26
「! もうっ、アンタね、いい加減にしなさいよ!」
堪忍袋の緒が切れたようで、口を尖らせたクミルが、ズカズカとモイズに近づいてくる。
「うるせえ! さっきからいちいち邪魔すんな! この七光りが!」
「きゃっ!?」
モイズが、接近してきたクミルの身体を突き放したことで、その力が強かったせいか、後ろに転倒しそうになる。
だが、瞬時に動いたワッツが、彼女をそっと背後から受け止めた。
「大丈夫ですか、クミル様?」
「!? ワ、ワッツ!? ……う、うん」
慌てて駆けつけてきたメリルにクミルを預けると、ワッツは溜息交じりにモイズを睨む。
「おい、モイズ」
「な、何だよ! そいつが悪いんだからな! 俺の邪魔ばかりしやがって!」
「……お前も、もうすぐ成人だろ。それなのにカッとなって女性に手を上げるってのはどうなんだ?」
「う、うるせえっ! 上から目線で説教なんてしてんじゃねえぞ! おいてめえら、もういい! コイツに俺らの怖さを教えてやるぞ!」
「「は、はい!」」
どうやら今度は武力行使をするつもりのようだ。
ワッツ一人ならば、相手をするのも面倒なので逃げるのだが、この場にはクミルたちもいる。それに……。
「……言っておくが、一発は一発だぞ」
「は? ――っ?!」
直後、三人には意識できないほどの速度で、モイズの背後へ回ったワッツが、モイズの首筋に手刀を当てると、そのままモイズは白目を剥いて前のめりに倒れた。
「「モ、モイズさんっ!?」」
二人の取り巻きが、突然意識を失ったモイズを見て愕然とする。そんな二人に対し、冷徹な眼差しを向け、ワッツは言い放つ。
「これ以上やるなら、お前らも覚悟はしろよ?」
「「――っ!?」」
軽く殺気をぶつけてやるだけで真っ青になる。
「さっさとこのバカを連れてけ――邪魔だ」
「「は、はいぃぃぃぃっ!」」
尋常ではないほどの恐怖に歪んだ顔をして、慌ててモイズを抱えて去って行った。
ここでモイズを見捨てて逃げない程度には、あの二人にモイズは慕われているのか。それとも何か弱みでも握られているのか。まあ、どうでもいいことだが。
「さて、邪魔者も排除できましたし、そろそろ……って、どうしました、二人とも?」
クミルたちを見やるが、何故か二人ともがワッツのことを見つめながら固まっている。
「す、凄いです! さすがは『紅き新星』様です! そうですよね、お嬢様!」
先に口を開いたのはメリルだった。感激しているようで、軽く興奮状態である。
「あれ? お嬢様? どうかされましたか、お嬢様?」
「え……え? あ、ええ、そうね! ていうかワッツなら当然よ! 何せ、このアタシが認めてあげてるんだもの!」
何だか上から目線だが、これでこそクミルである。
「怪我もなさそうですし、さっさと行きましょう。無駄な時間を過ごしました」
「ええ、分かったわ!」
ワッツが先導して歩こうとすると、クミルがワッツの服の裾を掴んで制止させた。
「? ……どうしたんです、クミル様?」
「えと……その…………助けてくれて、ありがと」
これは驚いた。まさか素直に礼を言ってくるとは、本当に目の前にいるクミルは、原作が始まる前のクミルなのかと信じれない気持ちになる。
「……別に構いませんよ。あなたを守るのも仕事のうちですから」
「し、仕事……むぅ」
「? 何で膨れっ面を向けてくるんです?」
「べ、別に何でもないわよ! ほら、さっさと行くわよ!」
いきなり不機嫌になった理由が分からず困惑していると、クスクスと楽しそうに微笑みながら、メリルがワッツの隣に立つ。
「お嬢様ったら可愛いです。ワッツ様、改めまして、先ほどはお嬢様を助けてくださり、ありがとうございました」
「いや、だから礼を言われるほどじゃ…………まあ、受け取っておく」
「はい! あ、お嬢様、そんなに一人で先に行かないでくださ~い!」
クミルを追いかけていくメリルを見て、ワッツは、どこか釈然としない思いを抱えつつも、二人のあとを追って正門を潜っていく。
(何だかんだいって、モイズとの諍いのお蔭か、大分緊張が解けたみてえだな)
そう思うと、あのバカも少しは役に立ったと思った、
外に出ると、歩きながら今回のクエスト内容を、ちゃんと把握しているか、クミルに聞いてみた。
「しっかり覚えてるわよ! 《熱源石》の採取でしょ? クエストランクは確か……Dね!」
「これから行く場所は?」
「あそこに見える――【トワーク山】よ!」
その通りだ。どうやら事前に伝えておいたクエスト内容を、ちゃんと覚えてきたらしい。
ちなみに、これから採取する《熱源石》というのは、読んで字のごとく、熱の源となる石で、熱を発してくれる鉱石だ。料理や入浴などに必要な火起こしに利用される。
人の暮らしにおいて、とても便利で必要不可欠なものだ。熱量については、その重さに比例しており、重いほど高熱を発する。
だから高火力を要す場合は、複数の石を一緒に溶かして、一つの大きな石に精製するらしい。今回、最低五十キログラム分の《熱源石》の回収を依頼されている。
鉱石としては決して珍しくはないが、ここらへんでは【トワーク山】の山頂付近でしか採取できない。モンスターも出てくるし、それなりの石量を運ぶということで、クエストのランクはDに位置づけされているのだ。
一応五十キログラム分の石が入るリュックを背負ってきているが、帰りはこれがパンパンになると思うと少し憂鬱だ。
「とりあえず忠告はしておきますが、クエスト中は俺の言葉に従ってくださいね」
「わ、分かってるわよ! で、でもアタシでもできることがあれば言いなさい! 絶対だからね!」
「あ、あのあの! 私も精一杯お手伝いさせて頂きますので!」
二人はやる気のようだ。そんな気負われても困る。あまり意気込むと、せっかくリラックスできたのに、またガチガチに緊張することになってしまう。
「あーその時は頼みますよ」
暴走さえしなければ、あとは観光なり探検なりしてればいい。それもまた経験になるだろうから。
それでも不安要素はあるので、警戒だけは怠らないように注意しようと思い先を進んだ。
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