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「…………一体何者だ? よもやグランオーガが、あれほど簡単に滅ぼされるとは」


 ただ一人、この街で静かに事のすべてを傍観していた黒衣の男は、視線の先で起こった事実に驚愕していた。


「確かに孵化のために使ったエネルギーの質は悪かったが、それでもAランク相当の力を持ったモンスターだったのだぞ? しかもあの紅い羽は何だ? あの赤髪のガキは一体……」


 男が信じられない状況に思考を回転させていたその時――。



 ――――――――――――おい、そこのお前。



 突然背後から聞こえた声音に、黒衣の男はすぐさま振り向くと、そこには……。


「!? バカな、お前が何故……っ!?」


 男が慌てたのは無理もない。何故なら、そこに立っていたのは、今まで遠目から見ていたはずの赤髪の少年だったのだから。


 どういうことだと、グランオーガの方へ視線を向けるが、いつの間にか、そこに赤髪の少年はいなかった。


(この俺が気づかなかっただと? いや、それよりもどうやってあそこから一瞬でここに?)


 男は気配を察知できなかったことよりも、どのようにして瞬間移動したのかが気になった。男の記憶の中には、そんな逸脱した技を持つ存在がいなかったのである。

 改めて、目前に立つ少年を、仮面の下から睨みつけた。


(む? コイツ、どこかで見た感じがするが……)


 赤髪といえば、この世に稀少な存在だ。故に相対する機会もそうはない。その中で、こんな大それたことが可能な人物には記憶がないが、何となく頭の片隅にひっかかりを覚えていた。しかし、明確な答えが出てこない。


 すると、少年が冷たい眼差しを向けながら口を開く。


「アレはお前の仕業だろう?」


 問い質してきてはいるが、その瞳を見れば分かる。明らかに確信している感じだ。


「フッ、何のことだ? 俺は騒ぎがあったから興味本位で見ていただけだ」

「……へぇ」

「こう見えても、ただの旅人さ。手を貸さなかったのは悪い。だが俺はこの街に思い入れも何もないのでね。わざわざ凶悪なモンスターと命を懸けて戦うなんてできないんだよ」

「なるほど。つまり無関係だと言い張るんだな?」

「もちろんだ。もういいか? これから用事があるのでな」


 この少年と、ここで事を構えるのは控える。情報が足りないし、人も集まってくるだろう。間違いなく不利な状況だ。


「逃げるのか?」

「! ……逃げる? だから俺は無関係だと――っ!?」


 直後、頭上から気配を感じ取り視線を向けると、真紅の羽が男に向かって飛んできていた。

 当たる寸前に後ろへ飛び退いて回避――したつもりだったが、直角に曲がって追随してきた。


「なっ!? んぐっ!?」


 反射神経を最大限に発揮し、身体を翻して直撃こそ防いだものの、黒衣が切り裂かれ、また仮面に掠って割れてしまう。そして、そこから男の素顔が露わになった。

 ヒラヒラとたなびく黒衣の下には、これまたピチッと身体にフィットした黒装束に、鋼色の額当てをしていた。


 その顔を見た少年から、驚くべき言葉が発せられる。


「ネタは上がってんだよ――――〝サイ〟」


 思わず絶句してしまう。この素顔を見て、男の名を言い当てたことももちろんだが、まるで最初から自身のことを知っていたかのような口ぶりに困惑すらする。


「いや、本名は――サイゾー・カガミだったか」

「!? ……貴様、一体何者だ?」


 すでに過去に捨て去った名を、何故目の前の少年が知っているのか。いや、それ以前に、どうやって自分がサイであることを突き止めたのか、考えれば考えるほど謎が増えていく。


 何せ、サイがこの街に来たのは初めてだし、自分を知る者もいないはず。それなのに、関わった覚えのない赤髪の少年が、自分がサイだと知り、あまつさえ本名も。もう何が何だか分からず、ただただ不気味さだけが増す。


 サイは、懐から小さな球体を取り出し、それを自分が立っている屋根の上に叩きつける。

 すると、球体が割れると同時に白煙が周囲を包み込む。


 その隙に乗じて、サイはその場から全速力で離れていく。得意とする《疾駆》を行使し、瞬く間に街の外壁まで辿り着き、そこから外へと向かった。

 身を隠そうと、森の中に入って息を潜める。


(……どうやら撒けたか。それにしても調査項目が増えたな。あの小僧のことを徹底的に調べ上げ、必ず消す必要がある)


 サイは一度殺すべき対象だと決めると、必ずその相手は殺してきた。それは老若男女問わず、もちろん子供でさえ。少しでも危険だと判断すると、衝動的には殺さず、相手をまず徹底的に調べ上げ、確実に殺せる段取りを踏む。そういう用意周到な男である。


 だから今回も、不気味さしかない赤髪の少年を、優先的に調べた上で、暗殺することがベストだと、ここまで退いてきたのだ。


「まあ、ノルマのデータ集めは終えたし、とりあえず今は一旦帰還して――っ!?」


 刹那、まるで重力が何倍にもなったように身体に負荷がかかる。

 それは本当に世界にかかる重力が変化したわけではない。この身体を押し潰すような負荷は……。


(な、何……だ…………この霊波は……っ?!)




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