――二年後。




 現在八歳。軟禁生活であることは何一つ変わっていないが、ワッツの生活の質は確実に変化していた。




 痩せ細っていたせいで虚弱な体格だったが、今では肉付きもそれなりの健康的な身体に成長していたのである。それは霊気に目覚めたことが大きな要因である。


 霊気を体内で効率良く循環させることで、肉体と精神は強化され、身体つきも逞しくなっていくのだ。そのお蔭で、僅かな食事でも健康状態を良好に維持し続けることが可能になる。ただ、誰もがワッツのような生活が維持できるわけではない。




 これはワッツの霊気が、他よりも質と量が段違いだからだ。


 足りない栄養分を、体内で練った霊気で補い強化する。それは一時的ならば、凡人でも可能だろう。しかしそれを毎日、二年以上続けられるのは、常軌を逸するほどの霊気量があるからこそ。




 加えて、ワッツには常人と比べても比較にならないほどの霊気回復能力があった。


 通常、一時間休息して10回復する霊気だとするなら、ワッツは同じ時間で100以上回復する。つまり常人の十倍以上の回復速度を持つ。




 そして、この生まれつきの能力こそが、主人公たちを大いに苦しめた要因となっている。


 何せ、大技を連発しても、すぐに霊気を回復させてくるのだから、主人公はほんの僅かな隙を突いて攻撃を与えることしかできない。もっとも、これはゲームでは最高難易度の状態での話だが。




 マジで最高難易度のワッツの攻略には苦労した。攻撃と防御、そして回復と、まるで魔法世界でいう賢者みたいな存在だったため、倒すには相当の時間を有した。


 ちょっと攻撃の手を緩めると、回復した霊気を行使して、体力まで回復させるのだから、もう少しで倒せるとなっても、決して油断できないのである。




 そんな万能な力を持つワッツだからこそ、霊気に目覚めれば、みすぼらしい食事だとしても健康を害すことはない。


 ただ、食事を運んでくる侍従たちには、明らかに怪訝に思われているが。




 それもそうだろう。普通ならもっと衰弱してもおかしくはない。それなのに、日々逞しくなっていくのだから不思議に思うのも当然だ。というよりも、衰弱死を望む、マリスからしてみれば、従者から事情を聞いて誰よりも不可思議に思っているに違いない。


 しかし、そのようなことよりも、ワッツには気を揉むことがあった。




 他ならぬ母――ラーティアのことである。




 この二年、一度としてここに顔を見せなかったのだ。


 恐らくは、二年前に強引にここへ訪ねてきたことがバレてから、厳しい監視下に置かれているのだろう。




 どうやら蔵の前にも、常に侍従を見張りに立たせているらしく、間違いなくマリスの仕業だ。


 たまにここへ来る新人の侍従から情報を聞き出すことで、外の状況を若干ではあるが知り得ていた。




 その結果、ラーティアは離れの方に幽閉され、そこに見張りも置かれ、勝手に出られないようだ。その情報を耳にし、益々マリスやオルド公爵への怒りが募る。


 それに、侍従から情報を聞き出すのも困難になっていた。恐らくワッツが新人から情報を得ていることがバレたのだろう。そのため、最近ではベテランしかやってこない。




 そいつらはマリスの子飼いで、ワッツの言葉を完全に無視する。きっと余計な会話を慎むように言われているのだ。




(髪も大分伸びっ放しだなぁ)




 これまでは、たまに顔を見せてくれていたラーティアが定期的に切ってくれていた。だがこの二年間、切ることもできずに大分と鬱陶しい感じだ。




(あと二年で、母上はあのクソババアに殺されちまう。そんなこと……絶対にさせねえ)




 だが、このままではラーティアが本当に無事かどうかの確認もできない。


 これまでは侍従頼りだったが、何とか他の方法を模索しなければならない。ただ原作を崩さなければ、ラーティアは無事だ。なので、あまり大っぴらに動かない方が彼女の安全は守られるだろう。


 今は、その日が来るまでにできることをやるだけ。




「そろそろ〝アレ〟を創る頃合いか」




 ワッツは、ベッドの上で静かに立ち上がると、大きく深呼吸をする。




「――霊気解放」




 直後、ワッツの体内に張り巡らされている《霊象神経》が輝き、全身から霊気が溢れ出る。その霊気を自在にコントロールして、形を様々なものへと変化させていく。


 球体、立方体、円柱、三角錐、それらを複数に分割したものなど、二年前と比べると明らかに見事な霊気操作だ。




(この二年、毎日朝から夜まで霊気操作ばかりしてきたんだ。その集大成を――今形にする!)




