第7話 酒!金!女!

 とある大人の憩いの場であるバー。

 薄暗く、紫の光で照らされたどこか怪しげな雰囲気のする店内。その入り口にあるカウンターに一人の冒険者が訪れていた。


「これはお久しぶりです。ご活躍の噂はお聞きしていますよ。ラフィング様」


 ハームレスを出迎えたのは、黒の燕尾服に身を包んだどこか品のある店員の男だった。


「そんなことはどうでもいいです。早く案内してくれませんか?」

「本日のご指名はどうなさいますか?」

「いつものでお願いします」

「かしこまりました。では新人のキャストに用意をさせますので、あちらのソファーでお待ちください」


 ハームレスはまるで住み慣れた家にいるかのような気楽さで、ソファーに深く座り込みくつろぐ。

 体は念入りに洗い、爪は切った。

 準備万端である。

 あとは新人の娘が来るのを待つだけである。

 ここ最近働き詰めで疲れたハームレスは、このバーに癒しを求めて訪れたのだった。



 ※※※※



「わー! そんなに飲めるなんてすごいですね、お姉さん」

「このくらい普通だよ。かわいいハム君にそんな褒められたら、うれしくなっちゃう」


 ソファーに座っているハームレスの隣には、二十代に行くか行かないかくらいの年齢の女性が座っていた。

 ふわっとした茶色く肩までかかる髪に白のドレスを着た女性だ。

 明らかに夜の商売をしているといった風貌である。

 そんな女性とハームレスは、自分の年齢を偽って楽しんでいた。


「ハム君はお酒、飲まないの?」

「今はまだ飲めないですから」

「あら、そうなの。まだ若いものね。けど少しくらいなら平気じゃないかな。味見だけでもしてみない?」

「じゃあ、少しだけ。でも一人じゃ不安だから、お姉さんも一緒に飲んでほしいな」

「きゃー。わかったわ。お姉さんもがんばっちゃう!」


 女性の黄色い歓声が店内に響く。ハームレスに、いや年下の少年に頼られて、ご満悦の様子だ。


 それが騙されていることにも気付かずに。


 一応、ハームレスはここまで一切嘘はついていない。

 向こうがハームレスの容姿と態度を見て勘違いしているだけなのである。

 背は小さく、くりっとした丸く大きな瞳と愛嬌のある笑顔。その見た目は十四歳くらいの無垢な少年に見えるだろう。

 しかし、ハームレスの実年齢は二十四歳。二十代中盤である。この二十台に届くか届かないかの女性より年上なのである。

 ハームレスはその勘違いをあえて指摘していないだけだったのだ。


「見て、お姉さん! 飲めたよ!」


 ハームレスはガラスの机にある高そうなグラスに注がれた酒を飲んだ。

 もちろん目を瞑り、眉間にはしわを入れて頑張ってる感を出す。正直飲みなれていて物足りないくらいだ。


「わぁ、すごいわ!」

「ご褒美に撫でて撫でて!」


 子供がやると微笑ましいが二十代中盤の成人男性がやっているとなるとその姿は非常に滑稽である。


「え、でも一応この店はお触り禁止だし……」

「僕がお姉さんに触るのはダメでも、お姉さんが僕に触るのは全然大丈夫だと思うよ」

「それもそうね。よしよし、初めてお酒飲めて偉いね」


 女性がハームレスの頭をなでる。

 ハームレスは心地よさそうに女性の手の感触を楽しんだ。

 何度も訪れているからこそアウトとセーフの境界線はよく把握している。

 客側から強引に女性へと触れるのは禁止されているが、女性側から触る分にはある程度許されている。グレーな部分ではあるが。

 見た目はすごくアウトであってもその実、禁止されていることは一切していない。

 ここまですべてハームレスの計算の内である。


「お姉さんの手、すごくあったかくて気持ち良い!」

「あら、うれしいこと言ってくれるわね」


 女性も本来だったら、こんな危ない橋は渡らない。だが、新人でアルコールもだいぶ摂取しているため判断能力が落ちている。

