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 グランオーガ討伐後、すぐにワッツは領主であるアロムに呼び出され、詳しい話を説明することになった。

 そこにはアロムだけでなく、夫人であるウミナもいた。聞くところによると、ワッツの母であるラーティアや、クミル、メリルは、いまだ怪我人の介抱を行っているらしい。


「――――なるほど。つまりたった一人の男による犯行だったわけか」


 いつもの温和な表情ではなく、険しい顔つきで深く溜息を吐くアロム。被害は最低限に抑えられたものの、死傷者だって少なからず出た。住宅エリアだったこともあり、そこに住んでいた住民たちのフォローなども、これから行わないといけない。領主としては頭の痛い出来事に違いないだろう。


「それにしても、人造のモンスターの卵……ですか」


 こちらも幾分か、いつもと比べて低い声音で呟いたのはウミナだった。何か心当たりでもありそうな感じでもある。


「はい。黒衣の男がそう言っていました。何でも、人造モンタマを使ってのし上がるための実験だったとか」


 これだけの事件だ。さすがに全部誤魔化すことなどできず、ワッツはある程度のことは彼らに伝えたのである。

 ただ、サイという因縁のある人物だったこととか、黒衣の男の素性に関しては分からないということにした。


 実際問題、サイから直接聞き出したことでもなく、原作知識から、その背後にいる連中をワッツが知っているに過ぎないのだ。まだ直接確かめたことでもないので、口にするのは憚られた。


「もしかしてウミナ様は何かご存じで?」

「……そうですね。人造モンタマ……昔、わたくしの故郷で、そのような研究がされていたという話もありありましたが、あまりにも道から外れたものだとして、時の王が禁忌としたと聞いておりますわ」

「それは本当かい、ウミナ?」

「ええ、あなた。人造モンタマを孵化させるには、多くの生物の生体エネルギーが必要らしく、研究の最中で大勢が犠牲になったとのことですわ」


 その研究の恐ろしさを痛感した時の王が、研究自体を凍結させ、二度と蘇らせてはならないと資料なども廃棄したらしいが。


「恐らく何者かが研究の後を継いだ。もしくは廃棄されるはずだった資料を持ち出したとか、そういったことがあったかもしれないね。そこらへんの情報は残ってないのかい?」

「あいにく詳しくは。現王なら何かご存じでしょうが。あなたもご存じのように、あの国は現在鎖国状態なので」

「それは残念だね……」


 ウミナの故郷は東方にあるのだが、その国は海に囲まれており、鎖国政策を敷いている。だから情報を得るのは非常に難しい。


「ただ、主任研究者の名前は憶えておりますわよ。確か――ダンゾー・カガミだったかしら」

「カガミ? カガミといえば、ずっと前に没落した貴族ではなかったかな?」

「ええ。元々、その一件のせいで、居住区も端にやられ肩身の狭い生き方をされていたはずですわ。それで二十年ほど前に大罪を犯したとして、貴族位を廃され追放処分を受けたとか」


 ウミナの言っていることは間違っていない。ワッツもまた知っている〝設定〟だったからだ。

 人造モンタマの開発責任者は、カガミ一族の長だった。研究が凍結されることが分かっていた長は、密かに研究資料をコピーし、一族でも信頼できる者へ託すことに成功したのだ。


 長は責任を取って処刑され、他の者たちは、それからずっと国から監視され窮屈な生活を強いられてきた。


 そんな環境に我慢の限界がきたカガミ一族の上層部は、謀反を起こし王を殺害しようと企てた。しかし、密偵を潜り込ませていたお蔭で、謀反を事前に知ることができ、事件が起きる前に上層部を取り押さえることができたのだ。


 しかし、残ったカガミ一族たちは、身分は剥奪され、国から追放されることになった。

 そしてその中にサイ――サイゾーもいて、彼は一族が秘匿してきた人造モンタマの研究資料を見つけていたのだ。


 だが、奴隷身分にまで落とされた彼が、たった一人でできることなどほんの僅か。だからこそ、媚びを売ってでも金持ち貴族に取り入り、自由に動ける時間と資金力を手に入れることにしたのだ。

 結果的にスポンサーに選ばれたのが、マリス公爵夫人なのである。


 それからサイは、表向きはマリスの忠実なる僕として動き、裏では人造モンタマの研究を行ってきた。


「なら今回の件は、そのカガミ一族の生き残りの仕業かな?」

「そうとも言えませんよ、あなた。人造モンタマの研究を欲する者は大勢いますもの。上手く形にすれば、どれほどの利益になるか分かりません。あの帝国にも、非人道的な研究をする者がいると聞きますし」

