第12話 記憶喪失の聖女

「ハームレス様」


花火の片付けや子供たちが寝静まった後、ハームレスは帰ろうとしていた。

そんな時にアカシアに呼び止められた。その隣には暗いからわからないが、かわいらしいフリルのドレスを着た女の子がいた。顔は暗闇で判別がつかない。


「なんだよ? もう俺の役目は終わっただろう?」


シドたちが盗みをすることはもうないだろうし、アカシアがハームレスの本性を言いふらすようなこともしないだろう。盗まれた被害者のくせして、その解決方法に相手の誕生日を祝うなんて馬鹿げた発想をする女だ。

弱みを握られていたと思っていたが、それはハームレスの独り相撲だったのは自明の理である。

 

「今日はありがとうございました! ハームレス様に協力をしてもらってよかったです」


勝手に独り相撲して、場をかき乱していたのはハームレスだ。

なのに、感謝するなんてお人好しにもほどがある。

ハームレスはなんとかその苛立ちが表に出ないように押さえつける。


「俺は何もしてねぇ。感謝されるのはお門違いだ」

「いいえ。あなたはシドちゃんたちを守ろうとしてくださりました。最後は身を挺してまで。やっぱりハームレス様はやさしい冒険者様です」

「そんなことはどうでもいい。ちょうどいいから聞くが、最初言ってたこの都市のさらなる真実ってのは結局なんだったんだ?」

「すでにシドちゃんから聞いたとは思っているのですが、この貧民街のことです」

「やっぱりそうか」


貧民街がこの完全平和都市の歪みを一手に引き受けているということだ。

犯罪者や犯罪の被害に遭った者たちを貧民街に押し固める。犯罪自体をもみ消しているのだ。そうして偽りの完全平和を作り出しているのだ。


「それを俺に知らせて、何がしたかったんだ?」

「ハームレス様なら、何か変えてくれるような気がして。すいません。ほとんど初対面なのにおかしいですよね?」

「まったくだ。見当違いにもほどがある。大体、今日は最初から最後までお前の言動のせいで勘違いして迷惑かけられっぱなしの最低な一日だった」

「うっ、すいません……」


 今度こそ、「じゃあな」と言って立ち去ろうとした時だった。


「おい!」


なんだか危機馴染みのある声で呼ばれた気がする。だがここにはそんな粗雑な言葉遣いのガキなどいないはずだ。

ここにいるのはお人好し馬鹿のアカシアとフリルのついたドレスを着た女の子しかいないのだから。貧民街の子供には珍しく、髪の毛もポニーテールになってきれいに結われている。そんなかわいい女の子がガニ股でズシズシと歩み寄ってくる。


「お前、名前は?」

「ハームレス・ラフィングだ。外見に似合わず、汚い言葉づかいだな。ん? なんか見覚えあるぞ」


まさかな、と思って情報端末のライト機能で照らす。

そこには顔を真っ赤にした女の子がいた。知らない子だった。シドの仲間にこんな子はいただろうか?

 

