第11話 やさしい解決方法
「ちょっと様子がおかしかったんで、跡をつけて来ちゃいました」
ハームレスの背筋に寒気が走る。
ハームレスはここまで建物の屋根を伝ってきた。それは冒険者としてレベルを上げたステータスだからこそできることだ。
たしかにレベルは普段の生活でもあげられる。医者ならば治療で、家族のために家事をするなども含まれる。だが、得られる経験値としてのポイントは冒険者が魔物を倒して得るものに比べて微々たるものだ。
アカシアは明らかに常人ではない。しかし、間違いなく冒険者でもない。
だいたいポイントを多く持っているのなら、もう少しマシな見た目や服をしているはずだ。こんなボロを纏っている理由がない。
ならばアカシアはいったい何者なのか。犯罪者であるこの貧民街の住民を従え、B級冒険者であるハームレスの動きにもついてこれるレベルの身体能力。
そして、その身に纏う教会に認められたものしか持ちえない金十字
アカシアの底知れなさと不気味さに思わず、気圧されてしまう。
「ハームレス様? どうかしたんですか?」
「いつからいたんだ?」
「だから最初からですよ。話は全部聞こえませんでしたが、シドちゃんをどこかに連れて行くのは話が違いませんか?」
「俺は冒険者だ。犯罪者を冒険者協会に突き出して何がおかしい?」
もう変にアカシアに媚びる必要はない。それにここで素を知られて困る人間もいない。
「おかしくありませんが……。それは待ってもらえませんか? 私たちで解決したいんです」
「お前の計画を実行したところで、それは解決とは言わない」
「厳しい、ですね……。でも私にはこのやり方しかできませんから」
子供を暴力で押さえつけ、薬の力で支配する。
曲がりなりにもここは完全平和都市だ。なのに、そんなやり方しかできないなんて一体どんな壮絶な過去を経ているのか。一般的な家庭で育ったハームレスには想像さえつかない。
「引くつもりはないか?」
「この都市においてはハームレス様の方が正しいのでしょう。ですが、ここは貧民街。見捨てられた街です。ここでしか生きられない人たちのためにも私は引けません。その子たちの問題は私たちで解決します」
一応はこの貧民街のために動いているようだ。アカシアしか知らない真実があるのだろう。だとしても、このやり方は間違っている。
「おい、ガキ逃げろ」
「逃げねぇ。黙って聞いてたら好き放題言いやがって。だいたい人のことを勝手に決めてんじゃねぇよ。俺のことは俺が決める。何か変な企みをしてるようだけど、こんなお人好しの鴨から逃げる必要なんかねぇよ」
だめだ。シドの中で、アカシアは弱者認定されている。シドに逃げる意思がない以上、ここから逃げることは無理だろう。
なら戦うしかない。
「ああ、クソ。なんで俺がこんなことしなくちゃならないんだ。柄じゃねぇんだよ」
毒づきながらも、小太刀を抜き放つ。アカシアは冒険者に武器を向けられても当然のように平然としていた。
「私はハームレス様と戦うつもりはありません。なので、強引にでも計画は進めさせてもらいます。ヤクさん、ミシリさん」
二人は銃を持っている。そして姿を現したのは二人だけではなかった。
「なんでだ? なんでなんだよ!」
今まで、動揺らしい動揺を見せなかったシドが絶叫した。
なぜなら、ヤクの後ろにはさっきまで楽しそうにしていたシドの仲間たちがいたのだから。そしてその仲間の子供たちの手にも銃が握られていたのだ。
※※※※
太陽が沈みかけている。ここに星はなく、月もない。純然たる暗闇が周囲に立ち込めようとしていた。
「なんでだよ? なんでなんだよ!」
今まで、動揺らしい動揺を見せなかったシドが絶叫した。
なぜなら、ヤクの後ろにはさっきまで楽しそうにしていたシドの仲間たちがいたのだから。そしてその仲間の子供たちの手にも銃が握られていたのだ。
恐らく、薬を使ったのだろう。
「お前ら……! まさかあの盗った食い物の中に盛ってあったのか!」