「おいおい、じゃあ何かい。帝国の息がかかった者が、実験のために一つの街を滅ぼそうとしたと? はは、さすがにそれは行き過ぎた想像だよ」

「だといいのですけれどね」


 帝国を信じているアロムだが、ウミナはあまり信用してはいないようだ。まあ、国は大きくなればなるほど闇もまた深く、広くなっていく。だからこの世界の支配者がいる国だからといって、頭から信じるのは止めた方が良いとワッツも思う。


「とにかく事情は分かったよ。今回の件は、これから詳しく調査して対処することにするよ。ただ、それよりも本当にありがとう、ワッツくん」


 突然話を振られ、しかも頭を下げてこられたので驚いてしまう。


「恐らく君がいなければ、この街は壊滅していた。だから君には感謝しても仕切れない」

「い、いえ! 俺はこの街の住民です! 領主様にも受け入れてくださった恩がありますし、何よりも守りたい人がいます。だから戦ったまでです」

「ほほう、もしかしてその守りたい人というのはクミルのことかな?」

「いいえ、母ですけど」


 ワッツが少しも詰まらずに言い放った様子に、からかおうとしていたのか、結果的に肩透かしをくらったアロムは苦笑を浮かべる。


「そこは嘘でも愛する女性を守ったって言った方がカッコ良かったと思うけどなぁ」

「あら、あなた、母親もまた愛する女性には違いないですわよ」

「それは……まあ、それもそうか」


 もしかしてアロムはクミルを守りたかったから、と言ってほしかったのだろうか。


(いやまあ、守りたくないわけじゃないけど、母上と比べるとなぁ……)


 残念ながら、ワッツの中では優先順位が劣ってしまう。


「ふふ、けれどワッツさん、これであなたは晴れてこの街の英雄ですわね」


 そう、それが非常に問題だった。できれば目立たずに街を救えたら良かったが、あの巨体を相手に陰ながら打ち滅ぼすのは無理難題でしかない。結果的に、ワッツの活躍を大勢が目にしてしまった。


「あまり大げさにしたくはないんですけど……」

「知っているよ。『探求者』を目指す者の多くは地位や名誉を求める。だから自身のランクを上げることに固執したりするが、君は目立ちたくないからといって、二年前からランク昇格していないからね」


 ワッツは、Bランカー。アロムの言う通り、多くの者はランクを上げたがる。その方が、優先的にクエストを受けられるし、報酬も色をつけてもらいやすい。

 『探求者』としての信頼度に繋がるし、上手くいけば帝国からスカウトを受け、順風満帆な生活を送ることだって夢ではない。


 だが、ワッツはそんなものに興味はない。この街で、ゆったりと平穏に過ごせればそれでいいのだから。


「どうだい、次の昇格試験を受けてみては? 何なら飛び級という手も――」

「すみませんが、ランク上げには興味がないので」

「むぅ……そうかい? 君ならルーシアと同じSランクでも誰も文句は言わないと思うんだけどなぁ」

「あなた、そう押し付けるものではありませんわ。あまりしつこいようですと、彼に嫌われて街を出て行かれるやも」

「そ、それはいけないな! うん、よし! この話はここで終わりにしよう!」


 街にとって、高位の『探求者』はステータスでもある。故に将来有望な若者ほど、喉から手が出るほど欲しいのが通例。上手いこと話を終わらせてくれたウミナには感謝した。


「とにかく、君はこの街を救ってくれた英雄であることは間違いない。改めて感謝をするよ。本当にありがとう」


 アロムに続き、ウミナまで再度礼を尽くしてくれる。こういうところも、貴族らしくないところだ。

 権力者というのは、自己顕示欲やプライドが異常に高い。故に、下々の者に頭を下げるなどしない。たとえ大きな実績を上げた者に対しても、分かりやすい態度を示す貴族はそうはいないのだ。


 この姿だけでも、アロムたちが信頼できる相手だと分かる。最も、あの曲がったことが嫌いなルーシアが認めている時点で、真っ当な領主なのは違いないが。


「あ、そういえばクミルと一緒に行ったクエストの件についても、どうやら上手くいったようで何よりだよ。今回のグランオーガ討伐といい、君には十分な見返りを用意するつもりだから期待していてくれ」


 かなり期待のできる報酬を頂けるようだ。《熱源石》回収のクエスト報酬に加え、クミル同行クエスト、そして今回の街を救ったことで、恐らくは莫大なものを頂けるのでないかと夢が膨らむ。


 報酬に関しては、そのお蔭でラーティアに楽な暮らしをさせてあげられるので、もらえるだけもらうつもりだ。

 事後処理が終わった後に、報酬の話を行うということで、ワッツは後日、呼び出しを受けることを待ち望みつつ、一礼をしてから部屋を出て行った。


 何故か、その際にウミナが楽しそうにニヤニヤとしていたのが気になったが。

 そうして、ワッツは今も仕事をしているというラーティアを手伝うために、彼女のもとへ向かった。


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