 イメージするのは――〝アレ〟。




 その存在を知った時から、ずっとカッコ良いと思い、使ってみたいと思っていたもの。


 ワッツから噴出していた霊気が、今度は身体の中へと吸い込まれるようにして消える。




 一瞬の静寂。すると、次の瞬間にワッツの背後から、真紅の翼を模した物体が顕現した。




「よし、成功だ! あー、けど……まだ小せえし、羽も一枚だけか」




 ワッツは、自身が望んだものが生まれ出たことに喜んだが、想定していたよりも小さかったと肩を竦める。


 その翼は、どちらかというと羽と呼ぶに相応しい形態をしており、虫の羽のような薄くて長細く、色合いも宝石のように透き通るような輝きを醸し出している。




「でも、これでやっと力が使える。この――《霊波翼れいはよく》があれば」




 《霊波翼》――これこそが、選ばれた才を持つ者だけが顕現できる力。これまで顕現できた者こそ少ないが、例外なく強力な『霊道士』として名を馳せている。




 霊気を目覚めさせた者は、技として昇華された――《霊操技れいそうぎ》を扱うことが可能となる。


 また、技よりも扱いが困難であり、さらに才が要求されるのが――《霊操術れいそうじゅつ》。


 この技と術を駆使して戦うことができるのだ。




 そして、技術を極めた結晶ともいうべき能力こそ、この《霊波翼》なのである。


 《霊波翼》は、攻防一体が魅力的で、かつ、自らの一部としてリモートコントロールできるのも特徴的だ。




 実はこの《霊波翼》、主人公も使えるのだが、この翼は、様々なフィールドで活躍してくれる。文字通り翼なので、飛行することも可能だし、意識を宿すことで、敵地に侵入させて情報収集することもできるのだ。




 さらに形態あるいは性質を変化させ、自分の分身を作ったり、巨大化、硬質化、霧状化など汎用性が非常に高い。


 この翼を上手く活用することが、高難易度攻略を可能かどうか分かれるほどに、ゲームでも一番重要視されている。




(ま、それだけじゃなくて、ストーリー的にも重要だけどな)




 この翼――主人公とワッツの二人に置いてのソレは、他の者たちの翼よりも価値の高いものではあるが、今のところは関係ないので置いておくとする。




「……まずは動かしてみるか」




 初めて発現させたこともあり、すでに結構な気疲れがあるが、それでも限界まで修練に勤しむ。


 背に浮かぶ《霊波翼》に意識を集中させると、羽が徐々に背から離れて頭上へと上がる。




「っ……よし、次は――目の前に持って来て回転させる」




 ゆっくりではあるが、確実に羽は目前に到着し、そのままプロペラのように回り始めた。ただし、その速度は歩くよりも遅い。




(くっ……思った以上にキツイ!? けど、やるしかねえ!)




 言ってみれば、『霊道士』の秘奥義みたいなもの。当然、要求されるものは大きい。細かいコントロールとなれば、さらに消耗度は増す。


 そうして一分ほど行使したあと、ワッツは大きく息を吐き出しながらベッドに横たわった。




「いつもより断然疲れたぁ……。ただ霊気を操作するだけなら、今の俺なら一時間以上は簡単にこなせるってのに……」




 それほどまでに《霊波翼》は多量の霊気を必要とする。




(本来なら、《霊操技》で徐々に鍛え上げていくんだけど、あんまのんびりもしてられねえしな)




 実際、『霊道士』としての道を歩む者は、当然霊気操作の基本を学び、そのあとに《霊操技》にて己を磨いていく。そこから適性のある者は、《霊操術》の修練を行い、そのさらに先にある《霊波翼》の境地を目指す。




 しかし、仮に最後の境地へ辿り着く資質があったとしても、通常は天才と呼ばれる者が十数年、あるいは何十年もの修練の先に見えてくるものらしい。


 だが、それでは遅いのだ。原作が忠実に再現されるなら、あと二年でラーティアは死ぬ。それを阻止したいワッツには、二年以内に《霊波翼》を使いこなせるようにならなければならない。




 そのためにこの二年、技に入らず、ずっと霊気操作のみを錬磨してきたのだ。技よりも、術よりも、ただただ《霊波翼》に特化した力を得るために。




 もちろんそれは、この世界では邪道以外の何ものでもないが、ワッツにとってはそれしか方法はなかった。そしてその結果、ワッツは見事、十数年以上かかるとされる頂きに、僅か二年で手が届いたのである。


 またこれも、ワッツの霊気量が多く、質も高いがために可能となった現実ではあるが。




(原作じゃ、ワッツが《霊波翼》を発現できたのは十七歳。確実に原作よりも強くなる道を歩めてるはずだ)




 虚脱感に襲われながらも、ワッツは無意識に頬が緩み身体が震えた。それは武者震いに近い高揚感がそうさせたのだ。


 何せ、努力すればするほど、ちゃんと成果が表れてくれるから。ほとんどの者は、努力したからといって、それが良い結果をもたらすとは限らない。自分が本当に成長しているかどうかも感覚としては弱いかもしれない。




 筋トレをイメージしてもらえるだろうか。毎日一生懸命やったとて、その成果が肉体として表れるのは、数カ月先になる。


 しかしながら、ワッツの才はやはり常人の比ではなく、修練をすればするほど、それが厳しければ厳しいほど、着実に、即座に成長の実感を得られるのだ。




 一日霊気操作に費やせば、翌日には、確かに昨日より操作が軽やかになっているし、僅かながらも質が向上している。


 それはまるでゲームで、レベル上げをしている感覚に近く、端的に言えば楽しいのだ。




(あとはこれから毎日霊波翼の修練をする。まずは一年で、羽を増やせるくらいにまでなる。そうすれば残り一年……間に合うはずだ)




 これからのスケジュールを決定し、さらに励むことにした。


 しかし、ワッツは気づいていなかった。いや、和村月弥として、ワッツの才能を過小評価していたのだ。




 今のワッツが、どれほどの力を所持しているか。比べる相手がいないせいで、客観的に理解できていなかった。


 最早、容易にこの牢獄から抜け出し、ラーティアを救えるほどの力を備えていることに。




 そして、いよいよ物語は二年後へ――。






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