シドも察した。いきなりシドの仲間が裏切るなど薬以外考えられない。どうやら商店街で買っていたものに薬を混ぜていたのだろう。
これでは、迂闊に手出しできない。
「まだ少し明るいですが、始めましょうか」
その合図に全員が銃を構える。
もうだめだ。咄嗟に体が動き、シドを庇った。
「お前……!」
同時に銃声が放たれる。大口径の銃だ。
来るはずの衝撃に身構えるが、いつまでたっても痛みはない。
パンパンと上から何かが弾ける音が聞こえた。
上空には色とりどりの花が咲いている。
「なんだ、これ?」
見たこともない幻想的な光景に目を奪われた。
シドもハームレスの腕の中で「きれい……」とうっとりとした表情でつぶやく。
「花火、です……」
ミシリが子供たちの中から姿を現す。
ミシリの手にはさっきハームレスが見せられた大口径の銃が手に収まっている。
「そして、これがメインです」
銃は空に向けられ、火を噴いた。
ひゅーという音がした後、上空に散る。空には赤い光で『お誕生日おめでとう』という文字が大きく描かれていた。
ここでハームレスは自分がとんでもない勘違いをしていたとようやく思い知る。
「まさか本当にサプライズパーティー? 銃で子供を脅して、薬漬けにさせる作戦じゃない?」
「まさか、私たちがそんなひどいことを計画していたと勘違いしていたんですか?」
「ちがうのか?」
つい真顔でアカシアに聞き返してしまった。
「そんなことしませんよ!」
アカシアはぷーと頬を膨らませて怒った。
「あの大口径の銃は、ただの花火を打ち上げる道具だった?」
「はい」
「大量の謎の粉は? クスリじゃない?」
「あれは花火を打ち上げるためにヤクさんに調合してもらったんです」
「ヤクが粉を吸って恍惚な顔してたのは?」
「火薬の臭いが好きなだけです。火薬の臭いを定期的に嗅がないと手の震えが止まらないそうです」
「ミシリは危ない職業の人だとか、狂戦士の類ではない?」
「ただの人見知りですよ」
「……………………ふざけんじゃねぇよ! あんなの勘違いするに決まってるじゃねぇか!」
すぱん! とアカシアの頭を叩いた。
「うぅ……痛いですぅ。何するんですか?」
アカシアは頭を押さえて涙目でハームレスを見つめる。
「まぎらわしいわ! もっとはっきりと計画の内容を言え!」
「サプライズパーティーって言ったじゃないですかぁ」
あの流れだとサプライズパーティが何かの隠語にしか聞こえない。
真剣になって損をした。
どっと疲労感が押し寄せてくる。
「じゃあ、後ろの子供たちは薬漬けになってるとかじゃないんだな?」
「もちろんです! ね?」
アカシアが近くにいる子供にウインクをする。
「うん。リーダーの誕生日を祝いたいって聞いたから、協力したんだ! すっごいきれいだったなぁ!」
さっきの花火を思い出して子供たちは目を輝かせていた。
「おい! いつまで抱きしめてんだ!」
顔を真っ赤にしたシドがハームレスの腕の中から逃れる。
そういえば、さっき咄嗟に庇おうとして抱きしめたままだった。
そして、シドはハームレスとアカシアを睨みつけた。
「どういうつもりだよ? なんなんだよ、これ!」
「え? シドちゃん、今日お誕生日でしょう? せっかくだからお祝いしたいなって。だからハームレス様とヤクさんとミシリさんに協力してもらったんだよ。ちょっとした行き違いはあったけど」
ちょっとどころではない。とツッコミを入れたいがそういう空気ではなさそうだ。
「俺はお前らから散々いろんなものを盗んだんだぞ! なのに誕生日を祝う? 頭おかしいのか?」
たしかにその通りだ。
子供とはいえ、盗みを働いた者の誕生日を祝うなど常人の発想ではない。
「やり方は間違ってたけど、シドちゃんが仲間のために頑張ってたのは知ってた。それに勘違いしているようだからこの機会に伝えないといけないと思ってたから」
「勘違い? さっきの薬漬けがどうとかっていう話のことか?」
「ちがうよ。シドちゃんたちの居場所がないって話」
協会と教会、そして親に見捨てられたシド達。それにこの貧民街でも盗みを繰り返していた。自分たちに居場所がないと思ってもおかしくない状況だ。
「それのどこが勘違いなんだよ?」
「貧民街の皆さんは、シドちゃんたちを受け入れているよ」
シドは腹を抱えて笑った。
「ねーよ! それに仮に受け入れてくれたとしても犯罪者どもと仲良しこよしなんて、こっちからお断りだ!」
「ここにいる人たちの事情はいろいろあるよ。ね、ヤクさん、ミシリさん」
ミシリがフードの奥でぼそぼそと話し始める。
「弟が、罪、犯しちゃって。そのせいで私まで犯罪者扱いされて。ここに逃げてきた、の」
ありえる話だ。完全平和都市において、犯罪者の身内という事実は大きい。たとえポイントを持っていたとしても信用は地に落ちる。
あの犯罪者と同じ血を持っている。近づきたくないといった思考だ。
共感できなくもない。だが、本人は全く悪くない。酷な話だ。
「私は好奇心で好き勝手火薬を調合してたら、違法だったんだ。いやぁ、妙に売れるなとは思ってたんだけど、まさか犯罪に使われてただなんて夢にも思わなくて」
ヤクは自分勝手にした奴の末路でしかないから全く同情できない。
「ね? ここにいる人たちは犯罪者だけじゃない。それに自分の大切な人たちのために犯罪を犯すしかなった人たちもいる。シドちゃんたちみたいに」
それを言われて、シドも気まずそうに視線を逸らす。
「だとしても、俺たちを受け入れてるとか信じられるわけねーだろ」
「どうして、今までシドちゃんたちに誰も報復がなかったと思う? みんなシドちゃんたちの事情を察してたからだよ」
子供が集団で盗みを犯さないといけない状況。この貧民街の住民たちも同じような境遇の人間はたくさんいるのだろう。
「そんなのありえねー」
だんだんとシドの言葉から力が失われていく。
さっきまでの勢いはどこにいったか。まるで、親に怒られている子供のようだ。
「それにこんな騒ぎになってまで、誰も来ないのは貧民街の皆さんが協力してくれてるからだよ。皆シドちゃんたちのこと心配していた。ちゃんとご飯食べてるかなって」
たしかに、派手な花火を打ち上げて誰も来ないのはおかしいと思っていたが最初から根回しされていたのなら納得だ。
「……うるさい、うるさいうるさいうるさい! 黙れ!」
もう反論できなくて、どうしようもなくて。
シドは喚き散らすしかなかった。自分がどうしようもなく、間違っていたと認めたくないのだ。
逃げ出そうとしたシドをアカシアが抱きしめた。
シドはじたばたと暴れるが、その動きに力はない。
「もう一人でがんばらなくていいんだよ。ここには助けてくれる人たちもいる。頼ってもいいんだよ」
「う、うううう、うわあぁぁぁああああ。いっぱいひどいことして、ごべんなざいぃぃい」
シドは耐えきれなくなって、大声をあげる。涙を流しながら謝っていた。
アカシアも涙目になりながら、黙ってシドを抱きしめ続けた。
シドの仲間たちも泣いており、いつのまにか集まってきた貧民街の住人たちは暖かい眼で見守っている。
美しい光景だ。
きっともうシドたちが盗みをすることはなくなるだろう。貧民街の一員として協力して生きていくはずだ。
盗みをしていた子供たちを捕まえたり、撃退する負の方法ではない。
誕生日を祝うという正の力で解決してしまった。
ハームレスは、盗んだ子供の誕生日を祝うという発想など浮かびもしなかった。むしろ銃で脅して薬漬けにするなんて物騒な勘違いをしたのだ。
今日の出来事こそ、まさしく英雄と呼ばれるにふさわしい偉業だとハームレスは思った。
だからこそ。
「本当に虫唾が走る」
この場で唯一、ハームレスだけが忌々し気に。そして憎しみを込めてアカシアのことを見つめていた。
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