第5話 本性
「入らないなら、死んでくれ」
魔王の技術の産物。ハンドガンが火を噴く。
が、その前に光の一閃が銃を天高く弾き飛ばした。
「うわぁ、面倒くさいのが来ちまった。どうやって嗅ぎつけたんだか、組織の犬っころ」
A級暗部が心底嫌そうに顔を歪めた。
その目線の先にいたのは、奇妙な女性だった。
黒のコートに白一色の面を被っている。なぜ女性とわかったかというと、コートでは隠しきれない抜群のスタイルだったからだ。豊満な胸に、くびれのある腰。身長も高く、子供程度の身長であるハームレスより一回り大きい。
「わおーん。わんわんわん! ……って私は犬じゃないわよ! 何やらせんのよ、協会の猫が!」
「誰もそんなこと言わせてねーよ。それに犬って言われたのが気に喰わないから猫って言い返す奴初めてだわ」
そう言いつつ、A級暗部は家屋の屋根に飛んだ。
「逃がさない!」
銃弾がハームレスめがけて火を噴く。しかし、黒コートの女がそのすべてをナイフではじき落とした。
「おい、ハームレス! ちなみに、入らなかったら死ねっていうのは冗談だ! 英雄様はお前を気に入ってるみたいだからな! じゃあな!」
意外にも逃げたA級暗部を黒コートの女は追わなかった。
「これでわかったでしょ? 協会が、いえ。この都市が真っ黒だってこと。あなたが信じていた完全平和は偽りの平和にすぎないのよ」
女の言う通りだ。その事実はハームレスにとって衝撃だ。たとえハームレスじゃなくとも、この都市に住むものならだれでもそうだろう。
だが、それよりも気になることがある。正直、そのせいで話すどころではないのだ。この都市の真実より気になること。それは……。
「あの一つ聞いて良いですか?」
「何? 美女暗殺者である私の正体?」
「自分が暗殺者であるとカミングアウトしているのはともかくとして。どうして寝間着なんですか?」
黒いコートの下にはピンクでかわいいくまさん柄のパジャマを着ていたのだ。
「こ、これは! 私は夜職なの! 慌てて準備したから着替える暇がなかったの!」
完全平和都市の真実はたしかに衝撃的だった。だが、それでも真剣な話をしている時に相手がピンクのくまさんパジャマを着ていたらツッコまざるを得ない。
そして、どんどん自分の情報を晒していくスタイル。
この女を暗殺者にした奴は見る目がないのではと思わざるを得ない。
「話を戻しますけど、偽りの平和だったからなんですか? たとえ、それが真実だったとしても僕を助ける理由にはなりませんよね」
女は必死にコートの前を閉じて、くまさんパジャマを隠した。
なんとか体裁を整えようと必死だが、真っ赤な顔がそれを許さない。
「いいえ。あなたは怨敵英雄の後継者。なら、その後継者を味方につけることはわが組織の利益になるわ」
「組織?」
「私たちは犯罪者と手を組む協会と教会に反旗を翻した者たちの集まり。そして偽りの平和によって犠牲になってきた者たちを支援する。それが私たち組織よ」
「組織の名前はないんですか? なんか覚えにくいんですけど」
「名前はないわ」
「どうしてですか?」
「ない方がかっこいいもの」
「馬鹿なんですか?」
「ば、馬鹿とは何よ! ハムの癖に生意気よ!」
初対面のはずなのに妙に話しやすい。
しかもこの変な女も遠慮のかけらもない。
「で、その組織の暗殺者様は僕を勧誘するために助けた、と。僕が敵対するとか考えなかったんですか?」
「だってあなた優しいし。それに暗部の誘いを断ったじゃない」
暗部の誘いを断ったことがハームレスのことをやさしいと判断した理由らしい。これは傑作だ。勘違いも甚だしい。
相手を馬鹿呼ばわりなんてハームレス・ラフィングはしないのに。
この女と話しているとどうにも調子が狂う。
だめだ、もう我慢できない。
「く、くくくく……。ははははははははははっ! お、俺がやさしいとか、受けるぅ!」
普段の冒険者仲間の前では絶対に見せないであろう笑い。
この笑い声には明らかに相手を嘲笑する意味合いが込められていた。どんな人間でも侮辱されていると気づくだろう。
だが、今まで動揺気味だった組織の女の声は冷静だった。
「あなたはやさしい。それの何がおかしいの?」
「まずさぁ、初対面の人間の癖に俺の何がわかるの? もしかして監視とかしてた? 俺の外面に勘違いしちゃったかなぁ?」
「そうね、そうかもしれない」
「だったらざぁんねぇんでしたぁぁぁ。俺はまごうことなきクズでぇぇぇすぅぅぅ」
「そう。あなたはクズなのね……」
組織の女の声には悲壮感が込められていた。どうやらショックを受けているようだ。
ハームレスの狙い通りである。
「そうだよ。俺が暗部入りを断ったのは優しいからなんかじゃねぇ。面倒くさいからだ。だって考えてみろよ。暗部に入ったら犯罪者の尻拭いとかするんだろ? それに魔物と戦う以上に危険なこともやらされるだろうよ。ぜっっっったい! やだね!」
「でもそれ以上に、報酬がいいはずよ。あなたが本当にクズならその莫大な報酬を得るチャンスを蹴るかしら? しかもばれても罪には問われない。なにせ、協会と教会公認なのだから」
この女は意地でもハームレスを善人ということにしたいらしい。だったらとどめを刺してやろう。ハームレスは意地悪く笑った。
「今まで作ってきた礼儀正しく、かわいくてやさしいハームレス・ラフィングちゃんというブランドイメージが壊れちまう。我慢して大切に積み重ねてきたブランドイメージを壊すなんて絶対しない。だから、お前のところの組織に入るなんて論外だ!」
「そう……。じゃあ今日のところは諦めるわ」
なぜか女はハームレスの言ったことを全く信用していない。
何が、この女をここまで確信させているのだろうか。それは少し気になるところではあるが、厄ネタには近づかない。
それがハームレスの処世術だ。
「おう、帰れ帰れ」
「じゃあ……またね。ハム」
組織の女は一瞬で目の前から消え去った。
普通なら、どんなに速くても移動で地面を蹴る時の音くらいはするだろう。だが、完全なる無音だった。何かのスキルだろうか。いろいろポンコツを晒していたが性能は本物らしい。
「俺がやさしい? ありえない」
人にやさしくしているのは見返りを求めているから。
現に、今日なんか労せず魔物討伐の手柄を手に入れられた。これも普段からやさしい演技をしているからこその報酬である。
冒険者はイメージが大事だ。やさしい冒険者を演じることにより、依頼が舞い込む。
危険な役割である回避型タンクをやっているのも打算からだ。
タンクは危険だと思われているから希少だ。だからこそ、協会は積極的に育てようとする。サポートも充実していた。他の冒険者もタンクが危なくなったら優先して助けに来る。
「優しい人間は、真の英雄はやさしさに見返りを求めない。こんな打算まみれの俺がやさしいとかおかしすぎだろ」
また組織の女の言葉を思い出すと笑いがこみあげてくる。
「くくく、あはははははは! ……は?」
ハームレスの表情が固まった。
突然目の前にぼろを纏った薄汚い少女がいたのだ。
「何か楽しいことでもあったんですか?」
誰もいないことは確認したはずなのに、なぜかいる少女。これは面倒なことになったかもしれない。
「……いつからいましたか?」
「変な黒い恰好をしたお姉さんと話している時からです」
つまり本性を見られたということ。
これはどうしたものだろうか。
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