14

「――やあ、無事に戻ってこられたようだね、ルーシア」


 出迎えてくれたのは、金髪をオールバックにした三十代ほどの男。柔和な顔立ちで、丸眼鏡をしており知的な雰囲気を感じる。ただ、イケメンなのは間違いないだろう。


「おう、悪いな我が儘聞いてもらってよ」

「問題ないさ。この街には、君が育てた部隊がいる。君がいなくとも、きっと彼らが守ってくれると信じているからね」


 穏やかで優し気な声音が耳朶を打つ。


「……彼女たちが?」


 男が視線をワッツたちへと向ける。


「おう、アタシの昔からの知り合いで、移住希望者だ」

「少し前に、突然君から移住希望者を連れてくるって言われのは驚いたけれど、そちらの方々は親子、ということでいいのかな?」

「まあな。こっちは元『星の旅団』で――」

「ラーティア・エーカーと申します」


 エーカー? と、ワッツは、ラーティア名乗ったファミリーネームに眉をひそめた。


「そっか。もう奴の名前を名乗る必要もなくなったんだな」

「そういうことよ、ルーシア。だから私は元のラーティア・エーカーに戻るわ。もちろんこの子も、ね」


 納得気に頷くルーシアの言葉に、ワッツもまたそういうことか理解する。

 これまで名乗っていたのは、公爵に嫁いだ証としての名前だ。そして、今ラーティアが名乗ったのは、結婚する前のものだということだろう。


 ということは、ワッツの名前もワッツ・エーカーとなるのだが……。


 そこでワッツは一抹の不安を抱えていた。現在、ワッツはフードを被ったままだ。何故なら、この赤髪は目立つし、見られると悪魔と結び付けられて余計ないざこざに発展するかもしれなかったからである。


 けれど、さすがに移住するとなると、領主である男性の前で素顔を隠すのは無理という話だ。


 この赤髪を見て、彼がどういった反応をするのか……。


 もし拒絶されたら、ラーティアにも、連れてきてくれたルーシアにも申し訳が立たない。また、ラーティアも同じ不安を覚えている様子で、表情が強張っている。

 ワッツの懸念を察してか、「ワッツ」とルーシアが声をかけてきてくれ、彼女を見ると「大丈夫だ」と安心させてくれた。

 そんなルーシアの言葉を信じ、意を決してフードを取った。


「! ……ほう」


 それまで温和な表情を浮かべていた男の目つきが細まり鋭さが増した。


(やっぱ拒絶されるか……!?)


 瞬時にそう思った矢先――。


「これは、色鮮やかな髪色だね」

「「……え?」」


 ついワッツとラーティアはハモってしまった。逆に、「だから大丈夫だって言ったろ?」とルーシアは得意げに笑っている。


「コイツは見た目で判断するような奴じゃねえよ。てか見た目でどうこう言うなら、アタシたちはこの街に受け入れられてねえしな」


 そうだった。この世界では、いまだ過去の遺恨から種族差別意識が根強く残っており、最も数が多い人間の中には、他の種族を排他的に見る者が多い。


 特に獣人は、モンスターの血が混ざっている異物だとする説もあり、人間による獣人狩りなんてのも存在するのだ。また人間同士、他種族同士で戦争も行われている。

 だが、この街では他種族が手を取り合って生活している。もし差別意識が高いのであれば、領主とは相容れないとし、ルーシアもここを拠点にすることはなかっただろう。


「コイツは、領主をやってるが、民俗学者でもあってね。特に人種を研究し、人種を愛する、人種バカなんだよ」

「ハハ、バカとは酷いな。これでも純粋に人という存在が好きなだけなのに」

「ま、そういうことだから、外見で人を判断しねえんだよ。まあ、街に悪さをしない限りは拒絶されたりしねえよ」


 その言葉と、男の対応に対し、ラーティアはホッとしたように胸を撫で下ろしている。恐らく、ルーシアに宛てた手紙にもワッツのことは書かれていたはず。当然赤髪であることも伝えているだろう。


