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 見事メガフロッグを討伐したワッツは、一応周囲を警戒しながら池の方へと向かう。どうやら二体目がいるなどというパターンはなさそうだ。

 そのまま二枚の羽を手前まで持ってくると、今度は手のような形にする。それを池の中へと沈ませていく。感覚を共有させているので、羽を通して池の中が確認できる。


「…………お、あったあった」


 池の底、そこに目的のものを見つけた。

 木材を燃やした炭のような歪な形の黒っぽい石。それが探していた《熱源石》で、地面に数多く埋まっていた。


 一つ一つが大きく、小さいものでも顔くらいの大きさがある。普通ならこれを持って浮上するのも困難だが、ワッツには関係ない。

 ショベルカーのように、石を地面ごと幾つも掬い上げ、軽々と浮上させていく。


 そして、ワッツがいる地上まで持ってきたのだが「ん?」と眉をひそめてしまう。


「これは……何だ?」


 掬い上げてきた石と一緒に異物も紛れ込んでいたのだが、それはどう見ても石や木ではなかった。

 大小様々な紫色の欠片がある。しかし、気になるのは湾曲しているのが多いと言うこと。


「何だこの丸みを帯びた破片は…………あ、もしかしてこれ、卵の殻か?」


 ピンときたと同時に、ある推測が浮かぶ。


「そっか、これ〝モンタマ〟だな。それにこの殻の多さからして、結構でかかったはずだ」


 モンスターの卵を、略してモンタマと呼ぶ。形や色など、モンスターによって異なっており、特に大型のモンタマは大きい場合が多い。

 そして、これだけの大きさを持つモンタマから生まれるモンスターは、この【トワーク山】にはいないはず。ということは、だ。


(このモンタマから生まれたのが、さっきのメガフロッグってわけか。何でこの山に、生息しないモンスターがいたのか分かったけど、問題は何でこんなとこにモンタマがあったのか、だな)


 考えられるのは、空を飛ぶモンスターが、メガフロッグの卵を奪い、飛行中に落としてしまって池の中に入ったということ。たまにそういうことが起こるのは知っている。ただ、確率的にはあまり高くない。


 そもそも高度にもよるが、いくら池とはいえ、高所から落として卵が無事だとは思えないのだ。そのまま割れてしまうのがオチだ。


(まあ、生まれる寸前だったかもしれねえけど、これだけの大きさだと、運んでたモンスターも相応に巨大なはずだよな。そんな大型の飛行モンスターの確認なんて最近されてねえし)


 ここから街は近いし、確認されれば警戒発令がされるのだ。大型のモンスターは、基本的に高位ランクであることが多く、もし街を襲われれば被害が尋常ではないからである。


 だが、この四年の間、近くに大型モンスターが近づいているという話は聞いていない。


(なら……誰かが故意にモンタマをここに捨てた? けど何のために?)


 その理由がサッパリ分からない。やはりこの考えも現実的ではないのか……。

 モンタマをコレクターするような連中もいるし、それを利用する奴らだっているが、確信を持つには至らない。


「ちょっとーっ、ワッツーってば、いつまでアタシたちを閉じ込めとくつもりよーっ!」


 そこへ、不満気な声音が轟く。そういえばクミルたちのことを忘れていた。


(ま、とりあえずギルドに報告だけはしとくか)


 殻の一部を回収し、《霊波翼》で《熱源石》を持ちながらクミルたちの方へ行き、彼女たちを解放した。








「――そろそろ機嫌直してくださいよ」


 《霊波翼》で閉じ込めたことを、いまだに根に持っているのか、膨れっ面でそっぽを向いたままのクミルに辟易する。


「そうですよ、お嬢様。それよりも私だって言いたいことがあるんです!」

「え? と、突然どうしたのよ、メリル?」


 少し怒った表情を見せるメリルに、たじろいでしまうクミル。


「どうしてあんな危ないことをなさったんですか!」

「そ、それは……」


 メリルが言っているのは、メガフロッグの前で逃げずに立ち向かおうとしたことだろう。

 勇敢といえば聞こえはいいが、己の実力を把握できていない者が行うのは、ただの無謀でしかない。事実、メガフロッグの攻撃に対して、ほとんど反応すらできていなかったのだから。


「お嬢様……私は……メリルは嫌ですよぉ……お嬢様が傷ついたり、死んじゃったら……私はどうっ……すれば……ひっく……いっ……いいんでしゅかぁぁぁぁ! ふぇぇぇぇぇぇん!」


 大量の涙を溢れさせ泣き出すメリルに、あわあわと混乱し始めるクミル。


「ちょ、あ、え、えと……っ!?」


 どうすればいいか頼るような視線をワッツに向けてくるが、ワッツは静かに瞼を閉じて黙す。こちらとしては、しっかりと反省してもらいたいからだ。

困惑するクミルが、何を思ったのかメリルを強く抱きしめる。


「ごめんっ! アタシが間違ってたから! だから……もう泣かないで、メリル」

「おじょ……うじゃまぁぁぁ……っ」


 メリルはクミルの専属メイド。確かに主従の関係であり、普通ならメリルの失礼にも当たる言動は罰せられてもいいことだ。しかし、二人の繋がりは深い。 


 メリルは実のところ、奴隷として売られていたのである。両親に借金返済のために捨てられ、幼い頃から奴隷商館で働かされていた。

 特別に能力が高いわけでもなく、目立った特技もなかったために買い手もつかずに、奴隷商も扱いに困っていたのである。


 そんなある日、アロムが社会勉強のためと奴隷商館の視察に、クミルを連れて行った時のこと。

 クミルの目に留まったのが、一人孤独に商館の隅で掃除をしていたメリルだった。そこであるいざこざがあり、その結果、クミルがメリルを欲したのである。


 アロムは、クミルにメリルを買い与え、そこからずっとこれまで二人は一緒に育ってきた。

 だから、辛い孤独の闇から救ってくれたクミルに対し、メリルは心から慕っており、その忠義は何が起きても揺らぐことはない。それは原作でも同様だった。


 だが逆に、クミルが傍からいなくなれば、それはまた孤独へ帰ることになり、クミルを失うことを恐れているのだ。

 また、クミルもメリルを妹のように可愛がっていて、奴隷でありながらも接し方は家族と変わらない。だからクミルのアキレス腱でもあるメリルが悲しむのは、クミルも避けたいことなのだろう。


 抱きしめながら、泣きじゃくるメリルの頭を優しく撫でている。その姿は、本当に仲の良い姉妹にしか見えない。


(本当は俺が説教するつもりだったけど、これならまあ……いいか)


 血の繋がりなんてなくとも、家族になれるという良い見本だなと頷く。

 しばらくすると二人は落ち着いたので、とりあえずは次の工程に移ることにした。



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