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「『探求者』になりたいのであれば、まずは学園を立派に卒業しなければ許可は出さないよ」

「むぅぅぅっ、だからっ、じゃあワッツは許されてるの!」

「それは彼は、他の『探求者』と比べても優秀だからさ。あのルーシアの推薦もあったからね」


 優秀かどうかはさておき、ルーシアの推薦があったからスムーズに『探求者』になれたのは疑いようもない。何せ、十歳の子供が『探求者』になるというのは異例であり、普通は登録拒否されてしまう。


 しかし、ルーシアが推薦してくれたお蔭と、特別試験を受けて合格したらという条件をクリアしたために、今こうして立派に働けているのだ。


「ワッツができるならアタシだってできるもん!」

「……はぁ。その自信がどこからくるのか……。とにかく、ワッツは特別なんだよ。普通の子供は、まず学園を卒業してからだ」

「嫌よ! ワッツのサポートじゃなくて、アタシは……アタシは……ワッツに認めて……」


 どんどん言葉が尻すぼみになっていって、最後の方は聞き取れなかった。

 意気消沈する娘を見て、苦笑を浮かべたままのアロムが諭すように言う。


「いいかい、クミル。別にクエストには出るなと言っているわけじゃないんだ。将来、本当に『探求者』になりたのなら、今回のことを経験にするべきだと言っているんだよ。もし無茶をして大きな怪我を負う。その怪我が理由で、二度と身体が動かなくなったりしてもいいのかい?」


 クエストは、実際どのランクでも危険は付き纏う。特に外出する場合は、モンスターや悪党(賊)などに遭遇する危険性があるので、やはり知識や経験は必要となってくるのだ。


 その両方が足りない以上、いくら愛娘の頼みでも親として軽々しく許可は出せないのだろう。


「まずはクエストがどんなものなのか、ワッツについて学んでくるといい。彼なら安心して任せられるからね」


 ワッツの方を見てニコッと笑みを浮かべるが、ワッツにとっては腹黒いものにしか感じられなかった。


(こいつは面倒なことになったなぁ。まあ……アロムには世話になってるし、協力するのも吝かじゃねえけど……)


 ただ、ワガママ娘のお守りというのが気が滅入る。もう少し自分の立場や力量を認知してくれていれば助かるのだが。


「……お父様は、将来アタシが『探求者』になっても文句はないってこと?」

「お前の人生なんだから。一人前になったその時は好きにするといい。お前なら、きっと成長してここに帰ってきてくれると信じているからね」

「お父様…………分かったわ。今度のクエスト、ワッツのサポートで我慢してあげる」

「おお、それでこそ我が愛しのクミルだよ」


 感極まったように、クミルを抱きしめるアロム。

 こういうところは、どこの親も似たような感じだ。クミルは、年頃もあってか若干恥ずかしそうではあるが。


「それじゃ、話はこれで終わりでいいね。おっと、そういえばメリルが探していたぞ。また黙って彼女を置いて外出したようだね。早く顔を見せて安心させてあげなさい」

「メリルが? ええ、分かったわ!」


 メリルというのは、クミル専属のメイドである。いつもクミルに振り回されていて、ワッツとしては同情を禁じ得ない。

 クミルが部屋から出ようとしたが、足を止めてワッツに振り向く。


「いいわね、ワッツ! 次のクエスト! ちゃんとアタシをエスコートしないと許さないんだから! じゃあね!」


 好きなことを言うだけ言って部屋を出ていった。


「ハハハ、娘が無理を言ったようですまないね」

「本当ですよ。できれば今回の件も断って欲しかったんですけど……」


 ジト目で睨みつけると、アロムもたじろぐ様子を見せる。


「えっと……実は最初は断るつもりだったんだよ。前にも、クミルに言われていたからね」


 ワッツがクエストを行う度に、アロムに許可取りを申し出て、その都度断られていたのである。だからこそ、今回も同様にバシッと諦めさせてくれると思ったのだ。その願いは、虚しくも崩れ散ったが。


「まあ確かに、いつものアロム様じゃない感じでしたけど……。もしかしてそこに隠れておられる方の指示ですか?」


 ジロリと視線を向けた先には、大きめのクローゼットが置かれている。

 すると、ワッツの言葉に反応するかのように、静かにクローゼットの扉が開き、そこから一人の人物が姿を見せた。


「――――オホホ、さすがはワッツさん、やはり見抜かれていましたね」


 扇子で口元を覆いながら、黒髪にしたクミルを、そのまま大人化したような美魔女がそこにいた。加えて着物なので、美魔女よりは大和撫子といった方が正しいかもしれない。


「だから言っただろ、絶対に彼にはバレるだろうってさ」

「あら、あなたも乗り気だったのではなくて? わたくしはスリルがあって実に楽しかったですわ」


 この女性、名を――ウミナ・オル・ベアーズ・クロンディアといい、アロムの妻である。


(やっぱこの人が絡んでたか) 


