第9話 やばい計画

「このお二人です!」

「……」


 貧民街の一角。自作であろう申し訳程度の張りぼての屋根の下。ハームレスは協力者と初顔合わせをしていた。

 その協力者を見てクズのハームレスですら言葉を失っていた。

 

「計画に協力をしてくれるヤクさんとミシリさんです」


 アカシアが笑顔で紹介してくれた二人はあまりにもやばかった。

 

「はは、はじめまして、ててて。ヤクででです」


 体が青白くがりがりだ。目に生気はない。体全体が小刻みに震えており、明らかに普通ではない男だった。

 何か袋を取り出して顔を突っ込む。袋の中には白い粉のようなものがあり、すぅはぁと吸い込んでいるようだ。

すると体の震えは止まり、みるみると顔に生気を取り戻していく。

四十代くらいに老けて見えていたのが、今では二十台でもおかしくない見た目になった。


「いやぁ、すいません。こうしないと落ち着かなくて。改めて僕はヤクと申します。よろしくお願いします」

「ハームレスです。よ、よろしくお願いします……」


明らかに危ない人である。

噂では第二層奴隷行楽都市で、やばい薬が流行っていると聞いたことがある。確証はないが絶対にその薬である。深くは関わり合いになってはいけない。ハームレスはなるべく距離を取ろうと誓った。


「で、あなたは……?」


もう一人はフードを被っている。背を向けてかたくなにハームレスと視線を合わそうとしない。話すために歩み寄ると「あ、だめです!」とアカシアが静止の声をかける。

だが、もう遅かった。

唐突に首元へとナイフを突きつけられる。


「は? え?」


 ハームレスはあまりの出来事に思考が止まってしまう。

 

「私に近づくな!」

「ミシリーさん、その方は今回の計画の手助けをしてくださる方です。ナイフをしまってください」


「すいません。背後から突然近づかれたのでつい癖で……」


どんな癖だよ! という突っ込みは飲み込んで「ハームレスです」と自己紹介をする。


「ミシリー、です。あなた、強そうですね。男の人がいると安心ですね」


言葉遣いは普通だ。もう一人みたいに薬はやっていないようだ。だが、ハームレスはフードの中を見てしまった。明らかに修羅場を超えてきたと言わんばかりに顔中に広がる切傷。

強そうと言った瞬間の満面の笑みは、笑みとは言えない。

口を三日月のように開け、ぎらついた眼が明らかにこちらを品定めしていた。


「はい、こちらこそです……」


絶対に関わりあいたくない手合いの人物、その二である。


「お二人とも今回の計画に快く協力していただけたんです。本当にお優しい方たちです」


 危ない薬を使用したり突然ナイフを突きつけてくるような連中がやさしいとは、面白い冗談だ。笑えない。


「あのガキ、じゃない。シド達の問題を解決するための計画ですよね?」

「はい」


 あのガキを捕まえて、もうこれ以上、被害が増えないようにしないといけない。だが、捕まえるだけで済ますことのできる顔ぶれとは思えない。


「で、肝心の計画の進捗はどうなっているんですか?」

「せっかくの計画です。楽しくしたいじゃないですか。だからお二人にはいろいろ小道具を準備してもらったんです」

「小道具?」


ヤクとミシリがおもむろに懐から取り出し始めた。

嫌な予感しかしない。

ヤクが取り出したのは袋詰めされた大量の粉である。しかも一種類ではない。


「色とりどりできれいですね」

「ありがとうございます。聖女様やあの子たちに喜んでもらおうと思って頑張って用意したんです!」


 ヤクはアカシアにデレデレとしただらしない笑みを向ける。

喜んでもらいたいとは一体どういった意味での言葉だろうか。

そして、この得体のしれない粉の山を見てきれいと言ってのけるアカシアの神経も理解できない。


「聖女?」

「気にしないでください。なぜかそう呼ばれているんです。あだ名みたいなものです」

「でも、ここの貧民街のみんなは本気でアカシア様のことを聖女様のようにお優しい方だと思ってるからそう呼んでるですよ。ね、ミシリさん」


「聖女様は聖女様、だから。あと私も、これ……作ってきた」


 ミシリがすっと何気ないしぐさで出したのは、銃だった。

ヤクが出したのはただの色のついた小麦粉だとでも言ったらかろうじて誤魔化せるだろうが、この銃は誤魔化しようがない。


「すごいです! これ自作ですよね。こんなに立派で大きなのを用意してくださるなんて、思ってもいませんでした。私、てっきりもっと小さくて地味な物かと思ってました。これなら派手できれいになりますね」

「聖女様のためなら、なんだってしますよ……」


そのべた褒めに対して、あのミシリがフヒとうれしそうに笑った。

銃を見て、派手できれいとはどういうことだろうか? いやわかっている。とてつもなくグロいから言葉にも出したくない。

アカシアは楽しそうに笑っているが、その純粋無垢な顔の裏でどれだけどす黒いことを考えているのか。ハームレスのアカシアに対する認識がすっかり変わってしまった。

ここまで来て、ハームレスはもう顔を引きつることすらできなくなっていた。


「一体、この小道具? で何をしようとしているんですか?」

「決まってます。シドちゃんたちにサプライズパーティーを開くんですよ!」

「ははは、喜んでもらえるといいですね」


こんな楽しそうなサプライズパーティーを企画するアカシアが言うところの『この都市のさらなる真実』とやらが楽しみで仕方ない。

ハームレスは乾いた笑いをするのが精いっぱいだった。


「楽しいパーティにしましょう!」

「私も、がんばる……」

「皆さん、突然企画した私の思いつきに付き合ってくださり、ありがとうございます!」


にこやかにハームレス以外が笑いあう。

たしかに、さっきのような卑劣な盗みを繰り返すのは許されないことだ。

だがこれは明らかに、おいたをした子供に対する仕打ちではない。


「はぁ、どうしてこんなことになったんだ。ちくしょう、損な役回りだ」


他の三人には聞こえないように愚痴る。

本来なら逃げたいところだ。

こんな厄ネタに近づいても損をするだけだ。だが、今回はアカシアを満足させる結果にしなければハームレスが社会的に死ぬ。そして計画通りに進めば胸糞悪い展開になることは間違いない。

どちらも嫌だ。


だから、この計画を潰す。しかもアカシアが満足する形で、だ。


恐らく今回の計画の目的は、被害を抑えることと今までの罪を子供たちに清算させることだ。そのために子供たちに他の三人より早く接触して捕まえる。そして教会が経営する孤児院にぶち込む。

もう手段はそれしかない。

ハームレスは怪しい計画を練る三人の傍らで、ひっそりと覚悟を決めた。

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