プロローグ2
『……バカ野郎。辛かったなら、辛いって……言えば良かっただろうが』
そんなセリフを吐きながら、ディーフやその仲間たちが顔を俯かせていた。悪を討ち、正義を成したはずの者たちから、当然あるだろう晴れやかさは微塵も感じられない。
「うっわぁ……後味わっるぅ……」
何とも釈然としないシーンを画面越しで見ながら、目元を隈で彩られた少年――和村月弥わむらつきやは顔をしかめていた。
コントローラーを握っている両手も、変な汗でベトベトだ。
「はぁぁぁ……どのルートも、ワッツには救いがねえのかよ……」
月弥が、このゲーム――『霊剣伝説』を初めてプレイしたのは約一年前。三日徹夜してラスボスを倒しクリアした。
ただ、もちろんゲーマーとして育った月弥としては、このまま終わるわけにはいかない。当然二週目プレイに入り、さらに『霊剣伝説』の深淵を楽しむことにしたのである。
このゲームの一番の魅力は、豊富なマルチエンディングだろう。ジャンルはアクションRPGだが、恋愛要素もあり、最後にはヒロインとのハッピーエンドも用意されている。
ヒロインの数も多く、多彩なバトル演出や秀逸なストーリーとサブイベントの豊富さ、一度クリアしても何度も楽しめる要素が盛りだくさんで、発売当初から高評価間違いなしと待ち望まれていた作品だ。
それに何といっても、登場するキャラクターたちが良い。特にヒロインは、美女美少女はもちろん、それぞれにちゃんとしたバックボーンが描かれていて、本当に恋愛シミュレーションのような楽しみ方もできる。
あまりの面白さに、月弥も買った初日から毎日プレイし続けてきた。廃人と言われても仕方ないほどにのめり込んだ。
そして今、月弥はもう何週目か分からないほど攻略を繰り返し、ようやく公式に発表されているすべてのルートを辿ることができたのだが……。
「どうやってもワッツの救済ルートが無え……」
主人公であるディーフと、常に敵対してきたライバルキャラであるワッツ。最初は、主人公やヒロインたちへの態度や扱いが酷過ぎることから、すぐに嫌悪感バリバリで、最も嫌いな悪役だった。
しかし、いろんなルートをプレイしていると、段々とワッツの過去や背負っているものが明らかになり、どんどん彼の生き方に目を奪われていったのである。
気づけば、完全に推しキャラと成り代わっていた。そう、可愛いヒロインよりも、だ。
それだけ月弥にとっては、彼が魅力的なキャラクターとなっていた。
だが、ワッツはどのルートでも、最後には非業の死を遂げてしまう。そこに救いはなく、いつもたった一人で悪役として終わるのだ。
だからこそ、何かしら救済ルートが用意されていると考え、月弥は全ルートを攻略するために、すべてのヒロインとハッピーエンドを迎えたり、バッドエンドや、ノーマルエンド、あらゆるルートを模索してきた。
そのお蔭で、十冊のノートは『霊剣伝説』のデータで埋め尽くされた。
難易度も変更し、考え得る限りのルートを辿り、そして、今辿ったルートが最後に残されたルートだったはず。それなのに、結局はワッツは救われずに死んでいった。
このあとはラスボスが現れて、ワッツがラスボスに利用されていたことが判明し、そのラスボスを倒してゲームクリアとなる。
「開発者は……ワッツが嫌いだったのか……?」
いや、そんなことはない。このゲームをやればやるほど、ワッツに情が湧いてくるはずだ。開発者のワッツへの想いみたいなものが伝わってくる。
だったら絶対ワッツにも幸せになってもらいたいという気持ちがあるはず。故に、どこかに救済ルートが用意されている。そう願いを込めて、これまでプレイしてきた。
ネットでも、月弥のようにワッツの生き方に心打たれた連中が、何とか救済ルートを模索しているようだが、いまだ見つかっていないらしい。
公式でも、いわゆるワッツルートが存在するという記載はない。少し前に発売された攻略本にも、そんなルートは書かれていなかった。それでも実は、隠しルートが存在していて、後に公式が発表するのかと期待しプレイしてきたのだが、無残な結果である。
ならば、本当にワッツを助けられるルートは作られてないのか……。
「んだよ、それ……。あーあ、こんだけやったってのになぁ」
技や称号、武器やアイテム。すべてコンプリートしても、隠されたルートが現れる示唆もなかった。
「……しょうがねえ。とりあえず、このルートを最後までやって終わるか」
これで一年間、毎日やり続けたプレイも終着だ。
それから他のルートとほぼ変わらない流れを辿り、ラスボスと対峙し、そのまま倒した。
最高難易度での攻略だったから、何度もゲームオーバーになり苦戦したものの、ラスボスの攻撃パターンなどをノートに記して記憶し、丸一日かけてようやくエンディングを迎えることができた。
エンディング画面が流れる。見慣れたもので、何の変哲もない。
これで最後に、画面の真ん中に〝END〟という文字が刻まれ、次に周回ボーナスを設定する画面が現れて、最後にタイトル画面へと戻る。
そこでこのゲームともお別れか……と、思いながらぼ~っとしていると――。
「…………ん?」
真っ黒な画面の真ん中に、〝END〟が刻まれるはずのタイミング。
それなのに、いつまで経っても画面は黒いままだ。
「え? フリーズ? ったく、パソコンじゃねえんだから勘弁しろよ」
舌打ちをしながらコントローラーのボタンを色々押してみた。
すると、次第に浮き上がってきた文字を見てギョッとする。
そこには――〝CREATE STORY〟と刻まれてあった。
「……は? ちょ、はい? ク、クリエイト……ストーリー? ど、どういうこと?」
初めて浮き出てきた文字に目を丸くしてしまう。
そして次に――。
〝これはあなたの人生において最大の選択となるでしょう〟
「……何だこれ?」
再び出現した謎の問いかけ。
〝では、選んでください〟
そんな言葉とともに、ある選択肢が現れる。
〝『物語を終わる』 : 『物語を作る』〟
十字キーを動かすと、どちらかを選択できるようになった。
「な、何だかよく分かんねえけど、これって……もしかして?」
月弥の脳裏に浮かんだのは、そう、アイツの――ワッツの救済ルートの解禁。
恐らく全ルートを攻略すれば、こうして最後にたった一つ残されたワッツルートが解禁されるのだろう。
その考えに達した瞬間、月弥の心臓はこれまでにないほど高鳴っていた。ネットにはこんな情報はなかった。
つまり、もしかしたら月弥が、最初のワッツルートプレイヤーになるのかもしれない。だとしたらワクワクしないなんて、絶対『霊剣伝説』ファンじゃない。
「はっ、何が人生最大の選択だよ。大げさだっての。まあ……確かにこんだけのめり込んだゲームなんて今までなかったしな。ゲーム人生の中で、一番の選択ってのはマジかも」
だがこんな選択、選ぶまでもなかった。だって……。
「だって俺には一択しかねえしなっ!」
当然月弥は、『物語を作る』を選んだ。
「ワッツの救済物語は、俺が作ってやるよ!」
直後、雷が目の前に落ちたかのような眩い輝きが月弥を包み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます