第4話 完全平和

「それにしてもずいぶん時間がかかっていたねぇ。まさか呑気に茶飲み話に花を咲かせていた、なんてことはないだろうねぇ? それとも忘れてた、とか」

「そ、そんなわけないじゃないですか」


 特に理由はないのだが、ハームレスが視線をそらす。

 その目を老婆……ではなくピチピチのレディが覗き込んできた。


「ま、感謝はしておこうかね。一応ここまで運んでくれたんだから」


 ハームレスは魔物を倒してから、急いで荷物持ちに戻ってきた。そして、無事荷物を運んで今はあまり人気がない住宅街にいた。高齢者の自宅前だ。

 魔物を倒してから飲みに行く相談をしていたのは秘密にしておこう。


「いいえ。どういたしまして」


 相変わらずの上から目線であるが、感謝の気持ちは素直にうれしい。


「それにしても最近の若いもんはだめだね。こんなピチピチのレディが困ってるってのにみんな無視して行っちまう」

「かもしれません」


 やさしさがポイントとなる世界。

 みんなが優しい行為をすると考えるのは大間違いだ。

 やさしい行為の中でも稼げるやさしさと稼げないやさしさがある。

 この荷物運びは、稼げないやさしさである。

 ドミネイターを確認すると入ったポイントはたったの300ポイント。子供の小遣い程度だ。


「やさしさが目に見えても、人はやさしくなれないのかもしれません」

「ま、あんたみたいなのがいるなら少しはマシだろうさ」


 この老婆が思う程、ハームレスはやさしくはない。

 ほんの少し罪悪感を覚える。


「では行きますね」


 ハームレスがその場を立ち去り、冒険者協会へと向かって少し歩きだした時だった。


「泥棒! 誰か捕まえておくれ」


 フードで顔を隠したひったくり犯が老婆の荷物を盗んでいったのだ。


「え?」


 あまりの光景に呆気にとられた。

 盗みという行為に驚いたのではない。あまりに無謀なことをしているから驚いたのだ。ここは完全平和都市。例外はあるが、完全平和と言われる程度には犯罪の難易度が高い。

 エンカウントのために都市中にいる冒険者たち。その冒険者が手に負えなければ、英雄が確実に捕まえる。

 検挙率驚異の99パーセント。もちろん日の目を見ない犯罪は隠れているのだろうがハームレス自身実際に被害者の声も聞いたことがない。

 もっとリターンの大きい犯罪だったら理解はできる。

 だが、盗みはリスクとリターンが合わない。

 老婆の荷物という少しの報酬のために、多大なリスクを冒す。意味不明すぎた。


「待て!」


 意外とすばしっこく、しばらく追いかけっこになったが捕まえることはそう難しくなかった。体当たりして、地面に組み伏せる。

 動きや身のこなしからして盗んだフードを被ったひったくり犯は一般人だ。

 魔物と日々戦闘を行う冒険者であるハームレスから逃げきることなどできない。


「離せ! てめぇ冒険者だろ! どうして俺を捕まえんだよ!」

「何を意味不明なことを言ってるんです! 盗みを働く犯罪者を見逃す冒険者がどこにいるっていうんですか!」


 妙なことを口走るフードのひったくり犯に手錠をつけて拘束する。


「へっ! そんなことをしても俺のスキルがあれば! あれ? 発動しない……。どうして!」

「この手錠は特別製でね。ポイントによる身体強化とスキルを封じるんですよ」


 つまり歴戦の冒険者ですら無力化してしまう恐るべき拘束器具だ。

 かわりにスキルによる干渉も断ってしまうため、一長一短の代物でもある。


「ちくしょう! なんだっていうんだよ!」

「あなたこそ、よくこの完全平和都市で盗みをしようとなんて思いますね。しかも冒険者である僕の目の前で! 見逃すわけないじゃないですか! さぁ、大人しく冒険者協会までついてきてもらいますよ!」


 組み伏せていたひったくり犯を立ち上がらせ、連れて行こうとした時だった。

 

「悪いがそれは置いていってもらおうか」


 ハームレスの後頭部に固いものが当てられる。

 ハンドガンだった。


「この犯罪者の仲間、ですか?」

「いいや、ちがう」


 全く気付けなかった。

 犯罪者に集中していたとはいえ、一般人より強化された五感を持つハームレスに気付かれないように背後を取るなど常人では不可能だ。となると、そんなことをできる人間は限られている。