 そこにハームレスはつけこんでいるのである。

 見た目は子供だが、やっていることは悪いオヤジそのものだ。

 もちろん一線を超えない程度の理性はある。超えてしまえば面倒臭くなるからしないというのが本音であるが。


「ねぇ、もっとお酒飲めたら、抱きしめて欲しいな」

「え、それはさすがに……」

「だめ? 僕のお母さん、いなくなって抱きしめられたことないんだ。お姉さんのやさしい雰囲気がお母さんに似てて、つい甘えちゃった。ごめんなさい」


 ハームレスは俯いて、目を潤ませながら言った。迷演技である。

 だが今回の新人女性はそんな迷演技に感動して母性をくすぐられてしまったようで、涙を流していた。いい娘である。

 そんな新人女性を見て、ハームレスは「イけるな」と口元に小さな笑みを浮かべて呟いた。外道である。


「いいわ。お酒なんて飲まなくても大丈夫。お姉さんがたっぷり甘やかしてあげる!」


 ここで涙を流すのを忘れない。


「お姉さん!」


 ハームレスが女性の豊満な胸に飛び込もうとした瞬間、頭を鷲掴みにされた。

 ミチミチと音を立てる。冒険者としてかなりのレベルを誇るハームレスが「うぎゃあ」と苦痛の悲鳴を上げた。


「え?」


 ハームレスの頭を鷲掴みにしたのは黒のドレスを着た女性だった。

 艶やかな黒く腰まで届く長髪に、宝石みたいな紫色の瞳が印象的で美しい。

 そんな美しい瞳は侮蔑の色に染まっていた。


「アヤさん、ここはいいからもう行ってください」

「え、でも……」


 客の頭を鷲掴みにするという前代未聞な光景にアヤと呼ばれた新人は戸惑っていた。


「お触りは禁止だったのでは?」

「キャストからならいいのよね? ハム君」


 明らかに旧知の仲を臭わさせるハームレスと黒いドレスの女性。

 この異常事態に新人のアヤは脳内処理が追い付かずに混乱していた。


「いいから。この生ごみは処理しておきます。別のお客様の相手お願いします」

「わ、わかりました! 先輩」


 何か得体のしれない圧力に圧倒されて新人は逃げるように店の奥に行ってしまった。

 そして、ようやくハームレスは鷲掴みから解放され、ソファーに座る。さっきまでのお行儀の良い座り方ではなく、足を組んで手は広げていた。

 途端に悪くなる態度に、黒いドレスの女性はまったく気にしていなかった。


「出勤日だったのかよ、オトギリ。表には名前が書いてなかったのに」


 オトギリはハームレスが店で新人の娘と仲良く飲むといつも邪魔、もとい警告をしてくる女である。もちろんオトギリは本名ではなく源氏名、この店にいるとき限定の名前である。

 その見た目は極上だ。豊満な胸にくびれた腰つき。妖艶な雰囲気の美女。人気が出ないはずがない。にもかかわらず毎回ハームレスのところに来る。

 性格が最悪で客から敬遠されているのだろうとハームレスは睨んでいる。仮にも客にこんな毒舌を吐くくらいなのだから。


「臨時よ。予定にはなかったけど、今日はあんたが来るような気がしたから。新人を毒牙から守るために仕方なくね。それと聞きたかったんだけどいつからあなたのお母様はいなくなったことになったの?」

「嘘はついていない。父親が一層に出張中で一緒に出て行って今は家にいないからな。それに物心ついてからは抱きしめられたことなんてない。むしろ母親に抱きしめられるなんざ、死んでもごめんだね」

「相変わらず、小賢しい知恵だけは回るのね。それに私と同い年の二十四歳のくせして、何も知らない年下の娘にハム君とか呼ばせるなんて。まるで若い女をいやらしい目で見るオヤジみたいね。ていうかあなた年上が好みじゃなかったの?」


 正確には豊満な体……どことは言わないが好みだ。それと自分を甘やかしてくれる包容力のある女性がいいのだが、それを言うと必ず追い打ちが来るから黙っておくことにした。

 

「うるせぇ。俺の好みにまでいちいち口出しすんな。お前のせいでいい気分が台無しだ。とりあえず飲む」


 グラスに口をつけたが、空だった。

 さっき飲み干したのを忘れていた。酒のボトルに手を伸ばそうとしたら、オトギリがグラスに酒を注ぐ。

 グイっと一杯飲み干して、ぷはぁ「うまい!」と全力で酒を楽しんだ。


「もしかして、何かあったの?」

「あ? なんだよ、突然」

「ハムがやけ酒をしたり、このバーに来るときは決まって憂さ晴らしでしょう。それに今日は一段と女の子への要求が悪質だったし」


 全部見ていたお前の方も陰険だがなとは思っていても言わない。


「いやだ。言いたくない」


 絶対大笑いされるからである。

 そんなハームレスの態度に何か勘づいたのか、にやりといやらしい笑みを浮かべる。


「言いなさい。でないと、新人の娘の胸に飛び込もうとしてたことオーナーに言うわよ」

「卑怯だぞ……。仮にも俺は客だ。脅したり、そんなに口が悪いのはどうかと思うが」

「なんとでも言いなさい。それに口が悪いのはハムの前だけよ。他のお客様の前では礼儀正しいオトギリさんで通ってるわ。それにあなたの前では私自身を偽らなくて良いって言ったのはあなたよ」


 そういえば、遠い昔にそんなことも言ったような気がする。

 ハームレスは昔の自分を恨みながら、今日の出来事を話し始めた。


「見られたんだよ」


 今日の昼間の出来事を思い出す。

 変な組織の女に本性をさらしたのはいいとして、まさかあんな年下で貧乏そうな少女に見られたのは痛恨の極みである。

 挙句の果てには脅迫される始末。


「最悪だ」


 アルコールが入った勢いのまま、ストレス発散のために話した。

 もちろん、この都市の闇だったり暗躍している組織のことをぼかす程度の理性は残っている。


「あはははは! 何それおかしい! 普段、年下の娘を弄んでるハムが逆に弄ばれるなんて」

「一つ訂正だ。俺は女の子を弄んでいない。互いに幸福な夢に浸ってるんだ。ウィンウィンの関係っていうやつだ。はぁ。絶対そういう反応すると思ったよ。だから話したくなかったんだ」

「で、脅されて何を要求されたの?」

「妙なこと言ってたからよくわからん。協力してほしいことがあるとは言ってたけどな」


 この都市のさらなる真実とか厄ネタに決まってる。どうしてこうなった。


「嫌なら、逃げる?」

「はぁ? 論外だ。逃げたら今まで冒険者になって積み重ねてきた努力が全部無駄になる。それに冒険者なんて他につぶしが効かない。他業種に再就職は難しいだろうな」


 オトギリは真面目な顔をして、ハームレスの手を握ってくる。


「悪くないと思うわよ。それに提案した以上私も一緒についていくわ」

「は? それって……!」


 駆け落ちだ。

 宝石のように美しく、妖艶な輝きを見せる紫紺の瞳がハームレスを真っすぐに見つめてくる。その表情には今までのよう冗談めいた笑いは一切なかった。

 オトギリと二人で駆け落ち。

 そんな甘い生活にはならないだろう。けど、退屈しない気の置けないやり取り。ほとんど唯一といっていい本性をさらけ出せる女性。

 たまにこういう甘い空気も出してイチャイチャする。

 それに容姿はハームレスの好みそのものだ。

 あれ? 駆け落ちも悪くないのでは? 


 ごくりと息を飲む。


「私は本気よ……」


 オトギリの顔がどんどん近づいていく。距離が縮まるにつれ、ハームレスの心音は高まっていく。


「オトギリ……」


 そして、ハームレスは頬を両手で摘ままれた。


「だらしない顔。もしかして期待しちゃった?」


 オトギリが悪戯成功と言わんばかりにくすくすと笑う。


「わかってたよ。どうせいつものだろ。俺を玩具にして笑いものにするってやつ」


 わかっていたが、容姿だけは最高なこの女にこんなことを言われてドキドキしない男はいない。


「ねぇ、それよりその脅された人と会う前にも誰か他の女性と会ってたって言ったじゃない?」

「ああ。けどそいつにも本性晒したけど、問題ねぇよ」

「へぇ。どうして?」

「全身黒で顔を隠してたんだぞ。絶対犯罪者に決まってる。ていうか女って言ってたか、俺?」

「い、言ってたわ。スタイル抜群のいい女だって」


 妙に慌てた様子だ。何かあるのか? と思考を深くしようとするがうまく頭が働かない。アルコールで頭がぼんやりしてきた。


「ま、いいか。それにしても変な女だったな」

「何よ? どこが変だっていうのよ?」


 なぜか怒ってる。面倒くさい。


「妙に話しやすいというか。相性が良かったというか。話してて退屈しない女だったな」

「そ、そう?」


 今度は上機嫌で照れている。本当に女の機嫌というものはわからない。噂に聞く山の天気並みの変わりようだ。ここは地下だから地上の山なんて行ったことはないのだが。


「ああ、そうだ! 一番面白かったのは明らかに正体隠してます、ていう風貌なのに自分の正体を明かしていくスタイルだったのはここ最近で一番笑ったわ。それにくまさんパジャマなんて着てるし。暗殺者なんて言われても緊張感のかけらもねぇわ」