 アロムは意外にも頑固な面がある。自分の意見を早々に曲げることはないが、このウミナが関わった時だけは例外だ。簡単にいえば、ウミナの言うことに逆らえないのである。よくいう、かかあ天下というやつだ。


 できれば亭主関白を貫いてほしいが、何でもこの二人は幼馴染らしく、その時からずっとウミナの尻に敷かれっ放しらしい。


「それにしても、わたくしがここに隠れていることを見抜いたのはいつでしょうか?」

「まあ、アロム様が今回の件を承諾した時ですね。普段通りなら、危ないことをお嬢様にさせたくないと断ってくれると思っていました。けれど考える素振りもなく即断でOKを出したものですから。これはもしかして、と思い部屋内の気配を探りました」

「そんな序盤で気づかれるとは。どうやら、少しは躊躇する演技が必要だったみたいですわよ、あなた」

「そうみたいだね。これは一本取られたな、ハッハッハ」

「そうですわね、オホホホホ」


 何がそんなに楽しいのか、ワッツは深い溜息しか出てこない。


「けれど本当によろしいんですか? 先ほどアロム様がお嬢様に仰ったことは決して間違いではありません。クエストには危険が付き物です。わざわざ危ないことをする必要はないかと思うのですが……」


 まだワッツは諦めていなかった。もしかしたらここで説き伏せて、この話をなかったことにできるやもと僅かな希望を見る。


「問題ございませんわ。あなたが傍にいてくれるのであれば、あの子もきっと無事に帰って来られるでしょうから」

「随分と信用されていますね。こちとらまだ成人すらしてないんですけど」

「あらあら、謙遜も過ぎれば嫌味になりますわよ。ねぇ――『紅き新星』様?」

「っ……それ恥ずかしいので止めてくださると嬉しいです」


 クエストで活躍し続けたことで、とうとう実力者としての証である『紅き新星』という二つ名がつけられてしまった。無論自分で名乗ってはいないし、できれば隠したい。


「二つ名を頂くというのは強者の誉れ。もっと胸を張ってよろしいかと思いますわ」


 まさに厨二病みたいで、さすがに胸を張る勇気はない。母であるラーティアやルーシアは喜んでくれているが。


「もし、本当にご迷惑というのであれば、今回の件、わたくしからあの子を説得しますが……いかがですか?」


 断ってもいいのだろうか……。


「ですが、できれば引き受けて頂きたいと願っております」

「どうしてそこまで? 別に俺でなくても、実力者の伝手ならば、お二人にはあるかと思うんですが」


 領主という立場を得ているのだ。ワッツと同等以上の有能な『探求者』を捕まえるのも、それほど難しいとは思えない。


(俺だったら、娘と同年代の男を一緒に外出させるのはちょっとなぁ)


 可愛い娘ならば猶更だ。何か間違いが起きるということも考えられるのだから。


「この四年間の見極めにより、とだけお答えしますわ」

「は、はあ……」


 そんなに凄いことをした記憶もない。ただ自分や家族のために、できることをしてきただけなのだから。


「俺、ちゃんとした男ですよ?」


 さすがにこの発言で、アロムの眉がピクリと引くついたが、ウミナは逆に頬を緩めて答える。


「信頼しておりますから。それに……そうなったらそうなったで責任を取ってもらうのも……」


 何やら不穏な言葉が聞こえたようだが、きっと気のせいだと決めつけておこう。


「……そこまで仰られるなら了解しました。全力を以て、お嬢様の『探求者』体験を実行させて頂きます」

「うむ。引き受けてくれて助かるよ。あ、クエスト達成とは別に、クミルの件ではちゃんと報酬は用意しておくから期待しておいてくれ。きっと、ご家族も喜んでくれるはずだ」


 家族も……? 


 つい首を傾げてしまったが、得をするなら問題ないだろう。ただ、ウミナが扇子で口元を隠し、何やら楽しそうな眼差しをしていたことは気になったが。

 そういうことで、非常に厄介な仕事を引き受けてしまった。とりあえずもう一度、三日後にある次のクエストの情報を更っておこう。より万全を期すためにも。




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