 事前情報があった上で、ここに連れてきたということは、ワッツもまた受け入れてくれる相手だからと判断したからだ。そんな簡単なことに気づかなかったとは、ちょっと自分が恥ずかしくなった。


「ああ、そういえば自己紹介が遅れたね。僕はこの【ロイサイズ】の統治を任されている領主――アロム・オル・ベアーズ・クロンディアだよ」

「……! あ、俺……僕はワッツです! えと……ワッツ・エーカー?」


 この名乗りで合っているよね、といった感じでラーティアを見上げると、彼女は良くできましたと言わんばかりにウィンクを送ってきた。


「うん、よろしくね。それと誤魔化しても仕方のないことだから言っておきますね」


 それは、ワッツとラーティアに向けての言葉だった。


「確かに僕は君が赤髪だろうが、異なる種族だろうが気にはしません。ただ、この街に住む者、訪れる者の中には、残念ながら外見や種族だけで人格を決めつけてしまう人もいるということは覚えておいてほしいんです」


 それはそうだろう。この街の住人や訪れる者は百や二百じゃきかない。すべての人が、ルーシアやアロムのような差別意識を持たないなら戦争なんて起きはしない。

 とりわけ領主などの権力者は身分主義が多い。わざわざ諍いの種になりそうなワッツを、快く受け入れることはないのだ。


 そういう差別意識があったため、原作のワッツの精神は日を追うごとに歪んでいき、憎しみが膨れ上がっていったのだが。


 何が言いたいのかというと、アロムが歓迎してくれるというのは、ワッツにとっては非常に稀だということ。簡単にいえば僥倖だった。この街ならば、平穏を満喫できるかもしれない。無論、アロムの忠告は頭の中に入れておかないといけないが。


(皮肉だよな。もし、原作でもサイから逃げ切れていたら、平和に暮らせていたかもしれないのに)


 だからこそ、この街では決して迷惑にならないように過ごそうと思った。


「はい、理解しております! ご迷惑をおかけするようなことはしません! 母上と一緒に暮らすためにも!」

「ワッツ……!」


 アロムに認めてもらえるように、ワッツは真剣な眼差しで宣言した。


「……ふ、君は賢いね。それに歳の割に落ち着いている。誰かさんにも見習ってもらいたいな」


 最後の言葉を聞いた他の三人は、それぞれの反応を示す。

 ルーシアは苦笑を、ラーティアは小首を傾げる。


 そして、ワッツはというと……。


(誰かって……間違いなくアイツのことだよな。できれば関わりたくない相手だけど……)


 とても複雑な気持ちに肩が落ちた。


「では、ラーティアさんとワッツくんの住民登録を許可しましょう。手続きはこちらでやっておきますので、後日、身分証を発行しますね。あとは住まいですが……」


 チラリとルーシアを見るアロム。


「へいへい、そっちは問題ねえよ。アタシの家に住んでもらう予定だしな」

「! いいの、ルーシア?」


 その話は聞いていなかったようで、ラーティアが申し訳なさそうに尋ねた。


「アタシが住んでる家な、不必要に広えし部屋も持て余してんだよ。それに掃除とか大変でな。ちょうど家政婦を雇おうか迷ってたとこだったんだよ。どうだ、住み込みで衣食住は提供できるぜ?」

「あら、それは助かるけれど、本当にいいの?」

「遠慮すんなって。昔は一緒に住んでたろ? それに、一から仕事を探すってのも大変だぜ?」

「……ワッツはどう?」

「俺は母上と一緒ならどこでもいいよ」

「ちょ、今の聞いたルーシア! 私の子、可愛い過ぎない!?」


 嬉々とした表情でルーシアに同意を求める。


「あーはいはい、ワッツが良い子なのは分かったから。んで、どうする?」

「ありがとう。じゃあお世話になるわね」

「うし、そういうことだ、アロム。コイツらに何か用があったらアタシの家に、な」

「うん、了解だよ。じゃあそのように住居登録もしておくね」


 そうして、領主アロムとの対話が終了し、ワッツたちは、そのままルーシアが住んでいる家へと向かった。



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