「頑張って!」


 アカシアが女の子を応援している。

 なんのことかさっぱりだ。


「脅して盗んでごめんなさい」


全く身に覚えがなさすぎて、わからない。


「は? 第一お前誰だ? この貧民街でお前みたいなかわいい子、知らんな」

「う、ううううう」


なぜかハームレスが悪いみたいに、あーあという呆れ顔でアカシアが見てくる。

女の子は顔を真っ赤にして涙目だ。


「やっぱり似てる」


さんざん憎たらしいことを言っていたあのガキに似ているが、そんなわけがないだろう。顔を近づけてよく観察すると、真っ赤な顔はさらにリンゴみたいになる。


「まさか本当に……」

「!」


 ハームレスの足、しかもピンポイントに小指をおもいっきり踏んで逃走した。


「痛ってぇぇええ!」


 女の子は去り際にこっちに振り返り言った。


「お前に礼なんて言うか、鈍感バーカ! 助けようとしてくれて、守ってくれてうれしいだなんてちょっとも思ってないんだからな!」


 捨て台詞のように吐いて、あっという間に逃げて行ってしまった。


「あれ、本当にシドなのかよ! ていうか、女だったのか」


驚いた。だが、思えば少し違和感があったのだ。カップル専用のハート形のストローをかわいいと言ったり、アカシアがシドのことをずっとちゃん付けで呼んだり。


「あーあ。せっかく頑張って、おめかししてきてくれたのに」

「先に言えよ」

「そういうのは男性の方から気付いてほしいっていうのが、乙女心なんですよ。わかってないですね」


 アカシアは肩をすくめて、ため息をつく。


「知るか、そんなの! 女なんて、自分勝手にいなくなるんだ。そんな奴らの心なんてわかりたくもねぇ」


 悪態をつくハームレスにアカシアがくすりと笑った。


「ごめんなさい。意地悪し過ぎましたね。けど、シドちゃんがハームレス様にお礼を言いたかったのは本当ですよ。最後はあんなこと言ってましたけど」

「いいさ、ガキなんだ。好き勝手に遊びまわるくらいがちょうどいい」

「私もお礼を言いに来たんです。今日は本当にありがとうございました」


深々と頭を下げる。


アカシアがここに連れてきてくれたから、この都市のことを知れた。おかげで、この貧民街が面倒くさいところだってのがわかった。だからそれだけでも十分な収穫だ。だがそんなことを面と向かって言えるはずがない。


「まったくだ。もう二度と付き合わねぇぞ」

「そんな悪態ついても、だめですよ。きっとハームレス様はシドちゃんや私が困った時に来てくれます」


 呑気に笑っている。ハームレスを善人だと信じて疑わない表情だ。それがハームレスの苛立ちを加速させる。


「お前、一体何者なんだ? 俺の機動力は冒険者の中でもトップクラスだ。それについてこれる身体能力に、俺の威圧にも屈しない胆力。そして、その胸の金十字。おまけに貧民街の連中からは聖女様なんて呼ばれてる」


アカシアは黙りこくってしまった。

言えないか。当然だ。会って間もない相手に打ち明けられるはずもない。あえてそれがわかっていたから尋ねた。探られたくない腹をあえて探ることによって嫌われようという算段だ。


 これでアカシアはハームレスに関わろうとしないだろう。もうこれっきりだ。立ち去ろうと踵を返そうとした時だった。


「待ってください。ちがうんです。言いたくないとかじゃなくて、私にもわからないんです」

「わからない?」

「記憶喪失なんです。気づいたら、この貧民街にいて。覚えているのも名前だけで、他には何もないんです。そんな時にこの貧民街の人々に助けられました。だから私はここの人たちに恩返しをしたくて、この貧民街で過ごしているんです」

「話したくないなら、話さなくていい」

「ちがいます!」


 腕をぐいっと引っ張られて二人の距離が縮まる。


「本当です、信じてください!」


ボロを纏って顔も灰塗れだったからわからなかったが、とても整った顔立ちをしていた。

今にも泣きそうなほど揺れる青い瞳はどこまでも真剣だった。


「わかった、信じるから近すぎる」

「ご、ごめんなさい」


 アカシアは慌ててハームレスの傍から離れた。

 妙な空気が二人の間に流れる。


「じゃあな」

「また来てくださいね! この貧民街にはあなたのような冒険者様が必要です! それにシドちゃんもきっと会いたいと思っていますから。あと私も」

「気が向いたらな」

「それと一つご忠告を。この都市の真実を知ってしまったあなたには苦難が待ち受けているでしょう。けど、くじけないで。困ったらいつでも頼ってください」

「何の話だ?」

「私にもわかりません。ですが、なんとなく予感がするのです。これから先あなたは重大な選択をしなければならない。すべてを捨てて、自分の意志を取るか。それとも自分の意思を捨てて、すべてを手に入れるか」

「ますます聖女様じみてきたな」

「くれぐれもお気を付けください」


 アカシアは意味深な言葉を残して去っていった。


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