25

 視線を向けると、そこに三人の少年が立っているのが確認できた。

 そいつらを見て、ワッツは無意識に溜息が零れ出る。関わっている時間が無駄なため、そのまま無視しようと思って背を向けるが……。


「何無視して行こうとしてんだ、悪魔野郎!」


 目前に三人が回り込んで立ち塞がってきた。


「……はぁ。そこをどけ、モイズ」


 三人の中で、リーダー的少年――モイズは、どくつもりなどないようで、ニヤニヤと笑みを浮かべている。二人の取り巻きもまた、同様に偉そうに佇んでいた。


「ちょっと、アンタたち邪魔するんじゃないわよ!」


 イラっとした様子のクミル。


「これはこれはクミル様、おはようございます」

「挨拶なんてどうでもいいわ。さっさとそこをどきなさい!」

「っ……俺はただ、コイツがあなた様に失礼なことをしないか不安に思っただけでして」

「はあ? 失礼なのは、いきなり現れてアタシたちの邪魔をしてるアンタたちよ。これからクエストなのよ、さっさと消えなさい」


 相変わらずどうでもいい相手には冷たいほどの対応だ。


「ク、クエストだと? くっ……領主の娘だからってふんぞり返りやがって……!」


 それまで取り繕っていた体面が一気に崩れた。


(相変わらず短気だな。てかコイツ、領主の娘に暴言吐くって、どういうことか分かってんのか?)


 アロムは他の貴族よりも温和で優しいからともかく、別の領地でこんな発言をすれば、一発で首を斬られてもおかしくはない。だからモイズも、最初は丁寧な言葉遣いだったのに、本当に沸点が低い奴である。


 モイズが、こんなにも怒りを露わにする理由は明白。彼もまた、僅か十歳で『探求者』になり、日々クエストに勤しむワッツが気に食わないのだ。


 当初は、余所者であり子供で悪魔と呼ばれるワッツは、街の人たちにも忌避されていたが、この四年間で、多くの仕事をこなして少しずつ認められてきた。その実績に、モイズは不満を持っているのだ。


 また、モイズは対抗するために『探求者』になろうとしているが、登録許可を得られないので、当然クエストにも出られない。

 だからこそ、同年代のクミルがクエストに出ることが認められているという事実も沸点を低くさせている原因なのだろう。


「おい、ワッツ、てめえも調子に乗るんじゃねえぞ!」


「別に調子に乗ってねえ。ていうか朝から絡んできやがって。何か用なのか?」


 このモイズたちは、ワッツがこの街に来た当初から絡んできた悪ガキだ。スリや万引き、恐喝や器物損壊なども行うような札付き。まだ成人していないからと、捕縛されても厳重注意で済まされている。


 そんなどうしようもない悪ガキは、悪魔や忌み子などと、ワッツに会う度に言ってくる。時には喧嘩を吹っ掛けてくることもあるが、ワッツは無視したり軽くかわしたりして大人な対応をしていた。


 だが、それが精神的に幼過ぎるコイツらには逆鱗に触れることだったようで、益々絡んでくるようになったのである。

 忌み子のくせに、『探求者』としての地位を確立するワッツが気に入らないらしい。同年代としての劣等感を覚えているのだろう。


「聞いたぜ、この前、ジャイアントマンティスを五体も一人で討伐したそうじゃねえか。しかも無傷で」

「……だから何だ?」

「はんっ! よくもまあそんな嘘を吐けるな!」

「嘘?」

「当然だろうが! てめえみてえな奴が、Cランクのモンスターを狩れるわけねえだろうが! どうせ『星の旅団』の奴らがやった手柄を自分のものにしただけだろう!」

「ちょ、そんなことをワッツがするわけないでしょ!」

「てめえは黙ってろよっ!」


 先ほどまでの敬語は本当にどこへ行ったのか、熱くなったモイズは、クミルを睨みつけて黙らせる。そのせいで、クミルの傍にいるメリルが怯えている。


(……はぁ。マジで鬱陶しいな)


 何でこれから仕事だっていうのに、こんなしょうもないことに疲労を感じないといけないのか。


「そんなにまで有名になりてえか? みんなを騙してまでよぉ!」

「騙してなんかねえんだけどな」

「悪魔のくせに、言い訳すんな! この俺が、騙されてるこの街の連中に真実を伝えて目を覚まさせてやるよ!」

「……好きにしろよ」


 そもそも皆からの信用なんて皆無のコイツが吹聴したところで無意味だ。


「は、はあ? 何だと?」

「だから、好きに言い回ればいいだろうが。俺は別に他人の評価なんて気にしてねえ」

「う、嘘だ! 強がり言うんじゃねえよ!」

「そう思うんなら好きにしろって言ってんだ。俺は、たとえ誰に何を言われようと、自分のやりたいことをやるだけだ。いちいち他人の評価を気にして時間を無駄にするくらいなら、その分、俺や俺を信じてくれる人たちのために自分を磨くだけだ」


 ワッツの少しも揺るがない意思に、三人の少年たちはたじろぐが、クミルとメリルは、どこか浮かれたように、ぽ~っと頬を赤くしてワッツに見入っている。


「お前らも俺に関わってるより、少しでも自分のために時間を費やした方が、成長できると思うぞ」


 時間は有限だ。目的を持って、そこに向かってひたすら走り続ける方が建設的だし、意義のあることだと思っている。

 他人が気に食わないといって、そいつを貶めたり馬鹿にするなんて生産的ではない。ハッキリいって時間の無駄でしかない。


 もう相手をしていられないと思い、今度こそ無視して進もうとするが……。


「だ、だから待てって言ってんだろうが!」


 ワイズが、脇を通り過ぎるワッツの肩を、力強く握って足止めをしてきた。



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