20
――翌日。
本来なら、今日は仕事が休みなので、修練にでも費やそうとしていたのだが、何故か目の前には、昨日のワガママ娘が立っていた。
(……どうしてこうなったんだっけ?)
肩をガックリと落としながら、今朝起きたことを振り返ってみた。
いつも通り少し早めに起きると、ルーティンとして軽く外を走ったり筋トレなどをして汗を流す。終われば、ラーティアが作ってくれた朝食を取り、その後は本格的に修練へ入ろうとした……のだが。
朝食が終わった直後に、突然金髪の台風がやってきた。もちろん、クミルである。
一体何の用かと尋ねると、『アタシの修練に付き合いなさい!』だった。あまりにも一方的で、一緒に連れ添っていたメリルが必死に頭を下げていた。本当に苦労人である。
メリルには申し訳ないが、ハッキリ言って面倒なので断った……が、当然にクミルが噛みついてきたので、少し強めに断ると、今度は涙目の登場である。
そこへ、面白そうに近づいてきたのがルーシアだ。ニヤニヤしながら、『修練くらい付き合ってやったらいいじゃねえか』と、こちらの気持ちを考える間もなく言ったのだ。
加えて、『女の子を泣かせてはダメよ』と、ラーティアまでもがクミルの援護に回ってしまい、完全に逃げ道を塞がれてしまったのである。
歯向かう気持ちが失せたワッツは、仕方なく修練の面倒まで見ることになった。
「あーそれじゃダメですってば。霊気を操作するには、もっとイメージを固めないと」
家の裏にある広い庭で、ワッツとクミルがいた。メリルも、汗を拭くタオルや飲み水などを用意して、いつでもすぐに提供できるように佇んでいる。
ちなみに暇なのか、ルーシアは長椅子に寝転がって、楽しそうに眺めていた。
現在クミルは真っ直ぐ立ち、身体から溢れる霊気を自分の思うように動かすという修練をしている。ワッツが、霊気の形態を球体に整える指示を出したので、その操作を行っているのだ。
しかしながら、思うように霊気操作ができずに辛そうな表情を浮かべている。
「――っああもう! ワッツ、こんなことばっかしてホントに強くなれるの!?」
「もちろんですよ。まずは何をおいても霊気操作ができなければ『霊道士』としての強さを得られませんから」
それは本当だ。すべての基礎である霊気操作。それができなければ、技も術も発動すらできない。だからワッツも二年間、毎日毎日ぶっ倒れるまで霊気操作をし続けたのだ。
「でもこんなチマチマしたことをやってても、ちっとも強くなってる気がしないんだけど!?」
「そんないきなり強くなんてなれませんよ。そもそもクミル様は、ちゃんと霊気というものを意識していますか?」
「意識? 当然じゃない! 霊気は体内から絞り出す力のことでしょ!」
「間違ってはいませんけど、それじゃ認識不足ですね」
「え? ど、どこがよ?」
「確かに霊気は肉体から生まれるエネルギーですが、同じように精神からも生まれているんです」
「せ、精神から? どういうことよ?」
詳しいことを説明する必要がありそうだ。
「そうです。霊気は〝魂魄の力〟――すなわち、魂とは精神、魄とは肉体。それぞれから抽出したエネルギーを練ったものが霊気なんですよ」
「こ、こんぱっく?」
「魂魄です。ていうか、聞いたこともありませんか?」
「そんなの初めて聞いたわよ!」
クミルが嘘を言っているように思えず、視線をメリルに向けると、彼女もキョトンとしたままだ。どうやら本当に知らないらしい。
「……ルーシアさん、〝魂魄の力〟についての認識は、そんなに珍しいものなの?」
「さあな。アタシは修練をつけてくれた師匠がいて、その人に教えてもらったしな。というか、そもそも霊気についての詳しい知識ってのは学園で教わるのが普通だろうし」
そういえばそういう世界感だったか……。
(霊気に目覚めるには《霊覚の儀式》が必要だ。けど、その方法を知っていても、霊気操作や霊気について詳しく知っている一般人ってそうはいないしな)
それに『霊道士』をしている者の中にも、〝魂魄の力〟だと認識しないで、何となくで行使している連中もいる。だから上手くコントロールできずにくすぶったり、潜在能力を十全に扱えずに中途半端で終わる者もいるのだ。
(これは最初から教えた方が良いかもな)
そう判断したワッツは、メリルに頼んで水を張った洗面器を持ってきてもらった。
「クミル様、《霊覚の儀式》はご存じですね?」
「当然よ。自慢じゃないけど、アタシの《霊樹》はなかなかのもので――」
「あーそういうのはいいんで、もう一度、やって見せてください」
「え? 何でよ?」
「やらないとここで止めちゃいますよ?」
「うっ……わ、分かったわよ!」
言われた通りに、洗面器に手を付けるクミル。そんな彼女に、「頑張ってください!」と応援を送っているメリルが本当に健気である。
しかし、いつまで経っても《霊樹》が出て来ずに、さすがに「どうしたんですか?」と、ワッツが尋ねてみると――。
「………………次、どうするんだっけ?」
ズコッと、まるでお笑いのベタをするかのように、ルーシアが崩れ落ちていた。そういうワッツも肩透かしをくらってしまったが。
「〝霊開〟って唱えるんですよ」
「わ、分かってたし! ちょっとワッツを試しただけだからね!」
「はいはい。そんなことはいいので、早く唱えてください」
「むぅ……分かってるわよ! ――〝霊開〟!」
すると、前にワッツがやった時のような輝きが洗面器から溢れ、次第にクミルの手の甲に《霊樹》と呼ばれる蒼々とした珊瑚のような木が出現する。
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