第10話 得体のしれない聖女の片鱗
「彼らは毎日拠点を変えて行動しています。ハームレス様には今日の夜までに拠点を探してもらいます。そして夜に子供たちが寝静まった後、サプライズパーティを開きましょう。これだけ準備したんです。子供たちが驚いて喜んでくれる姿が目に見えます」
今日の夜までがタイムリミットだ。
もう日は暮れていた。貧民街の夜は早い。ここの住民たちは日が暮れる前から寝床の準備をしてもう寝静まろうとしている。
理由は簡単だ。ここには街灯のような明かりが整備されていない。
よって夜は何もできない。
ハームレスは建物の屋根から屋根へと飛び移って、常人には目で追えない速さで移動している。視覚強化をしているハームレスでも、そろそろ捜索は限界だ。
早くしなければ、あの三人が準備を終えてしまう。終わった三人がハームレスより先に子供たちを見つけてしまったら積みだ。
「見つけた!」
とある廃墟にシドが入っていくのが見える。
一部崩れた壁の隙間から様子を伺う。
シド達は今日ハームレスたちから盗んだものを分け合っていた。よほどお腹を空かしていたのだろう。子供たちは食べ物に夢中だ。
その中でもシドだけが周囲を警戒していた。食べ物は他の仲間にすべて渡し、自分は何も手を付けていない。
仲間たちが幸せそうな表情を満足そうに眺めて、もう一度廃墟から出て行ってしまう。
今がチャンスだ。
屋根から飛んで、シドの目の前に降り立つ。
「お前……!」
仲間を呼ばれたら厄介だ。話す間も与えない。睨むだけで十分だ。
「動くな、喚くな。俺の言う通りにしろ」
冒険者と一般人ではレベル差が大きい。小太刀をチラつかせて威圧するだけで一般人は気圧される。当たり前だ。冒険者は常に魔王の手先である魔物を相手にしている。レベルが違うのだ。
「話がある。悪いようにはしないから」
小太刀を収めて、威圧を緩めるとシドはその場に座り込んでしまった。少しやりすぎてしまったか。
面倒だから抱えていこうとすると、顔を真っ赤にして拒絶される。
「触んじゃねぇ! 自分で歩ける」
そして、人目のつかない袋小路まで行って二人は向き合う。
「お前ら、このままじゃ殺されるぞ。良いところ薬漬けの廃人だ」
「はぁ? なんの話だよ」
ハームレスが見たことを語る。
薬や銃が用意され、今夜シド達が襲われることを説明した。
「だから、なんだよ? そんなの俺達には通じない! それに皆ビビッて盗んだものを取返しにすら来ないんだぜ! あの鴨にそんな度胸ないね」
子供故の万能感。今まで大丈夫だったから今回も大丈夫という根拠のない自信。
「今、俺に威圧されてた奴が何言ってんだよ」
「それは……。だったらどうしろって言うんだよ」
「教会の孤児院に行け。そこだったら面倒見てくれるだろうよ」
教会はこの都市における社会福祉を担っている。身寄りのない子供やお年寄りの支援をしているのだ。
「無理。それだけはできない、絶対に」
嫌だ、ではなく無理。言い回しが妙だった。
だが冗談で言っているわけではないようだ。その眼には明らかな恐れがあった。
「どういうことだ?」
「俺は教会の信仰のために捨てられたからだ。俺の親は熱心な、いや狂気的な信者だった。だから寄付のために俺を売ったんだよ」
五層に分けられた都市の生活基盤を支えているのが教会だ。様々な福利厚生、銀行、冒険者協会も教会の支援により成り立っている。
市民の中で教会とは絶対的な権威の象徴でもある。
そして、信頼もされている。
だが、今は協会の裏を知ってしまった。
真っ黒な協会のバックにいる教会がまともであるはずがない。
「教会の全部がやばいわけじゃないだろ。探せばまともなところもあるはずだ」
「教会なんかに行ったら、俺もあのクズ親みたいに洗脳されるに決まってる! お断りだ!」
両親のことがトラウマになっているのだろう。理屈じゃない。この短い間に説得することはできないだろう。
「だったらどうしてこの貧民街で盗みなんてしてるんだ。そんなことをしたら流れ着いたここでも居場所がなくなるだろ!」
「ここに住んでる奴らがどういう奴らか知ってるか?」
