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 霊気によって生み出された波動圧。霊気はその気になれば、波動のように周囲に放出することも可能なのだ。熟練した者であれば、この霊波だけで対象を制圧したり撃退することだってできる。


 サイも、『霊道士』として数々の戦闘経験があり、強烈な霊波を放つ相手とも戦ったことがある。


 しかし今、サイが感じているソレは、歴戦の猛者と比べても圧倒的な強度を持つものだった。

 さらに強さだけでなく、その者の感情すら容易に感じられるほどに濃厚で禍々しさすら覚える。


 ――〝お前は必ず殺す〟。


 直接そう言われているのと同じ殺意が乗った霊波。

 それは奇しくも、これまでサイが暗殺してきた者たちが感じた恐怖と同義のものだった。


 いつの間にか片膝をついていたサイが、俯いていた顔を静かに上げる。すると、目前には静かに佇む赤髪の少年がいた。


「……その顔、まだ俺のことに気づいてないようだな」


 一体このガキは何を言っているのか、という疑問を浮かべながら、どうすればここから退却できるか必死に思考する。


「一応言っておくが、逃がすつもりはねえ。というか……逃げられねえだろ?」


 先回りしたような言葉に、サイの全身が悪寒と恐怖に支配される。


(一体何なんだ! こ、こんなとんでもねえガキが、あんな街にいただと!? 冗談じゃねえぞ、チクショウが!)


 一応【ロイサイズ】の情報は軽く調べてあった。特に注意すべき対象は、『星の旅団』の古株でもある隊長格のルーシアだけ。彼女とまともに相対さえしなければ、滞りなく任務を全うできる。


 故に、ルーシアが仕事で街を離れるという情報を聞き、その隙に事件を引き起こすつもりで行動した。結果的にそれは上手くいき、十分なデータを取れたのだが……。


(何でこんなデタラメな奴の情報が出回ってねえんだよっ!? いや、確かに期待のルーキーがいるって話はあった。だがそれでも『探求者』としてBランク止まり! Sランカーのルーシアとは比べるべくもなかったはずだ!)


 過去にサイはAランクの『探求者』と戦い勝利を得た経験もあったため、しょせんはBランクだと、端的に言えば見縊っていたのである。

 そう、優秀でもたかがガキ。まだ成人すらしていない子供なのだ。そんな奴が、自分に敵うわけもないとタカをくくっていた。


 用意周到さを売りにしていた男が、そのたった一つの調査ミスで、死に追いやられているのだ。


(いや、今コイツ何て言いやがった? 自分のことに気づいていない……だと?)


 その言葉で、相手がサイに対して強い恨みを持っていることに気づく。なるほど、この殺意の霊波はそういうことだったかと納得する。


「貴様……俺のことを知っているということは、敵討ちか何かか?」

「ラーティア、という名に聞き覚えはないか?」

「ラーティア? もしかして俺が過去に殺した相手か? 悪いが、いちいち殺した奴のことを覚えてはいないものでな」


 事実だった。殺す前は、暗殺確率を上げるために調べ上げるが、任務が終わればすべて忘れることにしている。覚えておいても何の価値もないからだ。


「……じゃあ、ワッツは?」

「フン、貴様のことだろう? 【ロイサイズ】に住む『探求者』でBランカー。二つ名も持っている。確か……『紅き新星』だったか?」


 そこまでは調べた。対して興味も脅威も抱かなかったが。

 そんなサイの態度に、少年は呆れたように溜息を零す。


「それでもまだ気づかないか。まあ、ガキの頃はほぼ面識なかったし、あの時も暗がりではあったからな」


 やはり過去に因縁がある相手のようだ。しかし、サイはだからこそ困惑する。

 この世で赤髪というのは忌避される。それこそ赤子でも処刑されるほどに。だからサイが会ったことのある赤髪など数えるくらいだ。


 さらにいえば、赤髪に関して恨みを持たれるようなことはした覚えがない。

 関わった赤髪は、全員この世から消えているはずだからだ。


(ワッツ……ワッツ? 赤髪でワッツ……!)


 その時、脳内から捨て去っていたはずの、淡い記憶が蘇ってきた。あまりにも簡単な仕事だったため、終わるとすぐに興味を失っていたのだ。


「はぁ……こっちはお前のことを忘れたことがねえんだけどな。しょうがねえ、本当はもう二度と口にしたくはねえけど、俺がガキの頃に名乗ってた名前を……教えてやるよ」


 ギロリと、鋭い眼差しでサイを睨みつけてくる。


(いや……まさかそんな……あるわけがない! あの時、確かに俺は――)


 思い至ったことが、信じられないと頭を振る。


「ワッツ・フィ・バハール・フェニーガ。それが、かつて俺が名乗ってた名前だ」


 まさかと思った考えが現実になった。

 サイの脳裏に浮かぶ、赤髪の子供。そして、その手を引いて逃げる一人の女性がいる。自分にとって取るに足らない仕事だったことが鮮明に蘇ってきた。


「き、き、貴様が……あの赤髪のガキだと?」

「ようやく思い出したか?」

「あ、あああありえんっ! あの時、確かに殺したはずだ! その死骸もこの目にしたっ!」


 そうだ。サイはワッツとその母親を、燃やし尽くしたことを思い出した。そして、その焦げた骨などを肉眼で確認している。だから本人がこんなところにいるのは有り得ない。


「じゃあ心当たりがあるのか?」

「は?」

「この赤髪を持ち、かつお前に敵意を……いや、殺意を持つような存在に」

「そ、それは……」


 確かにない。仮に目の前の相手がワッツだとするなら、すべての辻褄は合う。



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