29
「二人とも、早くこっちへ!」
まずは二人の安全を確保だ。
ワッツの声にハッとしたクミルだったが、彼女は避難するつもりではなく、即座に弓を構えて迎え撃とうとしていた。
「お、お嬢様! 逃げないと!?」
「嫌よ! あんなデカガエルくらい、アタシ一人でも十分やれるわ!」
よもやここで過信が出るとは。根元には、ワッツの役に立つという気持ちがあるのだろうが、それは今、発揮してほしくない感情だった。
「くらいなさいっ!」
放たれた矢は、真っ直ぐメガフロッグに向かうものの、その矢は肌に当たって突き刺さることもなく、そのまま跳ね返って地面に落ちた。
「嘘っ!?」
当然だ。相手はBランクのモンスター。霊気すら通っていないただの武器が通じる相手ではない。しかも初心者レベルの『霊道士』がどうにかできるわけもないのだ。
ギロリと、メガフロッグのいかつい睨みがクミルを射抜く。それと同時に、再び彼女に向かって舌が伸びてくる。
ワッツは、先ほどと同じように羽を広げてガードした。
「メリル、さっさとそのワガママ娘を連れてこい!」
「は、はい! 行きますよ、お嬢様!」
「ちょ、アタシはまだ――」
何かを言いたげだが、メリルに腕を引っ張られ、こちらへと走ってくる。その際に弓を落としてしまい、あろうことか、その弓をメガフロッグが舌を伸ばし取って食べてしまった。これで完全にクミルは攻撃手段を失った。
「あぁっ!? ア、アタシの弓ぃぃぃっ!?」
使い慣れた武器を一瞬で失った彼女には同情するが、そもそも自業自得でもあるので反省してもらいたい。
そして、ガードに使っていた羽を、今度は球体状にして、その中に二人を入れた。これで三百六十度、どこからでも彼女たちを守れる。
「あ、こら、ワッツ! ここから出しなさいよ! アイツ! よくもアタシの弓を! 絶対に許さないんだからぁ!」
「いいからそこで大人しくする! おすわりっ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
まるで犬に命令するように言うと反射的にか、返事をしたクミルと、何故かメリルも一緒にその場に座り込んだ。
(よし、クミルたちはこれでいい。あとは……)
意識をクミルたちに向けていたほんの僅かな間に、水面にいたメガフロッグの姿が消えていた。同時に、ワッツが影に覆われる。
「――上か!?」
跳躍したであろうメガフロッグが、ワッツを踏み潰さんと落下してきていた。
咄嗟にその場から離れ、トマトのように潰れることは避けられた。だが次の瞬間、奴の身体にある無数のイボが触手のように伸び、ワッツに襲い掛かってくる。
時には槍のごとく、時には鞭のごとく、縦横無尽に乱れる無数の触手が、四方八方からほぼ同時に向かってくるのは異様な光景だった。
その一本一本が持つ破壊力は、大地を削り、岩を穿つ。その速度も、一呼吸で懐に入ってくるほど。
明らかに危険だと察したのか、クミルたちがワッツの名を呼ぶが、ワッツは少しも焦りを覚えていなかった。むしろ……。
(これは……久々に良い修練になるな!)