「ハンドガンなんてものを持っている。しかもその鎧は魔物の素材でできている。あなた冒険者ですか?」


 軽装ではあるが、要所をしっかりと保護している鎧。その素材は禍々しい黒と紫を混ぜたような色で、自然界にはありえない色だ。

 ハンドガンは特別な武器だ。一般人がやすやすと手に入れられる代物ではない。


「正解! これでもA級だ」


 ドミネイターには間違いなくA級冒険者である証明書が映し出されていた。


「どういうつもりですか?」


 犯罪者を検挙したという功績目的ではないだろう。すでに冒険者の実質的な頂点に位置するA級がする理由はない。


「こんな面倒くさい尻拭いでも仕事だから。しょうがないね」


 A級は面倒くさそうにため息をつく。

 どんな理由があるにせよ、このひったくり犯をA級に引き渡さないとハームレスの頭に風穴があいてしまう。ゆっくりとひったくり犯から離れた。


「聞き分けが良い子は嫌いじゃないぜ」


 A級がハンドガンを放ち手錠を破壊してひったくり犯を解放してしまう。


「へへへ。助かったぜ。けどひでぇな。見逃してくれてもよかったじゃねぇか」

「あほか。このガキはB級だ。しかも英雄様期待の、な。お前程度ではどうにもならん」

「マジか! こんなちいせぇガキが冒険者でしかも英雄様期待のB級?」

「なんで?」


 A級がひったくり犯を解放した。その信じられない光景に今度は別の意味で混乱し、一言しか反応できなかった。


「気づいていなかったか。だが、それも言い訳にはならん。予定外の犯罪はするな。もみ消すのが面倒だ。次はないぞ」

「へいへい。わかりやした」


 ハームレスには何が起こっているのかがわからなかった。しかし、この二人は何かしらのつながりがある。証明書はあるし、武器や防具も冒険者しか手に入らないものだ。だが、このA級を冒険者と認めてはいけないと感じた。

 だから攻撃した。


「いきなり斬りかかるか。勇敢だな」


 黒塗りの重厚なハンドガンで防がれる。

 レベルだけはA級であるはずのハームレスの全速力かつ不意打ちの斬撃を止められた。

 どうやら実力は本物のようだ。


「あなたは何者ですか?」


 絶え間なく斬り続けながら問う。


「正真正銘、A級冒険者だ。もう一度見るか?」


 こっちらの攻撃を余裕で避けながら、再びドミネイターを取り出す。

 画面には確かに冒険者証明書が映っている。

 首の皮一枚を斬ったところで腕を止めた。ハームレスの腹には銃が突きつけられている。

 膠着状態だ。


「事情を話してください」

「やれやれ。猪突猛進だな。判断が早いのはいいが、早く動き過ぎだ。そこらあたりもちゃんと教育しなければな」

「はぐらかすな!」

「とりあえず、もうこちらに戦うつもりはない。だいたいわかった」


 A級は銃を下ろすが、まだ油断はできない。レベルはA級であるあちらの方が上。単純にスペックがちがう。一瞬の油断が命取りだ。


「どうしてあのひったくりを逃がしたんですか?」

「あいつが組合の一員だからだよ」

「組合?」

「冒険者協会と協定を結んでいる犯罪組合に所属している」

「何を言ってるんですか? 協会が犯罪者と手を組んでる? そんなこと信じられません!」

「俺は英雄様直轄の部隊だ。英雄様じきじきに命じられてるんだよ。犯罪者組織の管理をな。はぁ、全く仕事が多すぎてブラックすぎるぜ。無法者の管理から新人のスカウトまで。俺は雑用係をするためにA級になったんじゃねぇのにな」


 いつのまにかひったくり犯は逃げている。

 だが、今はもうそんな次元の話ではなくなった。ひったくり犯とは比べ物にならない巨悪が目の前にいるのだ。


「信じられません」


 いきなり「はい、そうですか」と信じられるものではない。

 今までの常識を覆されたのだから。


「考えれば当たり前のことだ。この広大な都市で起こる犯罪者を全員捕まえるなんて不可能だ。検挙率99パーセント? 嘘に決まってるじゃねぇか。いくら英雄様がすごかろうが、ひとりで防いでたら過労で死んでしまう。犯罪者と手を組むくらいはしないと、完全平和都市なんて築くことはできねぇよ」

「嘘だ……」


 英雄の幻想が砕かれた。その衝撃は一般人ならとてもじゃないが受け止められない事実だろう。なぜなら、安全だと思っていた都市が途端に無法者が隠れ住む犯罪都市と化してしまったのだから。

 ハームレスはその場で座り込んで頭を抱え込む。


「お前、完全平和都市が嘘で犯罪者が見逃されてるってわかってもそんなにショック受けてねぇだろ。くっせぇ演技はやめろ」


 A級は怪しい売人を見るかのような視線をハームレスに向けた。


「何の話ですか?」


 自分でもぞっとするような冷たい声音だった。

 A級はその反応にむしろ、うれしそうに笑う。


「そうだ。それだよ。その本性があったからこそ、お前を認めたんだよ」


 ハームレスの額から汗が滲み出る。

 心臓を鷲掴みにされたようだ。


「だから、何を言ってるんですか?」

「なぁ、お前も俺たち管理側に来いよ。そうしたら、そんな面倒な演技しなくていいんだぜ。それにお前は英雄様の後継者だ。遅かれ早かれ、こちらに来るしかないんだよ」

「……お断りします」

「どうして?」

「面倒くさいですから。どう考えても」


 立ち上がったハームレスの顔に感情はなかった。

 完全なる無。

 それが、今ハームレスにできる精一杯の防御反応だった。


「そうか! 面倒くさいか! 確かにな。俺の仕事ぶり見てたらそうなるか。あひゃひゃひゃひゃ!」

 

 何が笑いのツボに入ったのかはわからないが、下品な大笑いが裏路地に響き渡る。


「けど、ごめんな。これも仕事なんだ」


 ハンドガンがハームレスの頭に突き付けられる。

 魔王からもたらされた異端の技術。これまで弓とスキルしか遠距離攻撃の手段としてはなかった中、もたらされた。

 この距離ではいくら回避型タンクといえど、避けることはできない。

 

「入らないなら、死んでくれ」


 ハームレスに向けられたハンドガンの引き金が容赦なく引かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る