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(だ、だがどうやって生き残った? いや、そもそも、じゃああの焦げた骨は一体何だったんだ!?)


 次々と、また新たな疑問の渦が頭の中をかき混ぜてくる。


「お前は、母上を傷つけ、そして……殺そうとした。まさかここで再会するとは思わなかったけど、俺にとっては最高のリベンジだ」


 凄まじい殺意とともに、さらに濃厚になる霊波に吐き気すら感じる。相手はたった一人で、まだ子供のはずなのに、まるでSランクのモンスターに囲まれているような絶望が襲う。


「くっ……くそっがぁぁぁぁぁっ!」


 半ば自棄気味に、全身から最大霊気を放出させ立ち上がり、ワッツに向けて所持しているクナイを複数本投げつけた。

 しかし、ワッツの前に突如として表れた深紅の壁によって、あっさりと阻まれてしまう。


 それでも、僅かに生まれた隙を利用し、サイはすかさず踵を返してその場を離れる。


(と、とにかく一度落ち着くために距離を取る! 真正面から戦うのはマズイ!)


 その判断は、数々の戦闘で培った経験の賜物だった。


 ワッツの霊波を受け、彼がとてつもないほどの霊気量を持っていることを察知した。単純に量が多いから強いとは言えないが、ワッツの戦いを直接見ていたから分かる。まともに戦うのは賢くない、と。

 だからまずは距離を取って作戦を練る必要がある。


 そうして、森を全速力で突っ切っていくが、すぐにサイは足を止めてしまった。

 その理由は、目前に現れた崖が道を閉ざしていたからだ。その先には広大な海が広がっている。断崖絶壁で高さもあり、飛び込むのは自殺行為でしかない。


「――鬼ごっこは、もう終わりか?」


 一息も吐けないほどの時間。背後からワッツの声が響く。


(バカな……っ!? 俺は全速で逃げてきたというのに……っ)


 これでもスピードには自信がある。特に気配を断って、相手をかく乱して動くことには定評があった。にもかかわらず、またも簡単に追いつかれてしまっている。


「あの時とは、逆になったな?」


 ワッツが言うのは、この立ち位置のことだろう。

 数年前、彼を仕留めた時は、崖側に彼やその母親が立ち、サイが圧倒的な力で追い詰めていた。


「な、な、舐めるなぁぁぁっ!」


 こうなったら相手がまだ余裕を見せている間に、隙をついて殺すしかないと判断し、クナイを両手に持って突っ込む。

 決して止まることなく、流れるような動きで、クナイと体術を組み合わせた攻撃を繰り出していく。大気を切り裂く鋭さを見れば、一撃に込められた威力が分かるだろう。しかし……。


(くっ! 掠りもしねえだとぉっ!?)


 涼し気な表情を浮かべながら、ワッツがすべての攻撃を紙一重でかわしていく。


「こ、この俺はぁっ! いずれ世界を動かす一人になる男だぞぉっ!」


 そうだ。今回の件は、その足掛かりになる予定だった。それなのに、こんな事故みたいなことですべてを失うわけにはいかないのだ。


「――いろいろ喧しい」


 不意にワッツに腕を取られ、そのまま背負い投げで地面に叩きつけられてしまう。


「がはぁ!?」


 激痛とともに肺から息が一気に吐き出される。


「ぐぅ……っ、ふっざけるなぁぁぁっ!」


 自由になっている左手で持っているクナイを、額当てに装着されている鑢(やすり)に当てて火花を散らせる。それと同時に霊気を注ぎ込んで、炎を生み出してワッツに向けて放つ。


 だが、その奇襲もワッツには届かず、気づけば彼は一足飛びで、その場から離れていた。

 恐らくは《疾駆》を使っているのだろうが、まるで瞬間移動だ。その練度の高さが窺える。恐ろしいほどの才能に身震いしてしまう。


「はあはあはあ……くっ」


 今のでも傷一つ負わせられないことに、相手との差を思い知らされる。


「随分と息が上がってるな。修練不足じゃねえのか?」

「はあはあ……ククク、調子に乗ってられるのもここまでだ。この立ち位置、思い出さないか?」

「は?」

「今お前が立っている位置は……あの時と同じだぜ?」


 今度は先ほどとは逆になり、ワッツの方が崖側に立っていた。

 たとえあの時、無事に逃げおおせたとしても、死を実感したはずだ。その強烈な恐怖は、心を蝕みトラウマを生む。そう思いワッツを見ると、思った通り恐怖が蘇ってきたのか、顔を俯かせて固まっていた。


