16

 空を縦横無尽に走る紅い軌跡。それに翻弄され、巨大なカマキリ型のモンスターであるジャイアントマンティスは、ついつい足を止めてしまっていた。

 ジャイアントマンティスが、特徴的な両手の刃を振るい、紅い閃光を切り裂こうとするが、逆に両手を切断されてしまう。


 激痛によって悲鳴を上げるが、息つく暇もなく、紅い閃光がジャイアントマンティスの首を寸断し絶命させた。


「「「「おおぉぉぉ~!」」」」


 歓声を上げたのは、一部始終を観戦していた者たちだった。皆、武器や防具を纏い、戦いを生業としている『探求者』たちだが、今の戦いにおいて手も出さずに見守っていたのである。


 そして、その者たちの視線は、あっさりとジャイアントマンティスを瞬殺して見せた、紅い閃光を操っていた人物――ワッツ・エーカーに向けられていた。


「よし、これで五体目撃破だ」


 ワッツは、地面に横たわっている五体のジャイアントマンティスを見て頷く。

 風に靡く特徴的な赤い髪は変わらないが、身長も伸び、顔つきと体格も益々逞しくなっている。それもそのはずだ。もうワッツは十四歳。あと一年で、この世界では成人扱いされるのだから。


「さすがはワッツだ! もうCランクのモンスターなんて目じゃないな!」


 嬉しそうに笑みを浮かべながら近づいてきたのは、額に青いバンダナを巻いている男。


 彼の名は――ロジン。ルーシアの部下で、四年前から度々、こんなふうに一緒にモンスター討伐などの仕事をする間柄である。まだ二十四歳であり、ルーシアの部下では若い方で、ワッツとも気が合う。


「にしても、また一段と強くなったんじゃないか、ワッツ?」

「そうだな。この四年で霊気の細かい操作もできるようになったし、今ならAランク相手でもどうにかなりそうだ」


 モンスターには、その強さや稀少性などを考慮してランク付けされている。

 下から、F、E、D、C、B、A、Sと定められており、Cランクでも、普通は腕利きの『霊道士』がパーティを組んで戦うほどだ。


 それを一人で、しかも五体を相手にし無傷で勝利したワッツの実力は、相当なものと言えるだろう。


(《霊波翼》のレベルも上がってきたし、間違いなく原作のワッツより遥かに強くなってるはずだ)


 この四年間、ルーシアやロジンたちと一緒に修練を積んできた。特にバトルマニアのルーシアとの模擬戦では得るものが多く、貴重な戦闘経験をさせてもらっている。


 ただ、母――ラーティアには、模擬戦をする度にボロボロになるので呆れられてはいるが。彼女が、ワッツの平穏無事を願っていることは理解しているが、ワッツとしては強さはいくらあっても足りないと思っているので、毎日修練は欠かさない。


 何が起こっても対処できるように、ラーティアを守れるような力を所持しておきたいのだ。


「今日はもうこれで終わりだっけ?」

「おう、隊長から下されたノルマは達成だな」


 ワッツの問いに対し、ロジンがグーサインを出しながら答えた。


「じゃあモンスターの素材を回収したら終了か」


 疲れを取るように首を回しながら、仲間たちがジャイアントマンティスから素材を回収しているのを見る。


「けど、ワッツと一緒の仕事はマジで楽できるわぁ。早めに帰ることもできるしな」


 ランクの高いモンスター討伐は、基本的には何日もかけて行われる。準備に、探索に、戦闘と、生存率を考えて行動すると、やはりどうしても時間がかかってしまう。

 今回の討伐依頼だって、通常なら数日かかるが、たった数時間で終えることができた。


 それもすべては、ワッツ一人で速やかに探索し、戦闘をこなしたからに他ならない。


(ま、《霊波翼》を飛ばせば、モンスター捜索も討伐も素早くできるしな)


 翼に意識を宿せば、まるでドローンを飛ばしているかのように、翼視点で周囲を確認することもできるからだ。故に、複数の羽を生成して飛ばせば、それだけ探索時間が短くなり、早くターゲットを発見することができる。


「あ、そういやワッツ、今年で十五歳だろ? 晴れて成人だ。何かしたいことはあるのか?」

「したいこと? うーん……特にねえけど」

「おいおい、欲がないなぁ。盛大にパーティしてほしいとか、新しい武器がほしいとかないのか?」


 パーティは……疲れそうだから勘弁だし、武器も《霊波翼》が最強だから必要ない。


「その顔じゃ、マジで何もいらないって感じだな。……枯れた青春だな」

「ほっとけ。それよりもロジン、この前、帝国に出張するって言ってたけど、あれどうなったんだ?」


 ルーシアの部隊は、確かに【ロイサイズ】を拠点として活動しているが、遠征してダンジョン探索やフィールドワークをしたりする。


「ワッツも本拠地が帝国にあることは知ってるだろ?」


 本拠地というのは、彼らが所属する『星の旅団』のメインホームのことだ。つまり《クラン》の長である『クランマスター』が在する場所。


「ああ、ていうか強豪クランの本拠地のほとんどは帝国だけどな」


 この世界で最も戦力が集うのが帝国である。最高戦力、最高権力、絶対的な王政が敷かれた栄華を極めている国。


「まあ俺ってよりは隊長が呼ばれてんだよ。俺はその付き添い。しかも行くのは明後日だな」

「何だ、ただの荷物持ちか」

「うるさいわい。……まあ否定できないけどよ」


 彼の立場としては、まだ若手であり雑用を任される場合がある。ただ、実力はあるから、ルーシアにも目をかけられ、任務に同行が許されるのだ。何事も経験ということで。


「けどルーシアさん、何で呼ばれたんだ? また何か問題でも起こしたとか?」


 彼女の大雑把な性格からして、集団行動をすると色々失敗してしまうことがある。その強さは、《クラン》内でも信頼を置かれているが、何せ好奇心旺盛でバトルマニアでもあるので、時折暴走することがあるのだ。

 それで度々、周りが被害を被ったりすることもある。


「さあ、詳しいことは聞いてないからなぁ。本人に直接聞いてみたらどうだ?」

「そっか……なら仕方ねえな」


 ルーシアが出張しようと、こちらに被害が出ないなら好きに活動してもらいたい。


(まあできるだけ、母上に怒られないように気を付けてくれればいいや)


 四年前のゴミ屋敷問題から今日、少しは片づけるようになったとはいえ、気を抜くとすぐにずぼらが出てしまう。そうなればまた家に怒声が轟くのだ。そろそろ学んでほしい。


「お、どうやら回収が終わったみたいだな。んじゃ、街に戻るか」


 ロジンの言葉にワッツは「ああ」と返事をして、皆と一緒に【ロイサイズ】へと帰る準備をし始める。


「あ、そういえば、ワッツ」

「何だよ、ロジン?」

「こっちに来る前によ、お嬢さんと会ったんだけど、お前を探してたぞ」

「げ……マジか」


 ロジンが〝お嬢さん〟と呼ぶのは一人しかいない。

 脳裏にすぐ浮かんだ姿に、反射的に肩が落ちてしまう。

 ワッツは、気を重くしながらも帰還の準備を続けた。



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