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「いいですか、肉体とは全身――皮膚、筋肉、骨、内臓、それらからエネルギーを抽出するイメージで。そして精神とは心、エネルギーが欲しいと強く念じて、魂から湧いてくるようにイメージするんです」


 精神からというのはイメージしにくいものがあるが、これ以上、分かりやすい説明はできない。こればかりは各々の感覚でしかないのだから。


(――っ!? さすがは原作ヒロインってところか)


 見れば、先ほどよりも明らかに霊気の質が良くなっている。さらに操作に関しても、綺麗な球体とまではいかないものの、それらしい形になってきた。


 たかがこれだけの説明でこなせるのは才能としか言えないだろう。実際、ルーシアも感心している様子だ。


 そして、数時間後――。


「――これで、どう!」


 全身汗塗れになりながらも、一息も休むことなく修練を続けた結果、見事クミルの前方には霊気の球体が浮かび上がっていた。


(驚いたな。てっきり一時間も立たずに投げ出すと思ってたのに……)


 しかし、クミルは一切の休息も取らずにここまでやってきた。


「見事ですよ、クミル様」

「凄いです凄いです! 立派です、お嬢様ぁ!」


 ワッツが認め、メリルは嬉しそうに飛び跳ねている。


「と、当然よ! このアタシを誰だと思っているのよ! この【ロイサイズ】の領主の娘、クミル・オル・ベアーズ・クロンディアなんだから!」


 気を良くしているクミルが高笑いしている中、彼女が作り出している球体に向かって、ルーシアが指先で小石を弾いて球体にぶつけた。


 ――バチンッ!


「ふにゃっ!?」


 突然球体が爆ぜたことで、クミルは驚いて尻もちをついてしまう。


「まだまだ圧縮率が弱い。形だけだな。今の小石くらい、逆に弾き返してこそ、だぞ」

「むぅぅぅぅ!」


 せっかく作ったのに潰されてしまったことで、頬をリスのように膨らませて不機嫌さを露わにするクミル。


 ルーシアの言い分は正しいが、今のはさすがにやり過ぎなような気もするから、ワッツは何も言わない。ただ、メリルもまた、ご主人様の努力が簡単に消されたとでも思ったのか、同じように頬を膨らませてルーシアを睨みつけている。


「おっと、どうやら可愛らしい小動物を二匹同時に怒らせちまったみてえだな。アタシはそろそろ仕事だし失礼するぜ。じゃあ、修練頑張れよ~」


 バツが悪くなったのか、そう言いながら逃げるように去って行った。


(完全にただの暇潰しだったなこりゃ……)


 ルーシアの思惑に至り、溜息が零れ出る。


「も、もう一度やるわ!」


 まだやるつもりのようで、クミルは立ち上がった。


(え? ……まだやるのか?)


 彼女が文句一つ口にせず、歯を食いしばる姿を見て眉をひそめた。


「お、お嬢様、そろそろ休息を取ってはどうですか?」

「ごめん、メリル。もう少しだけやらせて」


 真剣な眼差しで、再び霊気を集中させていくクミルを見て、


「……一つ聞いてもいいですか、クミル様?」


 と、ワッツは尋ねてみた。


「何よ? 集中したいんだけど?」

「すぐ終わりますよ。……何でそんなに頑張るんです? しかも急に、朝早く訪ねてきてまで」


 それは気になっていたことだった。クミルのことだから、すぐに「疲れたわ」と、根を上げて止めると思っていた。そもそも一時間も集中できたことがすでに驚きなほど。何せ原作のクミル、序盤はそういうキャラだったから。


 泥臭いことを嫌い、努力よりも楽して何かを得ようという考えが強かった。だが、今の彼女の姿からは、怠惰者の気質が感じられない。


「そ、それは…………ないから」

「はい? 何ですか?」


 顔を俯かせて小声で言うものだから聞こえなかった。


「だ、だから! 足手纏いになんかなりたくないからよっ!」

「……!」

「~~~~~っ! ってかもういいでしょ! 集中するから静かにしててっ!」


 顔を真っ赤にしながらも、霊気を操作して球体を作り始める。


(……もしかして、俺はちょっと勘違いしてたのか?)


 原作の知識はあくまでも知識でしかない。


 そもそもここにワッツがいることで、原作から外れてしまっているのは明白。原作では、クミルはワガママで高飛車な典型的な貴族のお嬢様。猪突猛進で残念ヒロインとして初期は描かれる。それはきっと彼女を諫めたり、目標や壁となるような人物が傍にいなかったから。


 あのアロムでさえも、きつく注意することはせず、持ち上げるばかりだから仕方ないのかもしれないが。

 同年代の中で優秀、『霊道士』としても将来性が高い。親も甘い。それらが彼女の高慢さを助長していたのだ。


 しかし、ワッツがここにいることで、良くも悪くも彼女は変わったのかもしれない。ルーシアという強者と親しい接点を持ち、その繋がりでルーシアの部下とも触れ合うこともある。


 そして、何よりもワッツという、同年代において高い壁が存在していた。自分よりも『霊道士』として優秀で、『探求者』としても立派に活動している。

 さらには子供っぽさがあまりないワッツと触れ合うことにより、少なからずその影響を受けてきたはずなのだ。


(そうだよな。成長するタイミングが、原作通りなわけがないもんな。今の俺みたいに)


 ワッツが関わらなかったら原作通り、今でも泥臭い努力なんて忌避していただろう。しかし、紛れもなくクミルは成長している。原作でも終盤では、差別意識も持たない、人を思いやれる、それでいて頼りになるヒロインへと成長していた。


 そしてそれは、努力をし続ける主人公や、同年代のヒロインたちの優秀さを目の当たりにし、置いていかれたくないという気持ちや、主人公の傍に立ちたいという想いが努力を生んだ。


(けど、俺がそんなに影響を与えたなんて思えねえんだけどなぁ)


 実際、初めて会った日から、あまり接触したくないと思い、いろんな理由をつけて距離を取ってきたのだ。なのに、成長させるような影響を与えたとは思えなかったのである。




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