28
「へぇ、結構綺麗ね」
山頂から見える景色は絶景だ。クミルは、遠目に見える雲や山、街道や森、さらに小さく広がる街を見ながら笑みを浮かべている。
(あとはここにある《熱源石》を採取するだけで……ん?)
何度も訪れたことがあるが、その時の記憶と現状を照らし合わせると、どこか違和感を覚えた。
「あ、あのあの……どうかされましたか、ワッツ様?」
無言で周囲を見回していたワッツを不思議に思ったのか、メリルが理由を聞いてきた。
「いや……ちょっと気になることがあってな」
「そうなんですか? それにしても、ここは綺麗な場所ですね」
メリルは周囲に広がる光景を見てうっとりとする。
それもそのはずだ。ここには色とりどりの草花が咲き乱れており、広場の中央付近には、雨が溜まってできたとされる池があり、陽光を浴びてキラキラと輝いている。
風も適度に吹いて心地良く、ピクニックをするには最適な場所だろう。
だが、そこにワッツは違和感を嗅ぎ取っていたのである。
(……静か過ぎる)
ここは確かに美しい場所だし平穏的に見えるが、勘違いしてはいけないのは、ここには普通にモンスターが生息しているということだ。
そして、山頂にも当然モンスターが存在して当たり前なのだが……。
(何もいねえ。変だよな…………いや、これは……)
目を凝らして観察してみると、赤黒く滲んだ地面や草花、生物の骨らしきものが確認できた。
ワッツは、身を屈めて不自然に色変わりしている地面に手を触れる。
(これは……やっぱ血が乾いた跡だよな)
血液が付着して、随分時間が経過したものではあるが、間違いないと判断する。
「さあ、ワッツ! 次はどうするの! どこに《熱源石》があるか教えなさい! このアタシ自ら採取してあげるわ!」
意気揚々と宣言するクミルやメリルは、この違和感に疑問を持っていない。ここに来るのが初めてなのだから当然だろうが、少しはモンスターがいないことに不自然さくらいは持ってもらいたい。
(ここで何かがあって、まあ間違いなく戦闘があって、ここにいたモンスターたちが殺されたか逃げたか、だな)
ここに生息するモンスターは最高でDランク。たとえワンランク上の相手だろうが、ここに生息しているモンスターは好戦的で逃げたりはしない。たとえ格上でも、無謀に歯向かっていくのである。
(つまりは、Dランクのモンスターが怯えるほどの圧倒的な実力者ってことか。となると、そいつは今どこにいるのか……)
見たところ、視界に映るところにはいない。空も見上げるが、穏やかに雲が悠々と流れているだけ。何かがやってくる気配もない。なら……。
「ちょっと聞いてるの、ワッツ! もういいわ! モンスターもいないみたいだし、アタシが自分で見つけてやるわよ!」
我慢できなかったのか、クミルは自らが《熱源石》を探すために動き回る。
「クミル様、大人しくしていてください!」
「大丈夫よ! アタシだって役に立――」
刹那、強烈な気配をワッツは感じ取った。
(まさか、〝ソコ〟にかっ!?)
ワッツが意識を向けた場所、そこは――池だった。
しかもクミルが、その池に向かおうとしている。
突然水面が盛り上がり、水飛沫を上げながら、その中から巨大な物体が姿を現した。
「……え?」
さすがに出現した存在に気づいたクミルが固まる。
「お、お嬢様ぁぁぁぁっ!?」
ソレを見た瞬間、脇目も振らずに主の危機を守ろうと、クミルのもとへメリルが駆け出していく。
そして、膨れ上がった水の中から、細長いモノが高速で真っ直ぐクミルたちへと走った。
「ったく、やらせるか!」
瞬時に《霊波翼》を顕現させ、盾のように彼女たちの前方を守らせる。
鋭く伸びてきた何かから、羽がクミルたちを守ったことで、その何かの正体が明らかになった。
(……舌?)
薄紫色という不気味な色はともかくとして、独特な丸みを帯びたヌメリ気のある軟らかそうな見た目から、カメレオンの舌を連想させた。
すると、その舌と思われる物体が、今度は高速で引いていき、水の中からその舌を持つ存在の全貌が明らかになる。
「「――ひぃっ?!」」
女性陣二人が、その姿を見て青ざめるのも無理はない。
何せ現れたのは、ナメクジのようなヌメッとした肌を持ち、全身にはブツブツと気持ちの悪いイボが無数に見られ、大きな口とギョロリとした瞳をした存在。
まさしく〝カエル〟だった。ただし、その体躯は、凡そ日本人だったワッツが見たこともないほどの規模。
(こいつはデケエなぁ……!)
見上げるほどの巨躯だ。体長五メートルくらいはあるだろう。こんな巨大なカエルに睨まれたら、蛇だって逆に怯えるだろうし、女性でなくとも身震いして固まってしまう。
(資料で見たことがあるな。確か……メガフロッグだったか?)
相対するのは初めてだが、資料で情報は得ていた。それにゲーム知識もあるので、本当の初めましてではない。ただ、そんなことよりも、ワッツはさらに強い違和感を持った。
(メガフロッグは、ここらには生息してねえはず。つまり、何らかの原因でコイツがここに現れたせいで、他のモンスターたちが食われたり逃げたりしたってわけか)
コイツのランクは――B。Dランク以下のモンスターが逃げるはずだ。二つもランクが違えば、それはもう大人と子供のような差がある。いくら好戦的とはいえ、さすがに力の差があり過ぎて、本能が逃げを選択してしまう。
(一体何が原因で……いや、今はそれよりも対処が先か)
そう判断し、さっそくワッツは動き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます