第8話 完全平和都市の真実
「頭が痛ぇ……」
EX級の魔物が暴れ、被害を受けた商店街はすでに息を吹き返しつつあった。
この都市の住民にとってエンカウントは日常茶飯事だ。それでも、あの太陽が具現化したような魔物は規格外であった。
存在するだけで商店街を燃やし尽くす勢いだった。
にもかかわらず、商店街はすでに再稼働していた。
いつもより控えめな喧騒でさえ、二日酔いのハームレスにはきつかった。
「本当にいいんですか? こんなに買っていただいて?」
ハームレスの隣にはアカシアがいた。
相変わらず、煤だらけにボロを纏っている。この煌びやかな商店街では異質で、注目を集めていた。
嫌な視線だ。
そんな視線を気づいていないのか。アカシアは袋いっぱいに詰まったおいしそうに湯気を上げる食べ物に目を輝かせていた。
「大丈夫ですよ! 全部お嬢様のためですから!」
「そうですか……」
今、ハームレスは全力で媚びを売っていた。
ハームレスの本性という弱みを握られている以上、アカシアの機嫌を損ねれば終わりだ。
あの教会が発行している金十字を持つ以上、アカシアの親は権力者で間違いない。そんなアカシアの機嫌を損ねれば、本性をばらされて冒険者として今まで積み上げてきた信用をすべて失いかねない。
「なにか、お気に召さないことがありましたか!」
少し浮かない表情をさせてしまった。
それだけで致命傷になりかねない。
ハームレスは必死にアカシアに追いすがる。
「やっぱりポイントは後でお返ししますね。悪いですから」
ハームレスの頭が真っ白になる。どこで間違えた? 集合場所が商店街を指定された時点で貢げということではなかったのか?
まだ挽回可能だ。
「いいえ! 返さないでください! それはお嬢様に献上した品。ポイントなんていりません! どうせ捨てるつもりでしたから!」
嘘である。
昨日の飲み代や指名代でポイントを一気に使ってしまった。
老後のための貯蓄にも手を出してしまった以上、今は少しでも出費は抑えたい。
「でも……」
「いいから! 受け取ってください!」
「わ、わかりましたから。そんな泣きそうな顔をしないでください。それに勘違いされちゃいます」
二人はこの商店街で異彩を放っていた。
貧乏そうな見た目であるアカシアと軽装鎧を纏った冒険者のハームレス。
そんな不釣り合いな二人が、しかも貧乏そうなアカシアがハームレスを付き従えている状態だ。
加えてハームレスは泣く寸前。
周囲の人々は、そんなやっかいそうな二人に近づかないし他の冒険者がトラブルの匂いを嗅ぎつけて、虎視眈々と狙っている始末だ。
必死なハームレスはアカシアを困らせていることに露とも気づいていない。
そんな二人に声をかける勇者がいた。
「おう、兄ちゃんたちお似合いカップルだね。どうだいこの特製搾りたてフルーツジュース買わないかい? カップルならサービスするよ」
ガタイのいい男にニコニコ顔で呼び止められる。
勧められたジュースにはストローがついており、飲み口が二つついている。ストローはハート形に曲がっており、まさしくカップル専用の飲み物だ。
「ちがいます! 僕がお嬢様の恋人? 恐れ多い! ウジ虫以下の存在である僕なんかががお嬢様のパートナーにふさわしいわけないじゃないですか。失礼ですよ!」
「お、おう……そうか?」
必死の形相に男は顔を引きつらせていた。
「ですよね? お嬢様」
アカシアは顔を真っ赤にさせて、口をパクパクとさせていた。
この手の話題に免疫がないのだろう。
「そうか、すまなかったな。どうやらおじさん、人の恋路を邪魔しちゃった感じかな?」
にやにやとこちらをいやらしい眼で見てくる露店の男。
ハームレスはいらっとしたが、ポイントを返すという話題が逸れたのでよしとする。
「もうその話題はいいですぅ! おじ様、そのジュース買いますからもう茶々を入れないでください」
「毎度あり」
まんまと売り上げを獲得して、店主はほくほく顔だ。
もちろん支払いはハームレスである。
ぼったくりの値段に、手を震わせながらも携帯端末で決済を済ませる。
「これくらいでいいですね。一通りの食べ物と飲み物はそろいましたし。これなら栄養不足のあの子たちも満足するでしょう」
「何の話ですか?」
「あとでわかりますよ」
「それはこの都市のさらなる真実とやらに関わりのあることですか?」
