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「へぇ、結構綺麗ね」


 山頂から見える景色は絶景だ。クミルは、遠目に見える雲や山、街道や森、さらに小さく広がる街を見ながら笑みを浮かべている。


(あとはここにある《熱源石》を採取するだけで……ん?)


 何度も訪れたことがあるが、その時の記憶と現状を照らし合わせると、どこか違和感を覚えた。


「あ、あのあの……どうかされましたか、ワッツ様?」


 無言で周囲を見回していたワッツを不思議に思ったのか、メリルが理由を聞いてきた。


「いや……ちょっと気になることがあってな」

「そうなんですか? それにしても、ここは綺麗な場所ですね」 


 メリルは周囲に広がる光景を見てうっとりとする。

 それもそのはずだ。ここには色とりどりの草花が咲き乱れており、広場の中央付近には、雨が溜まってできたとされる池があり、陽光を浴びてキラキラと輝いている。


 風も適度に吹いて心地良く、ピクニックをするには最適な場所だろう。

 だが、そこにワッツは違和感を嗅ぎ取っていたのである。


(……静か過ぎる)


 ここは確かに美しい場所だし平穏的に見えるが、勘違いしてはいけないのは、ここには普通にモンスターが生息しているということだ。

 そして、山頂にも当然モンスターが存在して当たり前なのだが……。


(何もいねえ。変だよな…………いや、これは……)


 目を凝らして観察してみると、赤黒く滲んだ地面や草花、生物の骨らしきものが確認できた。

 ワッツは、身を屈めて不自然に色変わりしている地面に手を触れる。


(これは……やっぱ血が乾いた跡だよな)


 血液が付着して、随分時間が経過したものではあるが、間違いないと判断する。


「さあ、ワッツ! 次はどうするの! どこに《熱源石》があるか教えなさい! このアタシ自ら採取してあげるわ!」


 意気揚々と宣言するクミルやメリルは、この違和感に疑問を持っていない。ここに来るのが初めてなのだから当然だろうが、少しはモンスターがいないことに不自然さくらいは持ってもらいたい。


(ここで何かがあって、まあ間違いなく戦闘があって、ここにいたモンスターたちが殺されたか逃げたか、だな)


 ここに生息するモンスターは最高でDランク。たとえワンランク上の相手だろうが、ここに生息しているモンスターは好戦的で逃げたりはしない。たとえ格上でも、無謀に歯向かっていくのである。


(つまりは、Dランクのモンスターが怯えるほどの圧倒的な実力者ってことか。となると、そいつは今どこにいるのか……)


 見たところ、視界に映るところにはいない。空も見上げるが、穏やかに雲が悠々と流れているだけ。何かがやってくる気配もない。なら……。


「ちょっと聞いてるの、ワッツ! もういいわ! モンスターもいないみたいだし、アタシが自分で見つけてやるわよ!」


 我慢できなかったのか、クミルは自らが《熱源石》を探すために動き回る。


「クミル様、大人しくしていてください!」

「大丈夫よ! アタシだって役に立――」


 刹那、強烈な気配をワッツは感じ取った。


(まさか、〝ソコ〟にかっ!?)


 ワッツが意識を向けた場所、そこは――池だった。

 しかもクミルが、その池に向かおうとしている。

 突然水面が盛り上がり、水飛沫を上げながら、その中から巨大な物体が姿を現した。


「……え?」


 さすがに出現した存在に気づいたクミルが固まる。


「お、お嬢様ぁぁぁぁっ!?」


 ソレを見た瞬間、脇目も振らずに主の危機を守ろうと、クミルのもとへメリルが駆け出していく。

 そして、膨れ上がった水の中から、細長いモノが高速で真っ直ぐクミルたちへと走った。


「ったく、やらせるか!」


 瞬時に《霊波翼》を顕現させ、盾のように彼女たちの前方を守らせる。

 鋭く伸びてきた何かから、羽がクミルたちを守ったことで、その何かの正体が明らかになった。


(……舌?)


 薄紫色という不気味な色はともかくとして、独特な丸みを帯びたヌメリ気のある軟らかそうな見た目から、カメレオンの舌を連想させた。

 すると、その舌と思われる物体が、今度は高速で引いていき、水の中からその舌を持つ存在の全貌が明らかになる。


「「――ひぃっ?!」」


 女性陣二人が、その姿を見て青ざめるのも無理はない。

 何せ現れたのは、ナメクジのようなヌメッとした肌を持ち、全身にはブツブツと気持ちの悪いイボが無数に見られ、大きな口とギョロリとした瞳をした存在。


 まさしく〝カエル〟だった。ただし、その体躯は、凡そ日本人だったワッツが見たこともないほどの規模。


(こいつはデケエなぁ……!)


 見上げるほどの巨躯だ。体長五メートルくらいはあるだろう。こんな巨大なカエルに睨まれたら、蛇だって逆に怯えるだろうし、女性でなくとも身震いして固まってしまう。


(資料で見たことがあるな。確か……メガフロッグだったか?)


 相対するのは初めてだが、資料で情報は得ていた。それにゲーム知識もあるので、本当の初めましてではない。ただ、そんなことよりも、ワッツはさらに強い違和感を持った。


(メガフロッグは、ここらには生息してねえはず。つまり、何らかの原因でコイツがここに現れたせいで、他のモンスターたちが食われたり逃げたりしたってわけか)


 コイツのランクは――B。Dランク以下のモンスターが逃げるはずだ。二つもランクが違えば、それはもう大人と子供のような差がある。いくら好戦的とはいえ、さすがに力の差があり過ぎて、本能が逃げを選択してしまう。


(一体何が原因で……いや、今はそれよりも対処が先か)


 そう判断し、さっそくワッツは動き出す。



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