39

 数年前とは逆に炎に包まれ骨になっていくサイの最期を見ながら軽く溜息を吐いた。


「……やっちまったな」


 頭をかきながら肩を竦める。

 サイが街を危機に陥れたのは明らか。本来なら捕縛して、領主の前に突き出すのが正しいだろう。


 しかし、奴の顔を真正面から見た時に、完全に頭に血が上っていた。絶対に殺してやると感情が昂った。

 特に、サイが母親であるラーティアを捜し出し殺すといった瞬間、もう生かすという選択肢はワッツには存在しなかった。 


(にしても俺……ちょっとは強くなれたみてえだな)


 右手を握ったり開いてを繰り返す。


「あのサイにも勝てた。ま、相手は冷静さを欠いてたから、本調子ってわけでもなかっただろうけど」


 それでもワッツは、自身の力量をある程度図れたことに喜んでいた。


 あのサイは、原作でも確かにワッツが始末したが、それも罠に嵌めてまともに戦ったわけではない。何せ、主人公すら倒し切れなかった存在だ。そんな相手を倒せたのだから、ハッキリと成長したことを認識することができた。


(やっぱ《霊波翼》の修練に、人生の多くを費やしたのは正解だったな)


 だからこそ、サイを倒すことができたと思っている。

 もし《霊波翼》が使えなかったら、こうも上手く事を運ぶことはできなかったはずだ。


 この街に戻ってきた際に、黒衣の人物に気づいた。そして、奴から感じる霊気が、かつて自分とラーティアを殺そうとしたサイのものだと感知したのだ。

 そして、一応この感覚が間違っていないか、《霊波翼》の一枚をサイに気づかれずに近づけておいた。


 そこからは、さっさとグランオーガを討伐して、待ち望んでいたサイとの再戦を始める。

 奴は、突然背後にワッツが現れたと思っていたようだが、もちろんそれは羽によってワッツに変化させたものだ。


 本物のワッツは、少し離れた場所で《霊波翼》を操っていた。

 サイが煙玉を使って逃げたが、遠くから見ていたワッツには、どこに逃げたかも丸分かりで、後をつけるのは実に簡単だった。 


 それに本格的な戦闘となると、街の外の方が良いと思ったので好都合だったのである。

 森に潜んだサイを追い詰め、崖がある場所まで来た。

 そこで奴との最終決戦が始まる。


 直接手合わせをしながら、サイを倒す算段をつけていった。正直、奴の動きからこんなものかと思ったものだ。確かに攻撃は鋭いし、当たればかなりのダメージを受けるだろうが、冷静さをたもてば簡単に回避できた。


 この時に、自分が想像以上に強くなっていたことを実感したのである。この四年は決して無駄ではなかったのだ。

 ブチ切れたサイが、十八番である技を放ってくることは予想がついていた。そして、それを利用して奴を仕留めてやろうと考えたのだ。


 結果は見ての通りだ。《霊波翼》の形態変化を巧妙に使い、相手を翻弄し、最後に罠に嵌めて倒すことができたのである。これであの時の復讐は完了した……のだが。


「はあぁぁぁぁ~、けど感情任せに行動し過ぎたかもなぁ……」


 ついつい頭を抱えてしまう。

 本来なら、ここでサイが死ぬことは当然ながら無い。


(アイツが言ってた『いずれ世界を動かす一人になる男』って言葉、あれは間違いなくあの組織の一員になるってことだもんな)


 サイという人物は、ワッツが口にした通り、本名をサイゾー・カガミといい、現在はマリス・フィ・バハール・フェニーガ公爵夫人の奴隷として生きている。


 しかし、彼はそのままで終わるつもりなどなかったのだ。表では、マリスの忠実な狗として仕事をこなすが、水面下では奴隷身分からの解放を目論んでいたのである。

 野心が強いサイは身分を復興させ、再び名のある貴族として立つために、ある組織と接触を図ったのだ。その組織は、原作でも巨大な勢力の一つであり、その力を利用できれば、奴隷解放など簡単だろう。


(そのために奴がやってたのが――〝人造モンタマ〟の活用実験だな)


 それは原作でもサイが行い、その実績を買われて、願い通り組織の一員になることができたのだ。

 今回、おかしな点が二つ続いて起こった。


 一つは、【トワーク山】で遭遇した、そこにいるはずのないメガフロッグだ。そのメガフロッグは、モンタマから生まれたと推察される。


 もう一つは、【ロイサイズ】に突如現れた、これまたここらに存在しないはずのグランオーガである。恐らく、奴がいた周辺を調べれば、モンタマの欠片が見つかるはずだ。 


 この二つの事件は、間違いなくサイが引き起こしたもの。奴の姿を見た時に、すべてが一つに繋がったのだ。

 人造モンタマとは、その名の通り自然に生まれたものではなく、人の手で生み出されたモンスターの卵である。 


 そして原作通りならば、その卵を孵化させるには、多くの魂魄エネルギーと強い感情が必要なはず。

 だが、まだ思う通りに完成には至っていないだろう。本来は、生まれてきたモンスターは、自在にコントロールできるし、もっと凶悪で力も強い。 


 メガフロッグもグランオーガも、厄介なモンスターではあるが、実際に戦ってみて分かったが、どこか物足りなさも感じていた。

 本物のメガフロッグとグランオーガは、アレよりももっと強いし、一回りほど大きい。


 つまりまだ実験途中で、今回その実験場としてサイに選ばれたのが【ロイサイズ】だったのだろう。

 この実験をもとに、サイが人造モンタマを完成させ、それを手土産に、ある組織に入るというのが原作の流れだったのだ。


「けど俺が殺しちまったし、これからどうなるんだ?」


 どんどん原作知識が役に立たなくなっているのが若干不安ではある。

 しかしながら、今のワッツやラーティアにとって厄介な存在であるサイを始末できたのは大きいかもしれない。


 あの忌まわしいマリスの戦力を削れたのも良いことだし、今後サイに見つかっても狙われることもなくなった。ワッツはともかくとして、ラーティアの安全がより確保されたことにホッとする思いだ。


(とりあえず街に帰るか。アロムにはどう説明したものか……)


 サイのことをどう言ったものかと悩みながら、死骸となったサイを一瞥したあと、真っ直ぐ【ロイサイズ】へと戻って行った。



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