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あれから霊気が空っぽになってぶっ倒れたクミルに、よく休むように言って、メリルに連れて帰るように言った。
限界まで魂魄を酷使したせいで、明日は疲労感や虚脱感で動けないかもしれないが、しっかり休息を取ればクエスト日までには完全復活できるはず。
裏庭で一人になったワッツは、自分の修練を行いつつ、気絶するまで頑張ったクミルのことを思い出す。
明らかに原作初期の彼女ではない。確かにいまだ高慢なところは残っているものの、泥に塗れても努力する姿は、まさしく物語後半の逞しいクミルだった。
(少し認識を改めねえとな)
霊気を全身から放出させて、その形態を無数の球体へと変える。
クミルにとって、たった一つだけでも至難だったソレを、一秒程度で数え切れないほどのものを作り上げた。
実際クミルは弱い。完全に修練不足だ。しかし、それは仕方ないこと。何故なら、今までしっかりした修練など行ってきていないし、霊気についての知識も足りなかった。
原作でも彼女が強くなるのは後半だ。典型的な大器晩成型なのだが、このルートで、こうも早く成長しているのは、今後の物語にどういう影響をもたらすのか。
(ま、俺には関係ねえけどな。学園にも行くつもりねえし)
『霊剣伝説』の物語は、大きく三つに分けられる。
前編が、もうすぐ始まる〝学園編〟だ。ここで主人公は、数多くのヒロインや仲間たちと出会い、様々な経験をして成長していく。
学園では、それこそいろんなイベントが起こるが、少し気になることもある。
それはワッツという存在がいないことだ。彼というキャラクターがいるからこそ発生するイベントも数多くあり、その試練を超えることで主人公たちが成長するというパターンもある。
(……まあ、俺がいなくても、別の試練が生まれるっつう原作修正パターンもあるかもなぁ)
それで主人公の経験値の補填をする。よく二次創作などに使われる手法だ。
別の悪役が現れたり、全体的に物語の進むレベルがハード化し強制的に主人公を成長させたりと、空いた穴を都合の良い何かで埋める。
(学園かぁ……。青春なんて今の俺には懐かし過ぎるけど)
当然前世では、学生時代も経験した。しかし、思い出に残るほどの青春なんてした覚えがない。あまり人付き合いも良くない草食系男子だったこともあり、輝かしい青春なんていうアルバムは存在しない。
(とにかく俺はこのままでいいかな。この街で過ごす分には平和だし)
もうすぐうるさいクミルもいなくなるし、主人公一行と関わらなければ、適度にスローライフを楽しめるだろう。
(俺が目指すは――〝ひねもすのたり〟。一日中のんびりと、だ)
それを実現するまで頑張ろうと決意し、修練に励んでいく。
――クエスト当日。
街の正門でワッツが待っていると、そこへ妙に顔を強張らせているクミルが姿を見せた。
「ま、待たせたわね!」
すぐ傍には、同じようにソワソワと落ち着かない様子のメリルもいる。
ちなみにクミルの背には弓矢が装備されていて、それを見たワッツは少し感心した。
原作でも、初期は弓を扱うキャラクターだったので、弓を所持している驚きはしなかったが、その弓が大分使い込まれている様子だ。それが修練の跡だと知り、その努力に、やはり彼女は成長としていると感じざるを得なかった。
「…………もしかして緊張してます?」
「っ……そ、そそそそそんなことないわよぶっ!」
ハッキリ噛んだ。つまりは、そういうことなのだろう。
「それで? メリルも連れていくつもりですか?」
「こ、この子はアタシのメイドだもの! 当然じゃない!」
「あ、あのあの……ご迷惑かと思いますが、旦那様からも許可を頂きましたので、どうかお認めくださると嬉しいのですが!」
ペコペコと何度も頭を下げる姿が健気だ。こういうところをクミルにも見習ってもらいたい。
「……了解です」
メリルがいてくれた方が、もしもの時に、クミルを連れて一緒に逃げてくれるだろうからと承諾した。それに、アロムが認めたのなら何も言うことはない。
(多分、俺とクミルを二人っきりにしないためだろうしな)
強者として認めているアロムも、さすがに年頃の男女を二人きりにするほど緩くはないということだ。親バカだし当然の対応である。
(ガチガチに緊張してるけど、まあ……自信満々で好き勝手されるよりはいいか)
合流を果たし、目的地へ向かうために外へ出ようとした時だ。
「――おいおい、こんなところで悪魔がいたぜ!」
不意に嫌味たっぷりの声音が響いた。
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