ずっと買い物ばかりで本題を避けていた。けど、この厄ネタからは逃げられない。ハームレスは意を決して尋ねた。
「これから行くところがあります。ついてきてください」
※※※※
ハームレスはアカシアの後を黙々と歩く。
二人に会話はない。独特の緊張感が二人を包んでいる。
商店街を離れ、人通りはどんどんと少なくなっていく。
方向からある程度目的地は察した。貧民街である。金十字を持っているにもかかわらず、貧民街出身のような姿格好をしているアカシア。
そして、協会と犯罪者たちが手を組んでいる以上の秘密がこの先にあると考えると、ハームレスはごくりと唾を飲み込むほど緊張してしまう。
「このあたりですね。そろそろ来ますよ」
「何が、ですか?」
貧民街へと続く道は暗い。
商店街のように街灯はないし、日田当たりの良い場所にはないからだ。
そんな暗い道に小さな影がたたずんでいた。
泣き声がする。子供が泣いているのだ。
「どうしましたか?」
冒険者としての癖で思わず話しかけてしまった。冒険者はこうして困った人間がいれば手を差し伸べるのも仕事のうちだからだ。
ぼろぼろのシャツに所々がやぶれたズボン。
恐らく、貧民街の子供だ。
「お母さんが、お母さんがぁぁぁ」
泣いていて、話にならない。その視線の先にあるのは廃墟がある。
あの廃墟に母親がいる、ということだろうか。
「行きましょうか」
「……いいんですか?」
「泣いている子供を放っておけないでしょう?」
さらなる真実という本題からは遠ざかるが仕方がない。それにこの行為で少しはポイントを稼いで、商店街での出費を取り戻さなければならない。
「安心して。私たちが行くからお母さんは大丈夫だよ」
アカシアは慈愛に満ちた表情で、なきじゃくる子供の頭を撫でる。
泣きじゃくる子供と一緒に廃墟へと足を踏み入れる。
しかし、そこに子供の母親らしき人物はいない。代わりに複数の子供がいた。
「お人好しの鴨が釣れたと思ったら、またお前かよ。聖女様面もいい加減にした方がいいんじゃねぇか?」
どの子供もぼろぼろの服を着ており、年のころは七歳くらいだろうか。
そんな子供たちのリーダー格らしき少年が瓦礫の上からハームレスたちを見下ろしていた。
「やっぱりシドちゃんなんだね。まだこんなことをしているの? もうやめなさい。危険だよ」
後ろを見るとさっきまで泣いていた子供がナイフをアカシアに突き付けていた。
さっきまで泣いていた子供はもういない。その表情はにやにやと人を馬鹿にしている笑みだ。どうやらシドの指示で泣きじゃくる子供を演技していたようだ。
「うっせぇ、ちゃん付けするなクソばばぁ! 余計なお世話だ! お前はこの調子で俺たちの鴨になっていりゃあいいんだよ」
アカシアと同じく薄汚れたボロを纏った小さな少年、シド。
周囲の少年少女たちはシドに付き従うように、控えている。
無力な子供を装って騙す卑劣な行為だ。だが何より気に喰わないことは、命がけで稼いだポイントで買ったものを盗られたことだ。
「おい、クソガキ! お嬢様に向かってなんだ、その言い方は! それに盗ったもの返せ! 今なら穏便に済ませてやるよ」
小さな子供にも遠慮はしない。弱い相手には強気に出る。ハームレスの性格がよく出ている言動である。
「は? お前も俺とそんな年変わらねぇじゃねぇか! 何がガキだよ」
「俺はお前よりずっと年上なんだよ。だから敬え、ひれ伏せ」
「年上が偉いとか、考え方古すぎ。ていうかお前の言う通りなら、年上の癖にチビのままかよ。うわぁ、かわいそ」
「あ、言っちゃったな。それは言ってはいけないことだぞ」
「なんだよ、チビにチビ言って何が悪いんだよ」
「黙れクソガキがぁぁぁ! お嬢様、あのガキ潰すけどいいですよね?」
ハームレスは子供のような見た目を最大限利用している割に、背が小さいことがコンプレックスだ。その逆鱗にシドは触れてしまったのである。
「待ってください! あれはただの子供の軽口です。落ち着いてください」
争いは同レベルの者しか発生しない。
ハームレスがシドの挑発に乗るほど幼稚だとは、予想外だったのだろう。
アカシアは焦っていた。
「やーい、チビ。チビの上に意気地なしも追加かよ」
「あのガキィ……!」
アカシアの言葉でぎりぎり押しとどまる。
