23

 クミルは、自分から放出されている霊気を球体状にしながら興奮を覚えていた。


(ああ、ワッツが見てるわ! このアタシだけをずっと!)


 彼の視線を独占していることが、何よりのクミルの起爆剤として機能していた。

 ワッツに認められたい。嫌われたくない。そんな強い想いが、今のクミルを形作っていたのだ。


 初めて彼――ワッツのことを知った時は、正直、不愉快さ極まりなかった。

 何せ、あの目立つ赤髪の上、自分の父――アロムや、街の守護者と言われているルーシアが期待をかける子供だったのだから。


 それはクミルが十歳の時だ。

 夕食を家族で食べていると、いつもより機嫌の良いアロムを不思議に思い、クミルは何かあったのか尋ねてみたのである。

 アロムは、楽しそうに先日ルーシアが連れてきた新しい移住者について話した。母であるウミナもまた、興味深そうに耳を傾けていた。


 その話の中に登場したのが、ワッツである。

 クミルと同年代の子供ということで、クミルもまた少し興味が惹かれたものの、どうせ平民でそこらにいるような普通の子供だろうと思っていた。


 しかし――。


『あの子はきっと、将来凄い男になるよ』


 あろうことか、アロムが絶賛したのである。彼が子供に対して、そのような評価を下したのは、自分以外では初めてだ。


『しかもあの若さで『探求者』の資格も得た! まさに神童さ!』


 驚愕。まだ十歳らしいのに、ありえないとさえ思った。


『ルーシアも言ってたしね。ワッツは、自分を超えるような人物になると。もしかしたら彼の『英霊王』のような存在になるかもって言ってたなぁ。いやぁ、実に楽しみだねぇ』


 本当に楽しそうに話すアロムに、ウミナも是非会ってみたいと願う始末。

 だから、クミルは不愉快だった。自分だって両親に褒められることは多々ある。しかし、ワッツのような評価はされたことがない。


 あくまでも可愛いや、綺麗、よくできましたなど、およそ小さな子供に言うようなことばかり。もちろん嬉しくないわけではない。ただ、自分とは違う称賛を与えられているワッツに対し嫉妬したのである。


 そこからクミルは、アロムの評価が間違っているはずだと決めつけ、自分の目で化けの皮を剥いでやろうと、ワッツを観察することにした。

 赤い髪――それは、悪魔を象徴すると言われており、多くの者から忌避されている。国によっては即処刑されるほどだ。


 自分なら、怖くて外なんて歩けないし、それが普通だと思う。

 当初は、そんな悪魔に近づくのは怖いという感情もあったが、それよりもワッツが目立っているという事実が我慢できずに、隠れながらでも接触しようと試みたのである。


 それに、悪魔なんて言われるくらいだから、きっと人を騙すような性格で、アロムもまたその被害者になっていると勝手に決めつけていた。

 初めて自分の目で見たワッツは、堂々と街中を歩いていた。彼を見る視線の中には、嫌悪感を宿すものもある。それに気づいているにもかかわらず、歯牙にもかけない様子だった。


 何度か、街の子供たちに囲まれ、悪魔呼ばわりされていたが、それもまた怒ることもせずに、まるで大人が子供をあしらう感じで対処していたのだ。

 クミルは、そんなワッツを見て、『何よ、何なのよコイツ……!』と、どうしてそんなにも威風堂々とできるのか信じられなかった。


 クミルの興味がどんどん強くなっていき、ある日、ワッツに対して、徹底的に価値観が変わる場面に出くわした。

 それは、彼が住むルーシアの館の裏庭での出来事。外壁の外側から、そっと彼を観察していた。どうやら彼は、霊気の修練をしていたようだ。 


 まず彼が霊気に目覚めていることに驚いた。自分はまだ『霊道士』ではないのに。

 さらにいえば、彼から発せられる霊気は凄まじく、その量と質に圧倒される。また、普通ではない色にも驚愕する。ありえない、と身体が震えた。


 貴族でもないはずなのに、あれほどの霊気を放つのはおかしい。平民は、平均的に霊気量が少なく、目覚めてもほとんど意味のないもので終わってしまう。だからほとんどの者は、霊気を活用していない。いや、活用できないのだ。


 前に、ルーシアが霊気を使っての模擬戦を見たことがある。彼女は、『霊道士』としてもずば抜けた選ばれた才を持つ存在で、その身に宿す霊気も貴族が脱帽するほど。そんなルーシアが、あの時に見せた霊気よりも濃かった。

