第3話 魔王とエンカウント

「おばあちゃん、大丈夫ですか? その荷物、お持ちしましょうか?」


 あのEX級の魔物襲来から二日が立った。襲われて無茶苦茶になった商店街はすでに再開して、以前の賑わいを取り戻している。

 今日は特に依頼などなかったハームレスは商店街の様子を見に来ていた。

 そんな人ごみの中、ハームレスは荷物を運ぶのに苦労する高齢者に声をかけたのである。


「ありがとうね、坊や。けど人をおばあちゃん扱いするなんて失礼だよ。その目玉は飾りかい? 老眼鏡をかけないと見えない私の目と交換しようか?」


 すごく口の悪い高齢者だった。予想外の悪態に、ハームレスは涙目だ。


「ごごご、ごめんなさい! 何か僕悪いことしましたか?」

「態度が気に喰わん。誠実じゃない。けど、一応は助けてくれようとしたから及第点かねぇ」


 自分を高齢者扱いするなと言った割にはしっかりと荷物を押し付けてきた。

 殆ど言いがかりのような難癖をつけてくるが、ハームレスにはどうしようもない。こんな損な役回りでも困っている人を助けるのは冒険者の務めである。


「……どこまでお持ちすればよろしいでしょうか?」

「そんなのうちまでに決まってるだろう? お優しい冒険者様なら当然のことだと思うけどねぇ」


 図太い。これが年の功というやつか。

 ハームレスは本気で感心していた。


「なんだい? この音は」


 胸元の情報端末から警報音が鳴った。

 ハームレスだけではない。この商店街にいるすべての人が持つ携帯からも同じように警報音が出ていた。

 

「エンカウント警報です」

「なんだい、そりゃ? 最近の若者の言葉は難しくていかん」

「魔物が突然、都市に現れる現象のことをエンカウントといいます。そのエンカウントの警告音ですね」


 ドミネイターの地図アプリを起動して確認すると、エンカウントした魔物はD級。ここから近い場所だ。現場にはC級とB級が一人ずついる。ハームレスが行かなくても問題なく対処できるだろう。


「うわっ」


 突然、高齢者もとい年若いレディに背中をたたかれた。


「あんた、冒険者なんだろう? ぼさっとしてないで早くお行き!」

「でも荷物はどうするんですか?」


 私のことはいいから、と言ってくれるのだろうか。意外にいい人だ。


「あたしはここで待ってるから。早く戻ってくるんだよ!」

「あ、はい」

「では、少々お待ちください。行ってきます」

「いってらっしゃい。しっかり守ってくるんだよ」


 確かに図々しいが、その笑顔と信頼は冒険者がこの都市を守ってくれるという信頼からくるものだ。

 その笑顔から心地よさと確かな満足感を胸に、ハームレスはエンカウントした現場へと向かった。



 ※※※※



「先輩、来てくれたんですね!」

「お、坊主じゃねぇか」


 C級冒険者は、この間までよくパーティを組んでいた仲間だった。

 隣には先日共闘した巨漢の冒険者もいる。


「久しぶり。となりの焼肉マッチョさんはどなたでしたか? 知らない人ですね」

「おいおい。まだあの超高級肉汁滴る極厚切り牛タンを横取りされたことを怒ってるのか?」

「いえ、全然怒ってないですよ。あの牛タンが限定品で最後の一皿だったことなんて全然覚えてませんから」


 商店街での戦闘の後、巨漢の冒険者と黒ローブの冒険者の三人で焼き肉に行ったのだ。結局奢ってもらったが、限定品を横取りされた恨みは来世まで忘れないだろう。


「悪かったって」


 筋肉マッチョが本気で謝ったところで状況を確認する。

 D級の犬型魔物はすでに弱っており、討伐寸前だ。しかもここは狭い路地で二人に挟み撃ちにされており、逃げることもできない。


「僕は余計な応援だったようですね」

「いえ、先輩が来てくれてとても心強いですよ。久しぶりに会えてうれしいですし!」


 子犬のようにぶんぶん尻尾を振っているかのようだ。ずいぶん懐かれたものだ。


「おう、来てくれてうれしいぜ。また焼肉に行けるからな」

「まだ行くんですか……」

「僕も行きたいです!」


 後輩の手前、行かないとは言えない。この筋肉マッチョ以外に策士である。


「それと後輩さえよければ、今回は坊主にこの魔物を譲ってやろうと思うんだが、どうだ?」

「僕はいいですよ。前回B級討伐の時に助けてもらいましたし、C級討伐では何度もタンクで助けてくださりましたから」


 呑気に話していると犬型魔物が後輩に襲い掛かってくる。

 侮れない素早さだ。

 だが呑気に話しているかのように見えて、誰一人視線は魔物からそらしていなかった。

 難なく後輩は魔物の牙から難を逃れた。

 だが、狙いは後輩ではなくハームレスのようだ。突進の勢いは止まらず魔物の視線は明確にハームレスを狙っていた。


「さすがは先輩のスキル『身代わり』」


 回避型のタンクにとって必要不可欠なものがある。それは敵に狙われやすいことだ。技術や道具である程度はできるが完全ではない。だが、ハームレスにはスキルがある。

 スキルとはその人間が持つやさしさが具現化したものだ。

 巨漢の冒険者は筋肉へのやさしさから『身体(マッ)強化(スル)』といった具合である。

 実はハームレスのスキルは身代わりではないのだが、それを説明するつもりはない。 


「じゃあ、遠慮なくいただきます」


 犬型魔物の脳天に小太刀を投げた。小太刀はきれいに額に突き刺さり、魔物はその生命活動を終わらせた。小太刀の柄につけた鎖を引っ張って回収する。


「おお! さすがです、先輩!」

「二人のお零れをもらっただけだよ」


 実際、ハームレスは美味しいところをもらっただけだ。今回の功労者はD級を追い詰めた二人である。


「討伐証明は僕が出しておきます。後始末の依頼も」


 討伐証明を出すことにより、協会から報酬が与えられる。それに魔物の討伐数を発表することで感謝のポイントも得られる。

 加えて筋肉マッチョと後輩も完全な無報酬というわけではない。


「ありがとう」「助かったぞ」「小さな体でよく頑張った」


 今の戦いで助けられた人や見ていた人たちから感謝され、ポイントを得られる。

 冒険者は普通に働くより稼げる。それは直接的にポイントを得られるからである。

 命を懸けている分当然と言えば当然かもしれないのだが。


「しかし、この魔物は何なんでしょうか? 魔王の尖兵というがあまり実感がありませんね」


 後輩がつぶやく。


「勇者が魔王に敗北して千年。教会が信仰する神の力を借りて地下に逃げ込んだ人類は五層の都市を築いて生き残った。人類の滅亡を目論む魔王は、追撃のために魔物をエンカウントという形で送り込んでいる、らしいですね」


 この第五層完全平和都市こそが、最前線。最上層なのだが、そんな雰囲気は全くない。


「けど、魔物が資源になって、今の都市は維持されてるんですよね。本末転倒じゃないですか」

「どうでもいいがな。魔物が倒せて報酬をもらえればなんでもいいぜ!」


 冒険者協会や教会の偉い人はともかく、一般人の感覚としてはどうでもいい。エンカウント現象で被害が出るのが問題だが、それもほとんどない。

 この間のEX級やS級が出るのも自然災害で人が死んでしまうのと同じ感覚だ。頻度は少ないし、B級以下なら増えすぎた冒険者が我こそはと争って討伐していく。

 むしろこの地下都市では資源が限られている。だから資源となる魔物は歓迎すらされているのだ。


「で、坊主。今日は奢ってくれるんだよな?」

「え? おごりなんですか? やったー!」

「今日は二人に譲ってもらえましたからね」


 そこでふと思い出した。


「あ、忘れてた」


 あの高齢者もといレディを待たせたままだったことを。


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