いつもは子供の演技をしている分、挑発されたところで本当の自分ではないと割り切れる。だが、今の自分の素をさらけ出している状態で挑発されると、ほいほい乗ってしまう。
「じゃあ、どうするんですか?」
「今は黙って見ていてください」
ナイフがアカシアを傷つける前に対処するのは簡単だ。
だが、アカシアはあえて捕まっているようだ。
その意図がわからない以上、迂闊に動くこともできない。
「おっ。今日は商店街の高級品じゃん! このハート形のストローは意味不明だけどかわいいから、まぁいいや」
さっき商店街で買ったものを見て、シドは満面の笑みを浮かべる。周囲の子供たちもうらやまし気にシドを見ていた。
「こんなことはいけない。この都市でこんなことをしたらすぐ捕まっちゃうよ。今回はユリしてあげる。だからもう人からものを盗むのはやめなさい!」
「こんなところに冒険者がくるかよ! ここに来るのはこの都市にゴミ扱いされてる奴らばかりだ! だからここではやりたい放題なんだよ! 現にこんだけ騒いでも誰も来やしない」
たしかに、ここは見回りの冒険者がいない。
エンカウントがいつ起こるかわからない。だからすべての冒険者は巡回場所が設定されているはずだ。つまり、冒険者がいない場所はないはずだ。
当然、この貧民街周辺にも冒険者は配置されているものと思っていた。だがいない。
それはシドの言う通り、この貧民街にいる人たちが見捨てられているも同然ということだろう。
また一つ、この都市の裏側を知ってしまい、胸糞悪くなる。
「もうお前らは用済みだ! じゃあな! またここ通るときはいいの期待してるぜ」
子供たちは散り散りになって逃げていく。
あらかじめ逃走経路を設定していたのか、姿を消す手際は鮮やかであった。
「怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。それより、今日ハームレス様にお見せしたかったことの一つがあの子たちのことなんです。こんな盗みをずっと繰り返しているんです」
「あの犯罪に手を染める子供が、この都市のさらなる真実ということですか?」
「その一部、です」
「どういうことですか? はっきり言ってください」
アカシアの口止めが最優先事項だ。
だが、その次に気になるのが昨日アカシアが言っていた『この都市のさらなる真実』というやつだ。
協会が犯罪者たちと手を組んでいる以上の事実。考えるだけでもお近づきにはなりたくないが、ある程度把握しないとまた巻き込まれてもたまったものではない。
「私の口で言うより、実際見てもらった方がいいと思います。その方がよりこの深刻な問題を実感できますから」
どうやらまだ明かす気はないようだ。舌打ちしたくなるのを何とか抑える。
「じゃあ、せめて僕に買わせた物を餌にしてまで、あの子たちを僕に見せた理由を教えてください」
明らかに今の出来事はアカシアが意図して作り出した状況だ。
ハームレスにこの現状を見せるためだろう。
「今、この貧民街であの子たちのことが問題になっています。冒険者協会に頼んでも相手にされませんでした」
「みたいですね……」
解決する気があるのなら、ここに冒険者を一人でも配置するはずだ。それでもしないのはハームレスの知らない真実がここには存在するということだ。
「だからあの子たちの問題を解決するのにハームレス様の力をお借りしたいんです」
アカシアが深々と頭を下げてきた。
あのクソガキどもを捕まえたらいいのだろう。だがいくら身体能力が常人とは隔絶しているとはいえ、貧民街はあの子供たちのテリトリーだ。一筋縄ではいかないだろう。
「わかりました。僕はどうすればいいですか?」
「協力、してくれるんですか……?」
顔を上げたアカシアは喜びの笑みを浮かべていた。
「当たり前です。お嬢様の頼みとあればなんなりと!」
ここで嫌そうな態度を見せてはいけない。ハームレスはその顔に薄っぺらな笑みを張り付ける。アカシアの信頼を勝ち取らなければ、ハームレスの本性がばらされ人生終了だ。
「すでに大まかな計画と協力者二人は確保しているんです。ハームレス様がいればこの計画は完璧なものになるでしょう」
「さすがはお嬢様! 僕にもその計画を教えてください!」
「では、その協力者のもとに向かいましょうか」
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