 げらげらと爆笑していたら、鳩尾に一発殴られた。


「おげぇ……。な、なんで?」

「なんとなく、いらついた」


 理不尽すぎる。それに意味不明だ。よく女は自分が怒っている理由を察してほしいなんて言うが、これでは無理だ。S級に昇級するより難しいだろう。

 だが、酔っていてもさすがにここまでされたら少し、察するものがある。


「もしかして、お前とあの組織の変な女……」

「はぁ? 知らないわ。そんなスタイルよくて話しやすくて美人で完全無欠。けど謎の組織に入ってるミステリアスな暗殺者のことなんて全く知らないわ!」


 随分とご存じのようで。

 これで確信した。間違いない。


「オトギリ。やっぱりお前……」

「知らない知らない! 私は男たちの汚い欲望を受け止めるしがない夜の女! 暗殺なんてするわけないわ!」

「あの女と知り合いだな?」


 オトギリは目をぱちくりと瞬きして、沈黙する。


「もしかしてハズレ?」

「せ、せせ正解よ! よくわかったわね!」


 何か腑に落ちない。妙な慌てぶりだ。だが、気にしないことにした。正直、問題はあの貧乏金髪少女のほうだ。くまさんパジャマの自称暗殺者女などどうでもいいのだ。


「そうなのか」

「な、なによ? なんか文句でもある?」

「いや、ないけど」


 すでにさっきまでの妖艶で余裕のある美人な夜の女という雰囲気からは大きく離れてしまっていた。

 この反応はおそらく他の客には見せていないオトギリの間抜けな一面だ。こんな美人な女が自分にだけ見せる顔があるというのは少し優越感がある。

 そして、そのドジな部分がかわいいということは死んでもハームレスは口にしない。

 恥ずかしいからである。


「この話はおしまい! せっかく久しぶりに来たんだからもっと飲みなさい! ほらもうグラス空じゃない! ボトルキープしてたお酒飲む?」

「お、おう」


 謎の勢いに負けて、うなずいた。

 確かに、どうでもいい話だ。今日は脅された憂さ晴らしに、ここへ来たのだ。新人の女の子に甘えられないなら、酒で発散するしかない。


「くそっ。それにしても面倒くさいことになった。今日はとんだ女難の一日だったな」

「女難って、その脅してきたっていうのは女の子なの?」

「ああ、そうだよ」

「その娘はかわいいの?」

「あ? なんだよその質問。意味わかんねぇ」

「いいから答えなさい」


 またこれだ。しかし、さっきとは違って少しまじめな雰囲気だ。


「煤だらけでかわいいかなんてわからねぇよ。そういえば、目鼻立ちは整ってたな」


 不覚にも押し倒された時に服の隙間から見えてしまった白い双丘を思い出してしまって、顔が赤くなる。


「っ!」


 首を大きく振って、今の記憶を振り払う。オトギリはそんな様子のハームレスを見て、まるでゴミを見るような絶対零度の視線をハームレスに向けていた。


「へー、ふーん。そう……」

「だから今日はむしゃくしゃしてるから朝まで飲むぞ。もちろん、付き合ってくれるよな?」


 突然、話を向けられてキョトンとするオトギリ。

 今の言葉でなぜか機嫌がよくなったのか、やさしく微笑んだ後にため息をついた。


「しょうがないわね。けど私は高くつくわよ」

「B級冒険者様をなめるなよ」


 こうして、ハームレスの激動の一日は幕を閉じた。

 尚、翌朝請求書を見て、気絶しかけたのはまた別の話。



 ※※※※



 ハームレスがオトギリと飲んでいる様子を遠くから見るキャストが二人いた。


「あの、先輩。あのハムって人、この店では有名なんですか?」

「ハームレス君のこと? 有名よ。いろんな意味で」


 くすっと含みのある笑みを浮かべたのはこの店で中堅のキャストだ。


「まさか、あの人が私より年上なんて信じられませんよ。すっかり騙されちゃいました」


 アヤは騙されたことに対して不満そうだった。


