たりない

ゆきのともしび

彼女のいす

たりない

たりない


わたしには あのねじも ここのねじもたりない

はやく はやく

買いにいかなきゃ


そうして走り回ったあとの彼女の部屋には

無数のねじが ころがっている


数か月ねじをはめてはみるものの

なんだか気持ち悪くなってきて

結局はずしてしまう



わたしにあうねじはどこ


わたしが落ち着いて座れるいすは


どこにあるの




彼女の部屋にある

ピンク色に塗りたくられたいすが言う


「ねえ、そろそろこの塗料を落としてくれない?

息が詰まってくるしいの」



わたしはいつ このいすをピンクに塗ったんだっけ


はじめてきいたいすの声



涙が乾いた べたついた顔で

いすの塗料を落とす


下からみえてきたのは

古い木目 オークの姿



「こえをきいてあげられなくてごめんね」


「やっと気づいてくれたね

これで息ができるわ」



彼女の涙が ふたたびおちる


きらめきはいつも

くるしみの渦に埋もれている




無数のねじが 夕暮れに照らされている



いすが大きくあくびをした




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たりない ゆきのともしび @yukinokodayo

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