てっきり喚き散らして反抗するかと思ったが、以外にもシドは落ち着いていた。
「知らない」
この貧民街がどういう理由で協会に見捨てられたか、なぜできたのか。ハームレスは波も知らない。最近まで存在すら気付かなかったのだから。
「犯罪者が押し込まれてるんだよ。ここに来てそういう危なそうなやつら見なかったか?」
たしかに。アカシアに紹介されたヤクとミシリはどう見ても危ない人種だ。アカシアも人畜無害な言動をしているが、子供を捕まえて薬漬けにしようとする恐ろしい計画を立てていた。
「俺たちは違う! 悪くない! 行き場所がなかったからここにいるんだ! 親が犯罪を犯したとばっちりで一人になった仲間もいる。俺たちを受け入れてくれる居場所なんてどこにもない! この貧民街ですらな! 俺はそんな皆の居場所を作るために毎日必死に生きてんだよ! 他に手段はないんだ。それともあんたが俺たちの面倒見てくれるのかよ? これから生きていくためのポイントくれるっていうのか?」
つまりこの貧民街は張りぼての『完全平和都市』を維持するための捨てられた街。捨てられた人たちを押し込めるための檻ということだ。
そして、捨てられた子供たち全員の面倒を見るなどハームレスには不可能だ。
「無理だ」
「だったらお前の小さな自己満足のために良い人面して近づいてくるんじゃねぇよ。この偽善自己満足クズ野郎!」
口汚く怒鳴ってはいるものの、その言葉はこのどうにもならない状況から助けて欲しいという精一杯の叫びにも聞こえた。
その叫びと罵倒はハームレスに効いた。
いつだってそうだ。自分はクズだと自覚しながら、良い人面はしたい。だから表では無垢で善良な子供を演じて、裏では好き勝手する。
自分の懐を削ってまで人助けができる程、割り切れない。
自分の命を賭して、他人を助ける。そんな英雄にはなれない。
どこまでも中途半端で凡庸以下の最低人間だ。
「で? それがどうかしたか?」
予想外の開き直りに、シドは固まった。
自分がそんなクズであることはわかりきっている。
今更のことだ。
「俺がクズなんて百も承知だ。俺はお前らを養えない。だけど、俺にもできることはある」
「なんだよ?」
シドが馬鹿にしたように笑う。
「俺は冒険者だ。悪人を捕まえるのも仕事の一つだ」
「俺たちを捕まえるのかよ?」
ハームレスはクズな笑みを隠しもしない。
「お前らだけじゃねぇよ。アカシアたちも、だ。皆まとめて捕まえてやる」
子供に危害を加えようとする奴らを捕まえるのも冒険者の仕事のうちだ。
「はぁ? だから、冒険者協会なんて当てにならねぇよ! 捕まったとしてもどうせまた貧民街に逆戻りだ! 最悪、殺される!」
もう吹っ切れた。確かに教会の権威の象徴である金十字を持つアカシアに弱みを握られている状況はまずい。だが、そのアカシアが犯罪者なら話は別だ。犯罪者の言葉など誰も信じない。
「教会は隠れてコソコソ貧民街なんて作るくらいだからな。表沙汰になったら、捕まったお前らに雑な対応はできねぇだろ。それとこんな俺でも次代の英雄様と呼ばれてる。そんな俺が、喚き散らしたら協会も無碍にはできないはずだ。捕まった後は悪くならないように、守ってやる」
最初は絶対に英雄なんてなれないしなりたくないと思っていたが、強制されたなら仕方がない。
その権力を最大限活用させてもらう。
これはその場しのぎだ。助けられるのはシド達だけ。根本的な解決にはなっていない。まさしく自己満足。だが、それでいい。
「お前に守ってもらうなんて死んでも嫌だね!」
「知るか! 俺の自己満足のために大人しく守られろ!」
あまりの自分勝手な言い草に、シドは呆気に取られて言葉が出ない。
だが、ここで力があるのはハームレスだ。力づくで協会まで連れていく。
手を伸ばそうとした時だった。
「それは困りますね」
振り向くとそこにはアカシアがいた。
「なん、で?」
「ちょっと様子がおかしかったんで、跡をつけて来ちゃいました」
まるで悪戯がバレたかのような気軽さでアカシアは笑っていた。
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