 さらに、あれほどクールな態度の彼が、今は汗に塗れ、必死な表情で修練をしている姿は、自分が考えていたような人を騙すような卑怯者には見えなかった。


 思わず絶句して、見間違いかとも思っていたが、その直後、決定的な場面を目にする。

 突如、ワッツの背後から真紅の翼が出現し、彼がフワリと浮上した。

 空に浮かびながら、朝日に照らされるワッツを見て、無意識にクミルは呟く。


『…………綺麗』


 それは一枚の絵画のようで、まるで神の使徒のような美しさがあった。

 その衝撃たるや、今までのクミルの価値観をひっくり返してしまう。

 それまで街の子供たちは、自分よりも劣っている情けない存在だと。いずれ自分が領主となった時に、自分のために働く手駒になるだけに過ぎないと考え、別段興味を持つことはなかった。


 自分は選ばれた貴族の子で、将来は誰もが手に入れたいと願い出てくるような最高の女性になると信じて疑っていなかったのである。 

 己が見るべきは、ルーシアのような強くて逞しい大人だけ。子供など論外。そう考えていたが、ワッツと出会い、彼の強さに、逞しさに、美しさに惹かれ、彼のようになりたいと思うようになった。


 それからというもの、外に出られる時は、常にワッツのもとへ向かった。自分が彼のように強くなるには、彼を知ることが一番だと思ったからだ。そしてそれを教えてくれたのは、母のウミナだった。

 どうすればワッツみたいになれるか尋ねたところ、快くアドバイスをしてくれたのである。


 けれど、どれだけ彼と接触し話しかけても、何故か冷たい態度でかわしてくる。まるで苦手な人を相手にするかのように。

 何度も拒絶され、その度に泣きそうになると、何故かその時に限って、少しだけ優しくなる。本当に訳の分からない子供だった。

 ウミナが教えてくれた。ワッツに認められたいなら、それだけ努力しなければならないと。


『努力している人は、努力をする人を決して嫌わない』


 その言葉をウミナから受け、ワッツに認めてもらうために、まずは同じ『霊道士』になりたいと、《霊覚の儀式》も行い、自分には優秀な資質があることが分かり喜んだ。 


 次に、ワッツと同じ『探求者』にもならなくてはと思い、アロムに願い出るが、これはウミナともども不許可を頂く。

 分かっている。ワッツは、相応の実績……強さがあるから今の立場なのだということが。


 まだ霊気の修練すらまともにしていない自分が、すぐに彼と同じ目線に立つなんて無理なのは理解していた。

 それでも焦って、毎日毎日ワッツに突撃しては、クエストに連れていけと駄々をこねる。当然断られ、その度に不貞腐れてしまう。

 そんなことが積み重なっていき、十五歳になった頃、学園へ通う時期がやってきた。もしこのまま学園へ行くことになれば、ワッツとは離れ離れになる。


 前にワッツに聞いたが、学園には行くつもりはないとのことだった。つまり、学園を卒業するまで、彼に会えないということ。

 だから焦って、しつこくワッツと一緒に仕事がしたいと詰め寄った。


 そして、それまで絶対断ってきた彼が、何故か条件を出してきたのである。アロムが認めたらOKだと。結果、認めてもらい、クミルは有頂天になった。

 ようやくワッツと一緒にクエストができる。彼が普段行っていることを、直接この目で見られると喜んだ。


 しかしながら、もし……足手纏いになって、彼が傷ついたりしたら?


 そう考えた時、いても立ってもいられず、少しでも今の自分よりも成長するにはどうすればいいか考え、結局またワッツに頼ることにした。

 また断られるかもと思ったが、結果的にいえば、彼に修練を見てもらえることになり、心の底から感激した。ただ、それを態度や言葉にするのは恥ずかしくてできなかったが。


(だから、恥ずかしいところを見せるわけにはいかないのよっ!)


 本当は汗をかくのも嫌だし、尻もちをついて汚れてしまった姿を見せるのも嫌。泥臭い姿を他人に見せるなんて、貴族としても恥ずかしい。

 けれど、そんなことよりも、ワッツの足手纏いになるのはもっと嫌だった。

 何故なら、この四年間、ずっと彼を追ってきたのだ。認めてもらいたいがために。


 だから辛くても、恥ずかしくても、憧れているワッツが傍で見てくれている。

(それだけでアタシは、どこまでも頑張れるもんっ!)


 まさしく乙女の純情が成せる姿であった。


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