑みは嫌味なものではなく、どこまでもさわやかだった。それが逆に不気味だった。
英雄の目的が見えない。
「まずは謝罪を。いきなり呼びつけてすいません。そして、勝手に君を後継者扱いしたことも。申し訳なく思っています」
ホオズキが、英雄が頭を下げた。この都市の守護者にそんなことをされたら、責めることなんてできない。
「いえ、とんでもないです。むしろ後継者なんて言われて光栄で。でも僕には荷が重すぎると思います」
この言葉に嘘偽りはない。
英雄なんて糞くらえと思っていることは内緒だ。
「やはり応じてはいただけませんか。なかなか手厳しい評価だ。まぁ、いいでしょう。まずはラフィング君の質問から聞きます。いろいろ聞きたいことがあるはずです。私の要件はその後にしましょう」
予想と違って、ハームレスを気遣ってくれている。犯罪者と手を組んでいるというから、最悪拷問でもされるのかと身構えていたが拍子抜けだ。だが、油断はできない。これからが本番だ。
細心の注意を払って言葉を選んでいく。
「どうして僕を後継者のような立ち位置として市民たちに紹介したんですか?」
ホオズキとハームレスは特に接点がない。事務的な会話をしたことはあるが、それ以外に接点がない。
なのに、なぜ実質後継者扱いしたのか。
目的が見えない。
「個人的に君が気に入った、ではだめでしょうか?」
「そんなにこの都市の英雄という役割は安くないでしょう」
個人的な好みで英雄がこの都市の守護の要が決められるわけがない。
魔王が発生させるエンカウントで出現する魔物にはランクがある。
冒険者のランクと同じSからEだ。もちろんEXという例外はある。もしSやEXがエンカウントして、討伐可能なのが現時点で唯一のS級であるホオズキしかいないのである。故に英雄と呼ばれ、市民の尊敬を集めている。
さらには犯罪抑止の守護者でもある。
そんな存在が個人の好みで選ぶことができるはずがない。
「今は言えませんが、後継者を選ぶ必要がありました。そして、この都市を維持するのに君の性質は非常に好ましいのです」
「僕の性質……?」
「隠さなくてもいいですよ。君の本性を他人に言いふらすつもりはありません。むしろ、この調子で隠し通してください」
ばれている。しかもその言葉には確信がある。
ほとんど接点がないのに、なぜバレた? アカシアみたいに本性をさらしている時に隠れて見られていたわけでもあるまい。
得られた弱みを盾に脅すわけでもなく、隠し通してほしい? ますます意味が分からない。
「話が見えてきません」
「私が犯罪者たちと手を組んでこの完全平和都市を演出しているのはもう知っていますね?」
「……はい」
すごく軽い口調で言ってきたが、ハームレスは冷や汗が止まらない。
「この完全平和都市での英雄の役割は、汚い部分を引き受けてきれいな部分だけを多くの人々に演出するのが仕事です。一部例外はありますが、君はきれいな部分だけを演出して冒険者協会でB級まで昇進した。裏の部分を見事に隠しきって」
クズの本性を隠し通し、純粋無垢な子供を演じてやってきた。おかげで最年少じゃないのに見た目だけで判断されて最年少B級なんて呼ばれている。
嫌味を言われているのだろうか。
お前は所詮、偽物のクズだと。事実だから言い返せないが。
「君を貶しているわけでありません。むしろ褒めています。多少の裏表ならだれでもありますが、君程裏表に落差があって、見事に演じ分けている人間もいない。稀有な才能だ。その才能は完全平和都市の英雄足りうる。私はそう確信したんです」
なるほど。汚いものを隠し演じる。
この完全平和都市を運営する上で必要不可欠な資質だ。
ホオズキはハームレスの表情を見て満足そうにうなずく。
「そうです。わかっていただけたようですね」
他にも必要な要素が足りていない気がするが、一応は納得した。
「ありがとうございます」
「他にはいいんですか?」
「僕が聞きたいことは聞きました」
「本当に?」
嫌な瞳だ。勝手に自分の胸の内が暴かれていくような不快感。ホオズキは笑顔だったが、その笑顔がなにより不気味だった。
「どうして犯罪者と手なんか組んでいるんですか?」
さっきの話で大体予測はついた。それでも心の奥底がもやもやする。どうしても聞きたい、聞かなければならない。
ハームレスの中の誰かがそう叫んでいるのだ。
「この世界の成り立ちは知っていますか?」
「成り立ち? 勇者が魔王に負けて、人類が地下に追いやられたことですか?」
「そうです。ここは地下なんですよ。教会があがめる神により、疑似太陽が生み出されて。まるで地上のような環境ですが、地下なんです」
何がいいたいのかがわからない。
地下でも地上のような環境ならいいではないか。
「地下では何もかもが足りません。あらゆる資源に土地もありません」
「エンカウントで出現する魔物の素材があっても、ですか?」
「たしかに、魔物の素材はこの都市の経済を回しています。ですが、それだけでは全く足りません。すべての市民が満足できるには到底足りないのです。足りなければ人はどうするか、わかりますか?」
奪い合う。災害などでも火事場泥棒が横行する。
いきるために足りなければ他人から奪うしかないのだ。
「そうです。ただでさえ足りない資源を奪い合い、完全平和は乱されて混沌となります。だから、たとえ偽りでも私はこの都市を完全平和だと見せなければならない。一部の人々を犠牲にしたとしても、その他大勢の人々が安心安全に暮らすため、私は英雄である必要があるのです」
言葉が出なかった。
せいぜい犯罪者と手を組んで、うまい汁を啜っている偽りの英雄なのだと思っていた。だが、それは違った。ホオズキ・アルメリアは間違いなく、この都市の平和を守る守護者で、英雄なのだ。
「わかり、ました」
たしかに頭では理解した。困難な状況だ。英雄は正しい。今できる精一杯で平和を守っている。
だが、心は納得していなかった。どうしようもなく英雄を否定しろと叫びたがっている。あの貧民街の有様を見て、そう思ってしまうのだろうか。
聖女と呼ばれていたアカシア。仲間のために必死に生きあがいていたシド。そんな彼女たちを見て、同情でもしてしまったのだろうか。
ハームレスはもう自分で自分がわからなくなってしまっていた。
「なるほど。今日、君と話せてよかったです」
「何の話ですか?」
「いいえ、こちらの話です。気にしないでください。ただ、今日話して改めて思いました。君はこの都市の英雄になるべきです」
それが今回、ホオズキがハームレスを呼んだ理由だろう。
最初からその答えは決まっている。
「面倒くさいから嫌です」
今までの真面目なやり取りはどこへやら。
ハームレスは気持ちの良いさわやかな笑顔で言いきった。
やはりクズはどんなにこの世界の窮状を知り、英雄の重要さを知ったところでクズであった。
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