「懐かしいわ。私も新人の時にああやって騙されたものよ。新人が絶対に通る道ってやつね。けどアヤもまだまだね。騙されること自体も楽しまなくちゃ」

「えー。私は騙されるの嫌ですよ」

「悪意のある嘘は嫌よ。けど彼に騙されるのならいいわ」

「え? 先輩、あの人のこと好きなんですか?」


 アヤは少し引き気味に言った。


「そんなわけないじゃない。そうね。ハームレス君はやさしいのよ」

「やさしい? 人を騙す人が優しいわけないじゃないですか。それに私の胸をいやらしい視線で見てましたし」

「男が女にいやらしい視線を向けるのは当たり前よ。他のお客様の方がひどいまであるわ。そんな視線を受け止めて発散させてあげるのが私たちの仕事よ。もちろんお触りされたらそれ相応の報いは受けてもらうけど」

「私は触られるどころか顔を埋めてこられそうになりましたけど」

「それは互いに同意がある場合よ。ハム君は絶対に強要はしない。それに騙されてる間は心地良い夢を見られたでしょ?」


 アヤはハームレスに騙されている間のことを思い出した。


「たしかに、かわいくて抱きしめてあげもいいって思うくらいには楽しんでましたけど」

「そうでしょ? あの子は私たちに夢を見させてくれるの。互いに幸せになれる夢をね。この店は夢を見せる場所。嘘か本当かは重要じゃない。お客様に心地よい夢を見せるのが私たちの仕事で。その上で私たちも幸せな夢を見られたら、それはとても素敵なことじゃない?」


 なるほど。だから騙されても楽しいというわけか、とアヤは納得した。


「でも、やっぱり胸は嫌です」

「あはは。そうね。たしかに今日は少し強引だったかも」

「笑い事じゃないですよ。というかあの二人朝まで飲むって言ってません? それにあの雰囲気。付き合ってるんですか?」


 端から見れば、ハームレスとオトギリはとても親しそうな雰囲気だ。互いにため口で遠慮がない。それでいて、楽しそうに話している。


「いい? ここだけの話よ。あの二人は昔付き合ってたのよ」

「え! 嘘! あの男っ気一つない冷酷無慈悲の完璧女王オトギリ先輩が?」

「なにその女王って」

「私が先輩の普段の雰囲気からあだ名をつけました。あ、でも貶してる訳じゃなくて、とても尊敬してるんですよ。滅茶苦茶仕事ができるし、気配りのできる人ですし」

「先輩にそんなあだ名考えるなんて、あなたも十分すごいわ……。私はどんな名前を付けられてるのかしら。そこはかとなく不安ね」

「そんなことはどうでもいいです。で、あの二人が付き合ってたってどういうことですか。詳しく!」


 アヤは目を爛々と輝かせて迫った。


「あー、その話はまた今度ね。私、そろそろお客様のお相手しなくちゃ」


 アヤの背後を見て、中堅の先輩キャストは足早に逃げて行った。

 突然態度を変えられて、不思議に思っていると後ろから声をかけられた。


「こんなところでサボりなんていい度胸ですね」

「え?」


 後ろにいたのはさっきまでハームレスと話していたはずのオトギリだった。

 にこりと笑ってはいるが、目は笑っていなかった。


「あの、先輩はハム君と飲んでいたはずじゃあ……」

「ハム君?」

「は、ハームレス君!」


 アヤが見ると、ハームレスはソファーで横になって酔いつぶれて寝ていた。誰が被せたのかちゃんと毛布がかかっていた。


「随分好き勝手言ってくれてたみたいですね」

「あ、あの……。違うんです。全部冗談、みたいな?」


 てへ、と舌を出して笑っているが冷や汗だらだらである。

 

「大丈夫ですよ。ただそんなにおしゃべりではお客様に迷惑をかけるかもしれません。もう一度、そのおしゃべりな口を調教しなければなりませんね」

「いやです! やめて、助けて!」


 アヤはオトギリに首根っこを掴まれて連れ去れた。

 その後、アヤを見た者はいない……こともないが、憔悴しきってオトギリに従順になっていたという。




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