15

 ルーシアの家に向かいがてら、いろいろ街の中を案内してもらっていると、すれ違う人たちが、ルーシアを見て挨拶をしてくる。

 この街を守ってくれていることを知っているようで、皆が感謝の気持ちを向けていた。また、子供たちにも人気で、ルーシアも楽しそうに声をかけている。


 ワッツも、フードを取って赤髪姿を晒しているが、別段問題行動などを起こす輩はいない。注目はされるものの、ルーシアが傍にいるからか、明確に悪感情を向けてくる者との接触はなかった。


 オルド公爵の所にいた時は、ワッツの姿を見て怯えたり忌避する侍従もいたというのに、さすがは差別意識の低い街だ。

 そのせいかワッツだけでなく、ラーティアも、すぐにこの街のことを気に入り、上機嫌になっていた。だが家の中に入ってすぐに、二人の機嫌は瞬く間に下降し、思わず顔をしかめてしまうことになった。


 何故なら、そこら中に酒瓶やツマミの空袋など、およそ美女の家とは思えないほどのゴミ屋敷と化していたのだから。

 シンクに積み重ねられた食器。一体何ヵ月放置されたのか……汚れでカピカピになっていた。洗濯物も、そこら中に……下着も放置されている。


(テレビとかで見たことあるけど、実際目にするとすげえなこりゃ……)


 まさに足の踏み場もないとはこのことで、よくもまあここまで家を汚せるなと逆に感心した。


(そういや片付けできない設定だっけな。主人公もビックリして、しばらくは家政婦化してたし……)


 横を見ると、ラーティアが顔を俯かせて震えている。


「っ…………ねえ、ルーシア?」


 その呼びかけには、明らかな怒気が混じっていた。


「な、何だよ、どうしたラーティア?」

「あなた……確かさっき、掃除が大変でって言ってたわよね?」

「お、おう……」

「その発言はね……ちゃんと掃除している人がするものだって私は思うんだけど、そこんところどう思う?」


 あちゃあ、これは完全にキレてしまっているようだ。


「い、いや、ほら……アタシってこう見えても有名で忙しくて……な?」


 すると、ブチッと何かが切れた音が聞こえた。


「嘘おっしゃいっ、このずぼらルーシアッ!」


 物凄い形相で怒鳴り始めるラーティア。


「あなたは昔っからなーんも変わってないわねっ! あれから少しは淑女としての振る舞いを身に着けたと思ってた私が間違ってたわ! ほんとーに、初めて会った時からぜんっぜん変わってないんだから!」

「ちょ、そこまで言わなくていいだろ! アタシだって立派な女に成長してるっつうの!」

「どこがよ! こ・れ・の・ど・こ・が! 成長してるのよっ! ていうかよくこんな家に私たちを招き入れられるわね! 私だったら恥ずかしくて絶対に無理よ! 少しは片づけくらいできるようになりなさいっ!」

「うぐっ……いや、でも……」

「でもじゃないっ! こんなだからいつまで経っても結婚どころか、交際してくれる男性も現れないのよっ! この万年処女っ!」

「んなぁっ!? そ、そそそそそれは言わない約束だろ! つーか、アタシだってモテるし! もうすっごいモテてモテて困るほどだしぃ! お、大人の階段だってもう上ったしぃ!」

「そうやってすぐバレるような嘘を吐くのは止めなさい! どうせ見た目だけで寄ってくるような男しかいないでしょうに!」

「ふぐっ!?」

「それでいつもずぼらなとこがバレて逃げられるくせにっ!」

「はぐぅっ!?」

「そんなだからいつまでたっても処女なのよっ!」

「ひぎぃぃぃっ!?」


 二人は、傍に子供がいることを忘れているようだ。


(というか、まだ処女だったんだなぁ……)


 情報では百年以上生きているはずだが、一度も交際すらしていないのは、さすがに同情してしまいそうになる。まあ、前世も恋人すらいなかったワッツも他人のことは言えないが。


「とにかく! これからお掃除よ!」

「ええー! 今日はもう疲れたから明日にしようぜ~!」

「明日するって言ってした試しがないでしょうが! 私はここに住む以上は、ずぼらは許さないから! 分かった、ルーシア?」

「いやでも……」

「分かったら返事!」

「だから……」

「へ・ん・じっ!」

「………………はい」


 なるほど。力関係はどうやらラーティアの方が上らしい。

 戦うとあんなに強いルーシアだが、何だか尻に敷かれている旦那でも見ているような気分である。


 それから三人で力を合わせて、家の中を掃除した。

 気づけば日も落ち、まだ片付いてないところはあるが、とりあえず安全に休息できる場所は確保できたということで、続きは明日にすると決め、食事をとることになった。

 三人でテーブルを囲い談笑しながら、ラーティアが作ってくれた料理を堪能している。


「そういや、もう怪我の方は良かったのか、ラーティア?」

「ええ、もう大分良いわ。まだ走ったりするのは少し痛むけど。というより、誰かさんのお蔭で、急な重労働をすることになって傷が開いたかも」

「うっ……わ、悪かったって。今度から片付けもちゃんとやるからよ……」

「……はぁ。まあいいわよ。今日からお世話になるんだし、家政婦として私がこの家の清潔保持に努めます」

「おお! そいつはありがてえや! いやぁ、やっぱり持つべきものは親友だよな!」

「まったく……本当に調子良いんだから」


 昼間のやり取りもそうだが、この十日間で、存分に二人の仲の良さは理解していた。

 何でもラーティアが小さい頃からの繋がりだというので、幼馴染という間柄である。


(こういう関係って良いよな……)


 まさかゲームの主要キャラと、すぐに死んでしまう……言うなれば、モブとして扱われているラーティアが強い絆で結ばれていたとは、この事実を『霊剣伝説』ファンが知ったらどう思うだろうか。

 ただ、今思い返せば伏線はあったのだ。


 それは悪役として、主人公たちの前に立ち塞がったワッツと、初めてルーシアが対面した時に、ルーシアがこんなことを口にしていたのである。


『ワッツ……その名前…………いや、そんなはずはないな』


 その伏線は、少なくとも和村月弥がプレイしたルートでは回収しなかった。

 けれど、新たなワッツルートを経験して、ラーティアとルーシアが手紙でやり取りをしていたとすれば、ワッツという子供がいたことを知っていたはず。


 原作では、ルーシアの助けが間に合わずラーティアが殺された。同時にワッツも殺されたと判断しただろう。

それから時が経ち、ワッツの名前を聞いたルーシアが、不意に親友の子供のことを思い出したからこその言葉だったのかもしれない。


 もっと二人に絡みがあれば、真実が明るみになったであろうが、メインストーリーでは、あまりワッツとルーシアと相対する場面はなかった。


(まあ、悪役として残虐非道を行ってきたワッツが、ルーシアとガッツリ絡んだとしても、すでに手遅れだったかもしれないけど)


 たとえ自分の母親の親友だと分かっても、もう後戻りできないほど闇に染まってしまっていたのだから。


「でも、本当に感謝しているわ、ルーシア。私たちをここへ連れてきてくれて」

「いきなり何だよ。酔いが冷めるから変なこと言うなよな」


 そう言いながら、顔を紅潮しつつそっぽを向いてグラスに入った酒を呷る。


「ふふ、改めて、これからお世話になります」

「あ、俺も! これからよろしくお願いします!」


 ワッツもラーティアと同じように頭を下げた。

 すると、ルーシアは微かに頬を緩めて「……おう」と口にすると、次に二人の顔を見つめながら言う。


「いいか、もうアタシたちは家族だ。だから遠慮なんてすんな。したらぶっ飛ばす。ワッツもだぞ。アタシに敬語もいらねえからな」

「は、はい……あ、分かったよ、ルーシアさん」

「へへ、よっしゃよっしゃ。あーそれと一応アタシが大黒柱だし、アタシの言うことは聞くこと」

「え、う、うん」

「よーし、じゃあアタシと模擬戦を――」

「――ルーシア?」

「じょ、冗談だって! 冗談だからフォークを投げようとすんなっ!」


 どうやら大黒柱は、すぐに折れるらしい。


「あはははは!」


 そんな二人のやり取りに、ついつい声を上げて笑ってしまった。


「あーほれ、お前のせいで笑われちまったじゃねえかよ」

「天使の笑顔じゃない。むしろ喜びなさいよ」

「この親バカめ」

「何か言った?」

「だからフォーク向けんなっつうのっ!」


 ワッツは遠慮せずに何でも言い合い、笑い溢れる食卓を見てふと思う。

 それは前世も含めて、本当に久しぶりの光景だった。


 家族が食卓を囲むという不思議でも何でもない当たり前のことなのだが、前世でも毎日一人飯をし、この世界に来てからも、ずっと一人ぼっちだった。

 だからこそ、この光景がどれだけ大切で、とても価値あることなのか実感する。


(守らねえとな、この空間を……)


 せっかく手に入れた幸せを、絶対に手放したりしないと決意する。


 それが真のワッツルートだと信じて――。



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