無意識に口角が上がる。最近、こんなに強いモンスターとの戦闘はなかったので、少し修練には物足りなさを感じていた。
この状況は予定外ではあったが、なら都合よく解釈して、自らのレベルアップを図ろうと試みる。
無数の触手の先には、鋭い棘のような先端があり、恐らく獲物を突き刺すこともできるだろう。故に一撃でもまともにくらうと大ダメージが必須だ。
そんな烈火のような攻撃を、ワッツは次々と紙一重で回避していく。恐ろしく柔軟に身体を動かして、まさしく疾風迅雷のような速度である。
「す、凄い……っ!?」
その呟きは、メリルから発せられたものだったが、クミルもまた同じような気持ちは持っているだろう。それは、ワッツの一挙手一投足に見惚れている姿からも明らかだ。
Bランクのモンスターの攻撃を、難なくすべて回避する神業とも呼べる動き。あのようなことは高位ランクの『探求者』でもそうそうできないことだ。少なくとも、それだけの技量を持つ存在を、彼女はルーシア以外知らない。
つまり、世界で誰もが認めるほどの『探求者』として名を馳せる強者であるルーシアと、同年代の少年が同格という事実に、クミルは大きな衝撃を受けているのだ。
同時に、歯を食いしばり拳を強く握り込んでいた。自分よりも遥か先を行く憧れの存在の強さを改めて感じ、強い焦燥感と悔しさが胸を打っているのだろう。
「……メリル」
「え、はい、何でしょうか、お嬢様?」
「……アタシも、あんなふうになれると思う?」
その問いかけに、少し戸惑いを見せたメリルだったが、真剣な眼差しで答えた。
「はい! お嬢様なら、きっとワッツ様の隣に立てるようになれると私は信じております!」
その心からの声援を受け、クミルは静かに立ち上がり、軽く深呼吸をすると、これまで以上にワッツを観察し始めた。まるでそのすべてを学び、糧にしようとでもいうかのように。
そんな視線を向けられているとは露知らず、ワッツは今なお無傷のまま回避し続けていた。
「ゲゴォォォォォッ!」
自分の攻撃が、これほどまでに当たらないことに腹を立てた様子のメガフロッグ。大きく息を吸い込み、腹を風船のように膨らませ始めた。
(む……そろそろ〝アレ〟がくるか?)
ゲームでコイツとバトルした時に、結構厄介だった特性攻撃。
メガフロッグが、大きく息を吐き出すとともに、そこから無数の球体が噴出してきた。
触手はいつの間にか収まっており、ワッツの周囲には、足の踏み場もないほどの球体が埋め尽くしている。
それはひとりでに動き始めたかと思ったら、次第に形を変えてカエルへと変貌を遂げた。
そう、球体は卵だったのだ。そこから生まれたミニメガフロッグたちが、一斉にワッツに向かって飛び込んでくる。
こういう特殊な攻撃を、高位ランクのモンスターたちは行う。それに適切に対応できるかどうかで、討伐率がかなり違ってくるのだ。
(チビどもに纏わりつかれると、鈍重のバッドステータスがつくんだよな)
身体が重くなり、まともに攻撃や回避ができなくなる。この世界でも、こういう麻痺や毒、鈍重や沈黙などの状態異常(バッドステータス)は存在し、ゲームよりも何倍も警戒する必要がある。
ゲームでは、決まった時間で勝手に治癒するが、現実ではそうもいかない。時間で解除されるのもあるが、個人差にもよるし、麻痺や毒なんて受けたら、普通は致命傷に近いものがある。
故にこういったバッドステータスを受ける攻撃は、最優先して対処するべきなのだ。
「だから一気に蹴散らす――来い、《霊波翼》!」
背に顕現する二枚の羽。それを自分の周りで高速回転させる。すると、触れると切断する竜巻が生まれ、そこに飲み込まれていくミニメガフロッグたち。
無数にも思えた厄介者たちは、瞬く間に肉片へと変わってしまった。
「さぁて、次はお前だぞ――メガフロッグ」
ワッツの殺意に怯えた様子を見せるメガフロッグだが、ここから逃がすつもりは毛頭ない。
「三枚おろしか五枚おろし、どっちがいい?」
「ゲロ……ッ!?」
「そうか、じゃあ――百枚おろしだ!」
二枚の《霊波翼》を細長く伸ばすと、目にも見えないほどのスピードで操作し、メガフロッグの身体を寸断していく。断末魔の声すら上げられずに瞬殺され、一枚、二枚、三枚…………百枚。
ほんの数秒で、そこには見る影も形も失ったメガフロッグの残骸だけが残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます