第6話 やさしい冒険者が脅されるような弱みを持つはずがない
「変な黒い恰好をしたお姉さんと話している時からです」
背丈はハームレスと同じくらい。貧乏なのかしらないが、ボロを纏っている。とにかく汚い。けど不思議と良い香りが漂っている。
顔と腰まで届くほどの長く伸び放題の金髪は煤まみれだ。
そんな明らかに貧乏臭を放つ少女に全部見られていた。
「あ、いや、あの、これは……」
ハームレスはうずくまって顔を隠し、「うわあああああああ」と叫んだ。
滅茶苦茶恥ずかしい。
今は本性を見られてまずい状況なのはわかる。だけどとにかく恥ずかしい。
一人で悦に浸って高笑いしているところを見られたのだ。
これはあと一か月くらい立ち直れない。
叫ぶことでとりあえずこの恥ずかしさを紛らわした。
今は本性を見られたことに対処しなければならない。
だが、実のところそんなに緊急事態ではない。
ハームレスは改めて少女と向き合った。
「あ、よかった。突然座り込んでしまわれたので、怪我をしたのかと心配しました」
金髪の少女はほっと胸をなでおろした。
「不覚だ。汚すぎる見た目だったから気付かなかったか。だけど問題ない。こいつに言いふらされたところでどうとでもなる」
明らかな低ポイント所得者。少し、釘をさすだけで十分だろう。それに多少のポイントを渡したらいいし、いざとなれば力づくで口を塞げばいい。
「なんの話ですか?」
ハームレスの下種な企みも知らず、無垢な青い瞳でこちらを覗き込んでくる。
「一つ聞かせろ。どうしてのぞき見なんてしてた?」
「やさしい冒険者であるハームレス様にお頼みしたいことがありまして」
「はぁ? やさしい? お前の目は節穴かよ。意味わかんねぇ」
英雄の後継者になってから随分有名になったものだ。
打算だらけな上に本性を隠して善人面で人に近づく。悪者扱いではなく、ハームレスは間違いなく悪者だ。
「気分を害したなら申し訳ありません」
「まあ、あんたの目的がどんなことでもかまわないけど、今の出来事を言いふらすなよ。言いふらしたら、どうなるかわかるよな?」
「どうなるんですか?」
キョトンとした顔だ。脅されていることもわかっていないのだろう。
この少女に口封じは必要ない。貧乏そうな見た目をしているということは低ポイント所得者だ。ポイントが少ないということは他人にやさしい行為をしていないという証明ともなる。つまり、低ポイント所得者というだけで世間からは信用されない。
信用のない人間にいくらハームレスの本性を吹聴されようが関係ない。誰も信用しないから。火のないところに煙は立たないというが、煙さえ立たない。
「お前が知る必要はねぇよ、貧乏人」
もはやここにいる必要はない。
少女から踵を返し、立ち去ろうとする。
「待ってください! あ」
少女は躓いて体勢を崩してしまう。反射的にハームレスは助けようとするが巻き込まれてしまう。
ハームレスは地面に仰向けに倒れ、少女はその上から覆いかぶさる体制となってしまう。
「ごめんなさい」
なぜか馬乗りのまま少女はじっとハームレスを見つめる。
ぶかぶかのシャツを着ているせいだろう。下着もつけていない白く慎ましやかな双丘が露になっている。大小に貴賤はないと思っているが、大きい方が好みのハームレスは動じない、はずなのだが異様に心拍数が高くなる。
童貞だからというわけでは断じてない。
それに別の意味でもやばい状況となった。
胸元から垂れ下がった金色の十字架が原因だ。
「その十字架は?」
「これですか? 何かあった時に使えるからと持たされているんです。私はいらないと言ったのですが、強く勧められたので仕方なくいただきました」
この都市の法を敷いているのは教会だ。絶対的な権威を誇っている。その教会が、信用できる限られた人物にしか渡さないと言われているのが、この十字架である。信用できるということは高ポイント所得者ということである。
この貧乏くさそうな見た目とは裏腹に、この金髪少女は社会的地位が高いどこかのやんごとないご令嬢であるということだ。
なんでもないと思っていた状況が、一転した。
この金髪少女がハームレスの本性を言いふらした瞬間、ハームレスはすべての社会的信用を失ってしまうのだ。
どんどん顔が真っ青になっていくことが自分でもわかる。
「すいません。いつまでも上にいたらつらいですよね」
少女は急いでハームレスの上から離れる。
ハームレスは茫然自失の状態から回復できずにいた。
「あの、大丈夫ですか? どこか怪我をされてませんか?」
「あ」
少女が心配そうにのぞき込んでくる。それで飛んでいた意識が戻ってきた。
「すいませんでしたぁ!」
迷わず土下座した。弱者は徹底的に見下すが、強者に対しては靴を舐めるのも辞さない。それがハームレスの処世術だ。
「え、え?」
今まで冷たい態度を取ってきた相手が突然土下座してきたから、少女は混乱していた。
「このハームレス・ラフィング、一生の不覚です! お嬢様の高貴さを見抜けず、失礼な態度を取ってしまいました。私にやれることならなんでもします。ですので、どうかお許しを!」
「あの、頭大丈夫ですか?」
別に少女は馬鹿にしているわけではない。あまりの態度の変わりように、本当に頭を打ってないか心配しているのである。
だが、そんな純粋な心配もハームレスには届いていなかった。
ハームレスには『調子乗ってたくせに、謝った程度で許してもらおうなんて虫が良すぎじゃねぇの? 舐めてんの?』と聞こえているわけである。
「そう、ですよね……。わかりました。なら私なりの覚悟と誠意をお見せいたします」
「え?」
ハームレスは少女の足元に這いつくばる。
少女は素足であった。そのため、足は傷だらけで黒く汚れていた。
そんな足をハームレスは舐めた。ハームレスは権力者の靴を舐めて成り上がった。これがハームレスの得意技である。もちろん靴舐めは比喩であり、まさか本当に足を舐めることになるとはハームレス自身思いもしていなかった。
ただ、いきなり豹変した相手に足をなめられた少女の反応は言うまでもない。
「い、いやぁぁぁ!」
少女の素足がハームレスの顎にクリーンヒットする。冒険者として一般人とは隔絶したステータスでありながら、大ダメージを受ける。
ハームレスは地面に倒れこみ、しばらく痛みに耐える。
「す、すいません! 思わず蹴ってしまいました。大丈夫ですか?」
いきなり足を舐めてきたひったくり犯を心配する少女もお人好しの変人であった。
しかし、ハームレスはそれをも超える変態であった。
痛みが引いたタイミングで、勢いよく起き上がり、一言。
「ありがとうございました!」
足を舐めて、顎を蹴られたにも関わらず、満面の笑みで感謝した。この都市でハームレス以上の変態は存在しないだろう。そう思われても不思議ではない。
「それは……よかったです」
さすがのお人好しの少女も顔を引きつらせていた。
「素晴らしい蹴りでした! そんなお嬢様のお名前を教えてくださりませんか?」
「アカシア・カクタスです……」
「アカシアお嬢様! 先ほど私をお呼び留めいただきましたが、何かあったのでは? ぜひこの私めにお申し付けください!」
「いえ、結構です」
当然の帰結である。こんな変態に頼みごとをしたいと思う人間はいない。
「そんなことを言わずに! 必ずやアカシアお嬢様のご期待に応えて見せます! ですから、どうか! 私めに! なんでもしますから! さっきの頼み事も喜んで引き受けさせていただきます! だからさっきのことは誰にも言わないでください!」
断られても食らいつく。なにせ、ハームレスも切羽詰まっているのである。ここでアカシアに去られて、本性を吹聴されたら破滅だ。
だから、アカシアのご機嫌を取る必要がある。
退路はない。
再び足を舐めようとする。
「わかりました! わかりましたから、それはやめてください! あと普通に話してください!」
「そうですか?」
ハームレスも好きでやっているわけではない。だが、こうでもしないと不安なのである。不服そうに引き下がる。
「で、何をすればいいですか?」
ハームレスは、これでやっと許されたと一息つく。
「あの、ハームレスさんはさっきこの都市の真実を知ったんですよね?」
この都市の真実。協会と犯罪組合の癒着。さらには協会に敵対する組織。完全平和都市と名乗っておきながら、三つの組織が複雑に絡みあう歪な社会構造のことを言っているのであろう。
「そうですね」
「けど、それだけがこの都市の真実ではありません。やさしい冒険者であるハームレス様には、そのさらなる真実を知っていただきたいのです」
打算塗れのハームレスがやさしいかはともかくとして、さらなる真実というのは気になる。ごくりと唾を飲み込む。厄ネタの臭いがするが、従わざるを得ない……。
「知るだけですか?」
「いいえ、他にもご協力していただきたいことがあります」
「わかりました」
厄ネタなんて知りたくもない。だが、自分の本性がさらされ、すべてを失うわけにはいかない。ハームレスは覚悟を決めた。
「では後日、またこの場所でお会いしましょう。その時にこの都市のさらなる真実をお伝えいたします」
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