 そんな場面、これまでの暗殺でも幾らでもあった。相手が優位な状況だったはずなのに、少し状況を変えてやるだけでひっくり返ることがある。今がまさにその時。


(ククク、やはり奴の魂魄は死の恐怖を覚えてる! これならいける!)


 恐れは身を竦ませる。今なら、叩き潰すことができるはずだ。


「あの時の再現だ! 今度こそ俺の最大の技で、塵も残さずに葬ってやるっ!」


 火炎を纏わせたクナイを頭上に幾本も投げつけ、そこで激しく乱回転させていく。


「ハハハハハ! この技を俺に使わせるとは油断したな! 覚悟しろ! あの時よりもさらに格段に強くなった《焔羅玉えんらぎょく》――名付けて、《極焔羅玉》だっ!」


 数年前、ワッツたちを仕留めたものとは、さらに大きさも回転力も増している。まるで小さな太陽といえよう。


「どういう手段を講じたのか分からんが、もしかして母親も生きてるのか! ならてめえを殺してから、あのクソ女を探し出し、必ず殺してやる! 今度こそなぁ! ハハハハハ、この俺の前に現れたのが運の尽きだったなぁ!」


 サイは勝利を確信している。今度こそ逃げ場などない。これで過去の失敗をなかったことにできる。


「さっさと死にやがれっ、この亡霊がぁぁぁっ!」


 ワッツに向かって、頭上にある巨大な火球を放つ。

 あとは彼が燃え尽きるのを笑いながら見守るだけ。


 そう思っていた。だが――。


「――――――――おい」


 突如後ろから聞こえてきた声音に、「は?」と振り向くと、そこにはワッツが拳を構えていた。


(な……んで……っ!?)


 顔面を殴られ、骨が折れるような音とともに崖の方へ吹き飛んでいくサイ。

 そんなサイを受け止めた存在がいた。それは――ワッツである。

 ワッツに羽交い締めされて身動きを奪われてしまう。


「ど、どーひふほほは(どういうことだ)?」


 顔面が腫れてしまい、上手く喋れない。だが、そんなことよりも何故、目の前にも、そして背後にもワッツがいるのか分からなかった。


「最後に教えてやるよ。それが――四年前の真実だ」


 目前に立つワッツのその言葉とともに、背後にいるワッツの身体の一部が、紅い羽へと変化する。


(これはっ……俺の仮面を破壊した……!?)


 その変化を見てギョッとしたサイは、再び目前に立つワッツを見た。

 すると、ワッツの傍に浮かんでいた二枚の紅い羽が、次第にワッツとラーティアの姿へと形態を変化させたのだ。そして、それが次第に焦げた骨へと変貌した。


「ま、まはは(まさか)……はほほひ(あの時)…………ほへをふふぁって(これを使って)……っ!?」


 すべてを悟ったサイは、最初からワッツの掌の上で踊らされていたことを知る。

 だが、もう遅かった。次の瞬間、上空から落ちてきた火球に飲み込まれてしまう。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!?」


 自らが放った炎により、身を焦がされながら、サイは、今も冷酷な眼差しでこちらを見つめるワッツに対して思っていた。


(これだけの力を、あの時すでに持っていた……? つまり、罠に嵌められたのは……俺か……!? こ、このガキは……っ)


 これまで燃え散っていくターゲットを見ながら愉悦を浮かべていた。圧倒的強者である自分が、弱者を踏み躙る瞬間が楽しくて仕方なかった。

 そして、いずれこの力を使って、もっと高みへ行こうと。


 だが、その野望をまるで花を摘むかのように軽々と覆された。

 サイは燃え盛る炎の中から、ワッツの姿を見て最期に呟く。


「っ……ぁ……あぐば(悪魔)――っ!?」



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