18

「――――なるほど。いいよ、許可しよう」


 四年経っても変わらぬ穏やかな声音が耳朶を打ち、直後にその言葉の意味を捉え切れずに、ワッツは「……は?」と目を丸くした。


「ホント!? さっすがお父様! 大好きよ!」

「ハッハッハ、そうかそうか。僕もクミルのことを愛しているぞ!」


 親子二人して嬉しそうに笑い合う。そんな中ただ一人、ワッツだけがいまだ呆然と立ち尽くしていた。


 あまりにも想定外過ぎた。娘を心から可愛がっているアロムのことだから、てっきりワッツとの同行を許さないと踏んでいたのだ。

 それなのに、少しも躊躇せずにOKを出してしまった。


「これで許可ももらったしいいわよね、ワッツ!」


 これは非常にまずい状況だ。


「っ……ちょ、ちょっと待ってください、領主様! クエストですよ? 『探索者』としての仕事が、どれだけ危険かご理解されていますよね?」

「もちろん。この街にも数多くの『探求者』がいるからね。たまに視察を兼ねて、その仕事ぶりを体験することもある」


 普通の領主、いや、プライドの高い貴族はそんなことはしない。少しでも危険があるようなことは絶対しないのだ。それに『探求者』を下賤で野蛮な人種と思っている者も多い。


「だったら何故、そんな簡単に許可を出すんですか?」

「ちょっと、ワッツ! 何で余計なこと――」

「クミル様は少し黙っててください!」

「っ……な、何よ何よ……ワッツのバカ」


 ワッツに注意されて不貞腐れるが、今は相手にしている暇はない。


「今度の仕事も、モンスターと遭遇する危険の高いものです。というか、あれほどお嬢様が『探求者』になることを拒否されておられたのに、どういった心変わりなのでしょうか?」


 とにかく必死に説得を試みる。


「危険なのは重々承知しているよ。もちろん他の『探求者』との仕事ならば断わっていただろうね。けれど、君がクミルの傍にいてくれるなら安心だから許可したまでだよ」

「お、俺が……ですか?」

「うん。君がこれまでこなしてきたクエストはすべて把握させてもらっている。達成率100%であり、そのほとんどを無傷。それは自分だけでなく、ともに向かった者たちまでの安全をも守っている」


 確かに彼の言う通り、これまで受けてきたクエストで重傷は負っていないし、仲間にも負わせていない。それは、できるだけ事前に情報を集め、慎重に行動した結果だ。自分一人ならばともかく、自分のせいで誰かが傷つくのが我慢できないからである。


 だから誰かと一緒に行く時は、できる限りワッツが表立って戦闘や探索を行う。今回のクエストが良い例だろう。


「さすがにいきなりCランク以上のクエストなら考慮するが、次回は確か採取クエストでランクはDだろう?」


 本当にこの人は自分のことを調べ上げているようだ。ルーシアに聞けば、それだけ目をかけられているということで誇れと言われたが、若干ストーカー気質のような感じで怖い。


「Dランクでも、初心者が挑むのは危険ですよ?」

「挑む? ああ、勘違いしないでほしいのは、別にクミルを『探索者』にしようってわけじゃないよ」

「……え?」

「ちょっ、お父様! それどういうこと!? ワッツと一緒にクエストをやっていいんじゃないの!」


 さすがに黙っていられなかったのか、クミルが割って入ってきた。


「ああ、一緒に行っていいよ。ただし、あくまでもサポート役、としてだよ」

「サ、サポート? このアタシが、ワッツのサポートをするっていうの!」


 何が不満なのか……いや、分かっている。この子は常に自分が中心でないと気が済まないのだ。


「いいかい、クミル。本来、『探求者』というのは、様々な知識や修練を積んだ者がなる職業なんだよ」

「そんなこと分かってるわよ!」

「いいや、分かっていない。今のクミルじゃ、まだまだ半人前にも届いてないんだから」

「そ、そんなことないわよ! もう立派な大人だし!」

「確かにこの間、お前は十五歳を迎え成人扱いにはなった」


 そう言われ、「でしょ!」と、クミルが自慢げに胸を張る。


「けれどそれはただ単に、大人としての権利や義務を背負うことになっただけ。一人前になったわけじゃない」

「うっ……で、でも! だったらワッツは! ワッツなんてまだ成人にもなってないのに、『探求者』として仕事してるじゃない! しかももっと小さい頃から!」


 この世界で、確かにまだ子供認定されている間は、職業に従事しない場合が多い。とはいっても、農民は幼い頃から農業に携わるし、親が店を経営しているなら、その手伝いをしていることも多々ある。


 だから正しく言うなら、貴族などの権力者の子供は率先して働かない、であろう。

 何故なら――。


「クミルが一人前として認めてもらうには、まず今年から通うことになっている〝学園〟を卒業しなければならない」


 そう、アロムが言うように、知識や経験を積むために、十五歳になった少年少女たちの多くは学園に通う。


 もちろん全員が全員というわけではない。通うにも伝手や資金などが必要になるし、貧乏に悩まされている平民たちの中には、通いたくても通えないという現実もある。


 ただ、学園では様々なことを学ばせてくれるので、将来のためには大いに役立つことは間違いない。

 そして、十五歳になったクミルは、今年に学園へ通うことが決まっている。




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